HOLD ME JESUS

帯広在住のクリスチャン、Taikaのブログ。形だけでなくジーザスに向かうために日々、模索中。 「明日と、今日は、ちょっとだけ違う」そんな1mmずつの成長を記録していきます。

神様のことなんか髪の毛ひとすじほども信じていなかった、10年前の僕に、手紙を書いてみる。





こんばんは。いきなりこんな手紙を受取って、ずいぶんびっくりしたと思う。消印もなければ住所も書いていない。まして宛先の名前も、差出人の名前も、同じだもんね。僕は、未来のあなたです。あ、手紙を投げ捨てるのはこの先を読んでからにしてほしいんだ、できれば。

あなたは今、東京の小さなアパートの部屋で、これを読んでいるはずだ。そちらはずいぶん暑いと思う。ここ帯広も、日によってはけっこうな暑さになるよ。
でも、あなたが今、へたりこんでいるのは、日差しのせいばかりではなさそうだ。「どうして、自分は生きてるのか」ずっと考えこんできた想いに、何の答も見出せなくて、いろんなことに手を出しては失敗して、とうとう力を失っているんだよね。なぜ朝が来て、夜が来るのかさえもわからないぐらいにまいっている。ただ生きているだけで、先が見えない感じ。とても辛いだろう。なにしろ本人だから、他人事とは思えないんだ。

あなたは今、1人の部屋で、本や映画、ネットやゲームにほとんどの時間を費やし、その日その日をやり過ごしている。淡々と通うバイトと、両親からの仕送りが、その手ごたえのない生活を支えている。何か作品をクリエイトする道を志し、学校にも通っていたけれど、周りの才能ある(ように見える)仲間に圧倒されて、作り手になるのに戸惑ってしまっている。

「だから何だってんだ。そんなこともう、どうだっていいんだよ」打ちひしがれたあなたはそう言うかもしれない。でもあなたが苦しいのは、本当はどうでもいいと思っていない証拠だよ。何とかしたくてもどうしようもないから、苦しんでるんだ。そうじゃない?

僕があなたに、届くかわからない手紙を書いているのは、やり込めたいからじゃない。ひとつだけ、知ってほしいことがあるからなんだ。信じるかわからないけれど、数年後の、あなたの姿を伝えておきたい。あなたは留学先の韓国で、神様に出会うことになるんだよ。自分の本名さえハングルで書けなかったあなたが、韓国語を学んで、それよりもはるかに価値ある、大きな存在を知ることになる。

あなたは舌打ちをしている。「宗教?あほくさ。あんたが誰だか知らないけど、信じたければ勝手にすれば。自分には関係ない。妙なことに首突っ込んで、病気が治る怪しげな水でも売って歩く羽目になるのが落ちだよ」。気持はわかる。僕もはじめは何となくそう思ってた。チャーチの礼拝ってやつに足を運んだとき、両手を差し出してやたら嬉しそうに歌を歌ってる人たちを見てさ、「いもしない神様に、こんな一生懸命…あほくさ!」って思ったもの。

でもある時、ふと思った。自分はこの人たちを否定できるほど確固なる何かを持っているのかと。依って立つ、何かを持っているかと。そんなものは何もなかった。あなたも僕も、「なんで自分が生きてるのか」って、そこの答えが欲しかったんだけど、どれもしっくりこなかった。
結局、胸に開いた鍵穴に、唯一ぴったりとはまったもの。それは、神様だった。神様があなたを創り、愛して、ここにいさせてくれる。思いがけない答えだよね。

ジーザスの存在だって、何のことだかさっぱりだった。どうして、彼が自分のために----ただ生きているだけの自分を生かすために-----命まで投げうってくれたのか。僕にもわからなかった。2000年も前の出来事が一体何の関係あるんだ、ってさ。でもいつしか、根づいてきたんだ。不思議と。これはただの”宗教”なんだろうか。あるいは洗脳、激しい思い込み?

…違う。

今のあなたから、今の僕。10年かかった。あちこち頭をぶつけて痛い思いをして、神のことなど忘れかけた時期もくぐって、それで、この場所にいる。これがただ、生きる糧として神様を利用しているだとか、そんなことだったら、とっくに幻滅して投げ捨てていたはずだよ。

でもジーザスは、僕を投げ捨てなかった。

僕は別にご立派になったわけじゃない。今でもひょろひょろの痩せっぽっちだし、お金はないし、人づきあいは下手だし、結婚もしてない。「クリスチャンとして」正しい歩みをしてるのかさえも、わからない。神のみぞ知る、だ。ただ、あなたが苦しいなかでどこか必死に探している、「生きてる意味」は、与えてもらったと思う。神様がそう願ってくれたから、僕は今、ここにいられる。それだけでまずは、充分じゃないか。

もうひとつ朗報があるんだ。望みつつも、クリエイティブなものに挫折しまくったあなたは、神様を知ってから、もう一度写真を撮りはじめる。絵も、描き出す。文章も、つむいでいく。どれも作品と呼べる段階ではない。息を飲み驚くほどうまくもない。それでも、そこには今までにない自由があるし、歓びもある。誰かの顔色を見て、流行りの何かに脅かされて、委縮することもない。
どうかな、こんな話、神様と同じくらい、信じられないかもしれないよね。

なんだか、急に思い立って書き始めたわりに長くなってしまった。誰かから「このナルシスト!」とかって笑われたとしても、とにかく伝えておきたいことだったと、改めてそう思ったよ。あなたがこれを読んで、半信半疑でも、いや9割5分信じられなくても何かを感じて、ちょっとでも神様について想いを馳せてくれたら、きっと、それでいい。
できれば早めに神様を知ってくれたら、今の僕はもうちょっと早く楽になれるんだけどね。贅沢は言わないよ。全ては流れの中にあるようだから。

最後まで読んでくれて、ありがとう。じゃあまた、10年後に。



taika拝





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