Hold Me Jesus

北海道在住のジーザスフォロワー・taikaのブログ。本物のクリスチャンライフを追い求める日々。



●ただいま、絶賛荒れ野巡り中でございます。
完全にパワーダウン、力が枯渇しつつある。
予兆は何となくあったけれど、
本格的にやってきた。


これまでも何回かくぐってきた道だし、
必ず先への希望はあるのははっきりしている。
けれど、たった今、ほとんど力が無い。

神様を信じる者として、自分に一体何ができていると
いうのか。そんな考えがぐるぐる頭を巡る。

ブログにしても、教会のDLC(ユース)の活動にしても、
ただ空回りして一人勝手な想いだけが先走って、
中身が伴っていなかったんじゃないかという気がしている。

一人のクリスチャンとして、
どこにも影響力が無いというか、
外向きじゃないというか、
誰とも本当には繋がってなかったんじゃないかという
気さえしている。

自分が発した言葉を、生きているという手応えのなさ。

元いた楽な道、一人で心がひきこもってしまう道へ、
ずるずると戻りつつあるような。

でも、そういう完全に否定的な事柄に支配されそうな
時だからこそ、自分を認められない時だからこそ、
もう一度神様を見上げよう。

苦しくてたまらないまんま、神様に繋がろう。

「僕って何も出来ていない気がするんです」と祈ろう。

そうするしかないじゃないか。


…僕は不完全な、赦された罪人に過ぎない。
それをもう一度思い起こそう。
だから何でもすいすいとこなしていくことができない。

一回一回立ち止まり、その意味を受け止め直し、
よく噛んで身の内に取り込まないと、
本当にはわからないんだ。

でも苦しい。
自分を受け入れてあげられないのは、
つらいことだよなあ。

そんな今の僕でさえ、
イエス様は理解して、この気持をわかって、
受け止めてくれるんだ。

ありがとう。イエス様、本当にありがとう。






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●なんとなく、ブログをまとまって書く時間が無かった。

むしろ時間を使っていたのは聖書にだった。
僕にしては奇跡的に毎日旧約が5章ずつ読めている。
固有名詞や、わからない部分は徹底的にわからないのに、
なぜ続いているのかが不思議で仕方ない。

あとはKBFのオンラインメッセージを聴いたりしているうちに、
あっという間に寝る時間がきてしまう。

ストイックといえば、ストイックな、
単調といえば単調なここ最近だ。

聖書をたくさん読みたいのは、きっと、
神様の約束にもっともっとしがみついていきたいからだね。

自分が愛されているという事実を、心から実感したいから。
そうして初めて、僕は外へ向かって動いていける。

今はそんな、蓄えの時期。






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●利用者さんたちと、拾ってきた松ぼっくりに、
カラーペンで色づけしてみました。
なかなか見栄えがするね!





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●原因の今ひとつはっきりしない微熱を経て、
今日は病み上がりながら、丸一日働けた。

周りのスタッフさんも気を使ってくれて、
午前の時間をシフトづくりに使わせてくれたので、
ちょうどいいリハビリ加減だった。

…普段疲れが高じてくると、
人のためにエネルギーを費やすことに
なんだかげんなりしてしまう時もある。

人間だから、それも仕方ないよね。

それでも、しばらく横にならざるを得なかった
時間を過ごしてみると、
こうして働けること自体がありがたいんだと
つくづく思った。

横の身体を久しぶりに縦にしたので、
もちろん疲れはしたけれど。

神様が、すべきことを与えてくれるのは、
本当に、感謝なことだね。まじで。






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●今日、休みがもらえたおかげで、
悪寒はまだ少し残っているものの、ほとんど風邪は
良くなってきた気がする。
ひたすら静養ということで、聖書もだいぶ読めたし、
ネット配信のメッセージもたっぷりと聴けた。

なるべくじっとしていなきゃならない状況の中で、
心を向けられる相手がいるのがありがたい。

そして、普段はきついと感じてしまう仕事場だけど、
こうして何日か休みが続くと、
やはりそこでエネルギーを発散していたんだな
と改めて思う。


改めて思うといえば、「召命」についても
ずっと考え続けていた。
聖書学院への歩みも含めて。
ちょうど、前の松崎先生のメッセージが、
アブラハムの召命についてだったので、
余計にそのことへ想いはかき立てられたんだ。

アブラハム。神様に選ばれた人。
ノアの方舟の時代、人を創ったことを悔いさえした
神様だったけれど、アブラハムと新たな関わりを
持つことで、改めて祝福が始まった。

信仰の父とさえ呼ばれるアブラハムは、
決して完璧な人ではなかった。弱さもあった。

何故、彼が選ばれたのか?

