Hold Me Jesus 2

北海道在住のジーザスフォロワー・taikaのブログ。CFNJ聖書学院にて研がれる日々。

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昨日の晩に、とても大きな恵みを受けた。



以前、僕が今通っているチャーチの、玄関前の掲示板に、

カウンセリング・スクールを毎週木曜に開いてるって告知を見たことがある。

昨日はたまたまデイが休みの日だったので、

どんな雰囲気かのぞいてみよう…と、ふと思ったのだ。



夕方時間があったのでブログを書いて、少し眠った。



スクールは7時半開校だ。目覚めた後、それに合わせて家を出、自転車を走らせた。

じわじわと夜になっていくこの時間帯が大好きなので、気分がいい。

空気には草のにおいがする(メルヘン節)。



7時15分頃チャーチに着いた。電気は消えていたものの、玄関は開いていたので、

中のベンチに腰かけて人が来るのを待つ。

7時半、誰も来ない。ちょっと焦って、牧師館のチャイムでも鳴らしてみようかと思った

瞬間、人の気配がした。牧師のK先生の奥さんだった。



「あの、カウンセリング・スクール見に来たんですけど…」

「あ~~、それ2年前からやってないの。私、鍵をかけに来ただけ~」



どんだけ~~[:!?:]

膝カックンな気持ちになったけれど[:汗:]、奥さんはチャーチの中に僕を招き入れてくれ、

小一時間、話をさせてもらった。



そこで教えられたのは、「自分の手で、頑張ろう、あれこれしようと

思っているうちは、神様も恵みを与えることはできない。

無力感の中で、握っていたものを手放すとき、初めて道が示される」
こと。



奥さんは26年間、牧師の妻として生きてきて、去年やっとそれを本気で実感したという。

ある方との関わりを通して、自分の愛のなさ、弱さ、牧師の妻としてのプレッシャーに

押し流され、ある土曜日、チャーチの準備をしている最中、花を活けながら突如、

「私は泣きたい」と強く思った。そして椅子に腰かけ、激しく泣いたのだそうだ。



底のない無力感を感じながら、奥さんは自分が、自分だけで頑張ろう、

人を愛そうとしていたことに気づかされ、握りしめていたその想いを、

無理してつづけてきた頑張りを、ジーザスに向けて手放すことにした。



そのとき、温かいものが流れ込んできたという。



奥さんはK先生から常々言われてきた。



「○○さんは神様の手を握りしめている。でも…ほんとは神様が○○さんの手を

掴んでいてくれるんだよ。だから安心して」



そのことの意味がようやくわかったそうだ。



奥さんはやわらかい関西弁で僕に言った。



「自分で頑張ろういう想いを手放す決意をして、なんぼ手放しても、

また人って握ってしまうんです。弱いし、不安になるから。

でも立ち返るいうんが大事よね。

立ち返るいうんは“気づく”こと。ああ、また自分ひとりで頑張ろうとしてた。

そう思ったら、また神様に向かって手を放す。その繰り返しで、少しずつ

委ねていくんです。

私たちは神様のもの。だから、神様が責任をもって私らを扱ってくれますよ。」




「ほんまですか?」僕も関西弁で。

「ほんまですよ~~。でも手放す決意をするのはプクイさん自身だけどね」



神様に向かって、改めて手を放し、委ねることにしたその日以来、

奥さんはあらゆることを嬉しく思うようになったそうだ。



前は「なんで私だけこんなに頑張らなあかんの」と思うこともあったチャーチの仕事も、

させてもらってると心から喜んでできるようになった。



「私、今、何にも頑張ってないんですよ。でも神様から、全て恵みが来るんです」



お話の全てが、とても正直な告白だった。

牧師夫人という立場にいる方から聞けたのが、嬉しかった。

僕自身の道のりのことも話させてもらい、

チャーチに通うことについてもシェアさせてもらった。



「どうにも、“これがクリスチャンらしい!”っていう呪縛が、まだ残ってるみたいで、

清廉じゃなくちゃいけないのかな~とか迷うと、なかなかチャーチに溶け込むことが

できないんですよね~。おかしいとは分かっていても」

「あ~~、そんなん無いですよ~。ありのままのプクイさんで来てくれれば。

チャーチってそういう場所なんだもの」



そして話し終えた後。奥さんは、僕の肩に手を置いて、祝福を祈ってくれた。



昨日の晩、こうして「手を放す」ことを示されたのは、

決して偶然ではないと思う。



このタイミングにぴったりの、ジーザスからのメッセージだった[:ぴかぴか:]



……帰りの自転車を漕ぐ足は、とても軽かった。








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今日は休日。窓から草のにおいを含んだ、いい風が入ってきてます(メルヘン節)。



ブログを始めて間もないのに…前回のエントリーにたくさんのコメントを頂けて、

すごく嬉しい~。人生でかつてないことだ[:祝:]

