Hold Me Jesus

北海道在住のジーザスフォロワー・taikaのブログ。本物のクリスチャンライフを追い求める日々。



●聖霊様に手助けを求めて聖書を開くようになってから、
不思議と旧約聖書が少しずつ読めるようになってきた。

もちろん、内容がすんなり分かるわけじゃない。
ただ読んでいるだけの面も多々あるのだけれど。
(何とかが何アンマとか、分かりませんよほんと・笑)

それでも、ちんぷんかんぷんだった以前と比べたら、
大きな一歩だと思う。読めるだけでも嬉しい。


毎朝使っているデボーションガイドの、
今月の特集は「聖書通読について」だった。
主の言葉は、どれも大切で、
どれが必要でどれが必要でないかなんて、
とても判断できるものではない。
だから、全てに触れる必要があるのだそうだ。

そして、通読するはフルマラソンを走るのに似ている、
とあって妙に納得できた。

走るためには準備がいるし、
ペース配分も大事だし、
心臓破りの坂はあるし(笑)。

長距離走と分かって読めば、
きつい箇所も「あともう一章だけ頑張ろう」と思えるね。

考えてみれば、信仰の生活そのものも、
フルマラソンに似ているのかもしれない。





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●今日はちょっとした記事なんだけれど、
些細なことを書こうとするとき、少しだけ迷う。
わざわざ皆に来てもらってまで読んでもらうことかなあ、
なんて妙なことを考えて(笑)。

それでも書こうっと。


最近、仕事の前には必要に迫られて祈っている気がする。
しかも、細切れに。その都度。

今日の仕事で言うなら、
朝の送迎で初めての利用者さんの家に伺うときに、
ちゃんと辿り着けるように。

午前の入浴介助では、安全に気持よくお風呂に
入ってもらえるように。

昼休み、小上がりで皆さんが寝ているような
落ち着いた時間にも、この平安が続くように、
心の中で短く祈っている。

そして今日は苦手な会議もあった。
たくさんの人の前で発言するのが、苦手なんだ。
月行事の反省を報告するときに、
わかりやすくあがらずに伝えられるように、祈る。


はっきりしているのは、少なくとも僕は、
主に頼らなくては介護の仕事なんてできないことだ。

濃密に人と関わって、常にアンテナを張りっぱなしの仕事。

だから、一日終わると本当にほっとする。

護られたありがたさがある。

…祈りを通して、頼る相手がいるのは、本当に嬉しいよ。






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●クリスチャンプログラマーの結城浩さんが開設されているサイトは、僕がブログを始めるきっかけの一つになっている。完全な文系頭の僕にとって、結城さんの携わっているプログラムや数学の領域は完全に門外漢なんだけれど、それ以外の文章、例えば日記であったり、文章書きや祈り、色々な事柄についての心がけシリーズ、クリスチャンのためのホームページ講座からたくさん影響を受けた。わかりやすく、あたりの柔らかい語り口が好きだし、とにかく中身がいちいち腑におちる。ぜひ皆さんにもお勧めしたいです。


結城浩 - The Essence of Programming



今日はそんな結城さんに倣って、僕が普段このブログを書く時に心がけていることをまとめてみようと思う。何かちょっとでも参考になれば嬉しい。


1、まずは正直に書く

他の人のプライバシーに関わることなんかはもちろん避けなくてはならないけれど、自分については内面も含めてかなりそのままを書いている。嘘を書くエネルギーがあったら、少しでも純度を高めた方がいい。時に悩んだり、葛藤もあり、ネガティブな方向に行きそうになることもあるにせよ、神様のフィルターをくぐらせたら、それはいつだって最後には希望の方を向く。神様に話しかける時のように、ありのままの自分を書いているつもり。


2、他人事のように、読んでみる

ひとつの記事を書き終えたら、突き放して、他人事のように読んでみる。このブログに書かれているのは大抵、僕と信仰にまつわる話だから、そんなものに興味のない人には全くないことだと自覚する。外側から読んでみて、読者の方がちょっとでも我が身に引きつけて感じてもらえるか、気を配る。


3、何か「お土産」を用意する

B型男子の特徴かもしれないけれど、僕にもサービス精神はある。せっかく数多くのブログからわざわざここに足を運んでくれたんだから、何かお土産を持っていってもらいたいんだ。写真を奇麗と思ってくれることでもいいし、信じる気持に対して、新しい気づきを折り詰めにしてちょっとでも持って帰ってもらえたら、本望です。