それは神様の自由な選びによる、
圧倒的な呼びかけがあったからだ。

他の誰でもない、「あなた」が行くように、
地上の全てを祝福するために、
彼は約束の地に行くよう、呼びかけられた。

アブラハムも人間だ。
だから葛藤もあっただろう。
豊かな生活を捨てて、神様の約束だけを信じ、
出てゆくことに。

それでも彼は、神様に応答した。
ただ従うという決断を、神様は認めてくれた。

イエス様の母、マリアも同じところがある。
「あなたの御言葉通りになるように」と、
彼女はその身に起きたことを受け止めた。

アブラハムは、信仰を通して、
神様に義と認められた。

彼が何をしたわけでもなく、そのままの姿で。
神に従うという、その姿勢だけで。

いつでも僕らは、神様の招きを受けている。
召命は一部の選ばれた人だけでなく、
全ての人に与えられている。

それに、どうやって応答するか?
自分に限界をつくって、自分の都合を優先して、
ただありのままの姿で神様の前に出ることを、
ためらっていないだろうか?

でも、完璧でなくてもいい。
欠けたところ、弱さは神様と他の人が埋めてくれる。

呼びかけに応答して、新たな出発を、
僕たちはしていくことができる。いつでも。


…僕も、今受けている呼びかけに、
そのままの自分で応えよう。

それが神様の招きであるなら、
神様ご自身が、弱い僕を護り、
新しい道へ進ませてくれるだろう。

気休めでなく、
僕には到底できないことも、神様になら、できるから。






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●教会でこの間から、こども礼拝が始まりました。
前の日曜で、二回目。大きな祝福だと思います!





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●昨日の晩から何だか身体が重だるいと思いつつ、
朝、仕事場で検温してみた。
微熱がある。まっさきに思い浮かんだのはインフルのことだ。
これはまずい。利用者さんにうつすわけにはいかない。
幸い、人手が足りている日だったので、午前中病院に直行する。
いきなり奥のベッドに寝かされて、病人気分は高まる。

熱は上がりかけている段階なのでインフルの検査はできず、
風邪薬だけもらって戻った。

そのまま今日の仕事は勘弁してもらい、家で今まで休んでいた。
熱は薬のせいか下がっている。ただの風邪だったみたいだ。

意識はクリアなのにひたすら寝ているしかないというのも、
かなり時間を持て余す。

けれどこういう時だからこそできることもある。

横になりながらずっと
「小説『聖書』旧約編」を読みまくっていた。
夕方にかけて通読完了!
もちろんこれで聖書を読んだことにはならないけれど、
物語は原典に忠実だし、全体のあらましが分かって
とても良かった。これから本編の旧約を読むのにも
役立ちそうだ。

全編を通して、神様に助けてもらったにもかかわらず、
その度に何度も神様に反抗していく民の姿と、
それでもなお、王や預言者を遣わして民を自分の手に
取り戻そうとする神様の愛が描かれていた。

僕なら自分から寝返った者なんてほっておこうと
思うだろうけれど、神様の愛はとことん深い。

裏切りを嘆き、それでも助けてくれる。
僕らが信じているのは、そういう生きた主だ。

さすがに三十路の風邪っぴきに数百ページの本は
きつくて(笑)、目が痛くなった。

読み終えた後は、KBFのロブ先生のメッセージを聴く。
ちょうど大好きなダビデを例にとったお話で、
これも勇気づけられた。

王に選ばれるまではとるに足らない羊飼いだったダビデ。
でも、神様は外見を見ない。その人のハートを見る。
信仰を見る。

だから今、一人で寂しさを感じていたり、
誰も自分になど気にしてくれないと感じている人は、
逆に主との関わりの土台をつくる
良いチャンスを与えられてるんだ。

イエス様の弟子だって、言ってみれば「その辺の人」だった。

神様は、能力で人を量ったりしない。
僕らはそこに希望がおける。気休めではなく。


聖書学院に行こうと考えている僕も、
メッセージに励まされた。

こんな人付き合いが下手で不器用な者に、
一体何ができるだろうと思ってもいるから。

でも、ただの人を神様が用いてくれるなら、
僕にも可能性がある。それを信じられる。

…風邪の床で、身動きはできなかったけれど、
またたくさんの気づきを神様は与えてくれた。
ありがとう^^






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