うかれ騒いでいてはいけないんだけどね~。



「書くこと」って楽しいよね。

自分の中で渦巻いているものに、文章という形が与えられて、

新しい意味を持ち始める。その喜びがある。



拙くても…こうして形として残しておくのには、意味があると思う。



コメントを下さっている方々も言っておられるけど、

「ブログ(伝道)」には力があると僕も思う。

口で語られる言葉の強さとはまた違って、

じわじわと心に浸みてくるような、文章の、芯の強い力が。

決して押しつけがましくなく、時間と距離を選ぶこともなく、

読みたいときに読者のペースで読んでもらえる。



何か心に残ったことがあれば、じっくりと考えてもらうこともできるし。

素敵な場所だと思う。



…僕がブログを書いていくにあたって、

ルール、というかこう書きたいな~~~という理想が湧いてきたので、

今日はそれを残しておこう。

あくまで個人的なものなので、万人向けではないだろうけれど。



ルール1.ジーザスの前でも、読んでくれる人の前でも嘘をつかないこと。



言葉は嘘をつける。

「休日はカリブ海で過ごし、次の日は自家用ヘリで直接会社に向かいました」

こんなあからさまな嘘はともかく[:汗:]、

たとえば、チャーチの説教から受けた恵みだとか、

日々ジーザスから感じる気づきだとかを、

水増しして語ることもできる。

でも。

ここはジーザスを証していく場所にしたいから、自分は嘘はつきたくない。

たとえ小さくても、嘘や虚栄心が混ざり始めるときから、文章は濁りはじめるし、

奇麗ごとのメッキは全部、読む人に伝わってしまうはず。

だから、嬉しいことも、恐れも、喜びも悲しみも、弱さも、正直に書きたい。



本当のことを通してでしか、人の心に神様を知らせることはできないはずだから。





ルール2.人を励ますものであること。



教派とか何だとか、そんなものは抜きにして、

クリスチャン同士で励ましあいたい。

これもブログでやりたいこと。というか夢。

日本のクリスチャン人口の少なさを考えれば、

チャーチや周囲で、なかなか仲間を見いだせないクリスチャンもいると思うんだ。

だから距離をこえたこういう場所で、

お互いに力を分け合いたい。

僕もめちゃめちゃに弱い人間だから、そうさせてもらえたら嬉しい。



そして一番励ましたいのは…かつての自分のように、

孤独の淵でつらい想いをしてる人。

生きる意味がよくわからないと感じている人。



神様を知ることで、神様から知られることで、

「自分になんか価値はない」という思いから、

じわじわと解き放たれていく。

現実と向き合う気持が少しずつ生まれてくるし、

「現実」を希望というフィルターを通して眺められる。

そしてジーザスのために生きるんだ、という人生の目的も与えられる。



僕もまだまだその片鱗しかわからないけど、でも。

正しい道は示される。



ジーザスと人とに励まされること、存在を認めてもらえることで、

どれほどの力が湧いてくるか。

デイの仲間からでも、最近のブログ関連の出来事でも、

僕はひしひしと感じている。



だからちょっとでも、それを伝えていきたい。





ルール3.この場所を育てること。



自分は10年近く、無為な生活を送ってきた。

二十歳のころから今までの、若い、ある意味で一番良い時代を。

自分自身を鍛え上げたこともないし、本気でスキルを磨いたこともない。

もったいないことをしたと、本気で思う[:ポロリ:]

だからこれから、このブログという、与えられた場所を育てたい[:ぴかぴか:]

それは、周回遅れでレースに参加している僕を、

育てることにもつながるから。



まずは無理せず、息長く書き続けることが大事だと思う。

そうして種まきをして、何かが芽吹くのを待ちたい。それが見たい。



勿論それは自分の力だけでできることではない。

書きたい思いはジーザスから来ることを忘れない。



「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。

ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。」(コリントの信徒への手紙3:6)






ルール4.押しつけがましくならないこと。



昔、一度だけ韓国のある大きなプロテスタント教会に行く機会があった。

たまたまその日だけ、3人の日本からの留学生が来ていたらしいのだが、

愕然とする光景を見てしまった。



熱心な「信者」に取り囲まれて、

怒涛の勢いで、よくわからない韓国語で祈られ、

追いつめられるように伝道されていたのだ。ひ~~~~[:びっくり:]



3人はものすご~~くひいていた。

教会にくるだけでも、けっこうな勇気だったはずなのに[:あせあせ:]



それを見て強く思った。自分はおしつけがましいのは嫌だ!!!って。



ひるがえって僕にできることは。

クリスチャンとしての生活を、その内側をリアルに見てもらう。

そしてあとはジーザスとその人本人に任せる。

心に芽生えたものを育ててくれるのは、ジーザス。



今のところ、それだけな気がする。



熱心さと押しつけがましさは紙一重だものね。気をつけよう。





ルール5.できるかぎり純粋であること。



これは「けっ!」って思う方もたくさんいるかもしれない。

純粋なんて言葉には手垢がついているから。

ただ僕は、それに対してあんまりシニカルになりたくない。

ジーザスからやって来るものはなるべく、そのまんま受け止める気持を持ちたい。

あげつらいたくもない。



柔らかい心で受け止めて、それを語る言葉は、選びたい。

あくまで遠~い遠~い理想なんだけど。



「だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい」(マタイによる福音書10:16)





…思いを過不足なく、伝わる形にするのって、本当に難しいね。

書いてて思ったけど、俺はほんとに拙いわ。

でも、この理想は持ち続けたいので、頑張って守りたいッス。












生来飽きっぽい僕が、何度か始めてはやめて、

始めてはやめているブログを、何故またやりだそうと思ったのか?