4、ほのかな笑いを忘れない

僕の頭の中には、「くだらないこと専門部署」があって、そこでは常にしょうもないアイデアを練っている。昔書いていた文章は、くだらない率が75%ぐらいあって本当に無内容だった(笑)。でもある時に人から、「あなたの文章はくどいよね」と言われて、改めることにした。ほのかに香らせる程度でいいみたいだ。笑いは。

そして、なるべく自分を笑い飛ばすようにしている。それが一番あっけらかんとしていて罪がない。それから身内の面白宇宙人・もんぶらんなどは、ただ佇まいを書くだけでも面白いからありがたいよね。


5、一行一行に、意味を込める

これは理想だ。まだそんな境地には全然達していないんだけど、一行に意味が充分込められていて、なおかつ面白い文章を目指したい。どんどん先を読みたくなる文。

…ということで個人的なブログを書く心がけをまとめてみた。それこそ、何か一つ、お土産に持って帰ってもらえるところはあったでしょうかね?(笑)






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●休みの一日。寒空の下、自転車に乗って図書館へ向かう。

河合隼雄さんの本を含んだ何冊かを借りて家に帰り、
途中でお昼寝を入れながらゆっくり読んだ。
気がついたら、早い夕暮れがすぐ側までやってきていた。


つい最近まで、「とにかく何かやらなくちゃ」症候群にかかってたと思う(笑)。
特に神様に繋がっている者として、仕事が休みの日にも、
何か意味のある活動をしなくちゃ、と焦ったり、
時に罪悪感さえ覚えてしまっていた。
「神様のために何もしてないじゃないか」とか。

でも…忙しくただ追われている気持から、本当に良いものは生まれにくいね。
良いものができるのにはきっと、熟成がいる。時間がかかる。

ゆっくりでも、いいんだよ。


主がこの世界を創られた時、7日目には安息をとられた。
全知全能の神様でさえ、休みを大切にされた。
イエス様も旅の途中、人を避けて一人になり、
父なる神様との時間を持った。

だとしたら、休息もまた、神様の一つの祝福だと思うんだ。
必須のものとさえ言えるかもしれない。


だから今日は、たっぷりと休ませてもらった。
好きな読書をして、それについて横になりながらじっくりと考えられた。
無上の時間。目は痛むけれど(三十路ですねえ・笑)。

誰にもはばからず、祈ることもできた。
神様、ありがとう!


また明日から、仕事場であれこれタフに過ごしていくことになる。
与えられた場所で、主と共に今のミッションをやり抜いていくためにも、
できる限りベストを尽くすためにも、
僕らには、時に安息が必要なんだね。

それに負い目を持たないようにしよう。

これを読んでくれている方の中には、
「なかなか休みなんてとれない」という現状もあるかもしれない。
例えば、仕事や育児や家族の介護をされてるとかで…。

それでも、ほんのひと時、
「ゆっくりでもいいんだよ」と自分をいたわる時間が持てるのを、
神様のもとで安らぐことができるのを、僕は願ってます。


特別に何もしない時。
それは、何かをこれからしていくための、準備の時。






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↑利用者さんが持ってきてくれた、ほおずき。





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●今日、「ヨハネによる福音書」を改めて読み直して、感動した言葉。


「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる」(13:34ー35)


僕は教会というものは、本当は一つしかないんじゃないかと思う。キリストの身体としての、大きな”教会”。クリスチャン全てが属する、世界規模の教会だ。現実的には、教団や教派、信仰の重んじる部分の違いで、互いに理解しあえないところがあるのは承知で、あえてそう思う。

違いはあっていい。それは主の大きさ、裾野の広さを表しているんだから。でも、「互いに愛し合いなさい」というこの新しい掟は、あらゆる違いを包み込み、神様を知らない人に、クリスチャンのあり方を通して神様を伝えていくために確実に必要なものなんじゃないだろうか。

日本には1%のクリスチャンしかいないとされている。そんなに少ないのに、手を取り合わないでいられるだろうか?

互いに愛し合いたい。まずは、主に繋がって、主を信じる者同士からね。





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