それはこれから紹介する魅力的な3人のクリスチャン・ガールズのブログに、

本気で感動させられ、今も励まされつづけているから。



彼女たちに教えられ、僕に「ジーザスを伝えるブログを始めたい」という

動機が初めて生まれたから。



ブログに綴られる彼女たちの日々では、信仰と生活とが分かれていない。

そのことがとても素晴らしい。

キリストを信じることは「宗教」ではなく「ライフスタイル」なんだと

ことばだけではなく、教えてくれている。



…1人ずつ、紹介していこう。



1人目のブロガーは、「I Still Call Australia Home」を書いているizumiさん。

彼女はある意味で僕の恩人だ[:ぴかぴか:]



しばらく前、韓国留学から日本に帰って来て、そのあまりの環境の変化に、

僕は打ちのめされてしまっていた。

神様を知ってはいたけれど、当時はジーザスに頼る、

ジーザスと生きるということがよく分からずに、思考停止状態に陥っていた。

僕はまた、ずるずると無為な生活にはまり込みかけていた。



バイトを始めるわけでもなく、父が営むささやかな建築事務所を根城にして、

一日、「コンピュータの手伝い」を名目に、自分の今後を保留していた。



教会にも行けていない。バイブルにも触れていない。

祈ることさえできない停滞。



そんな時に、ひょんなことからizumiさんのブログに出会ったのだ。

今となっては神様の御業としか言いようがない。



彼女と、東京で彼女が通うジーザスライフハウスというチャーチに、

本気で自分は魅せられた。ロド先生という、

オーストラリアから日本へのビジョンを持ってやってきた牧師によって

建て上げられたこのインターナショナルチャーチには、

若者の情熱や、神様を中心にして集う集まりの輝きが満ちていた。

日本のキリスト教…でイメージしてしまう堅苦しさを吹き払うような自由さがあった。



izumiさんの文章には、大袈裟ではなく全てにおいて

ジーザスと共に生きる喜びが満ち溢れていて、

嫉妬を感じる暇もないほどだった。時間があるのを良いことに、

膨大なアーカイブをひたすら読み進めていくうちに、

自分の中で、少しずつ形作られていくものがあった。



この輝きと喜びこそが、信仰なんだって。



勿論、文章を通して知る彼女の毎日は全てが楽しい事の連続ではなかったし、

苦しさやチャレンジに関しても正直に書かれていた。

でもいつも、彼女のブログには「その先を見据える目」を感じた。

今の辛さは、決してそのままでは終わらないと信じる気持。



日本人は勿論のこと、

チャーチに集うオーストラリアのクリスチャンたちのことも、

魅力的に書かれていた。

何の接点もなかったオーストラリア人が大好きになってしまったほどだ。



このチャーチは、まさに自分の理想の場所だった。

奇麗ごとでない、愛と赦しに満ちている。

そして今も、リアルタイムでチャーチは動き、新しい命を生み出し続けている。



こうしちゃいられない!と、ある時、強く思ったのだった。



バイブルに…ようやく再び手を伸ばし始めた。

まだ、それを「我がこととして」読むことはできなかったが、

それまでの自分からは考えられない一歩となった。



祈ることはまだうまくできなかった。

でも、「何か」が僕を突き動かしていた。



(その後…しばらくして僕はようやく父の事務所から「出エジプト」し、

ある人と出会ったことをきっかけにレンタルビデオのTUTAYAでバイトを始める。

後にその人とは、お互いをこれ以上ないくらい傷つけあうことに

なってしまい、神様の望む事柄と真っ向から反する別れ方をしてしまうことになる)



僕の歩みはでこぼこで、本当にようやく最近になって、

我がこととして神様を求めるようになってきた程の、どうしようもない道のりだけれど、

その一歩目をくれたのは、嘘偽りなく、izumiさんのブログがきっかけだった。



ありがとう。izumiさん!そしてジーザス!

どれだけ感謝してもしたりません。




その後、izumiさんのブログを通して知った、あとお二人のブロガーの存在にも、

ますます励まされた。



しもさんのブログ「What makes Life Fascinating」には、

必死で現実と向き合って戦ってきた女の子が、

ジーザスを知ることでそれまでの人生とは180度違う価値観、仲間を得ていく

道のりが綴られている。



文章が聡明で説得力があり、音響という、与えられたタレントを活かしたチャーチでの奉仕の話題にも、惹きつけられた。自分も音楽好きなので。



それから、彼女が大好きなアメリカのドラマ『フルハウス』。

僕も大好きなので、共通点を感じたりしてる。



それから、現在izumiさんとのルームシェアを楽しんでいるmimoさんのブログ

mimoとjesusの歩み』も、気負わない文章で日々の証が書かれていて、

読みやすいうえに、可愛らしいmimoさんのものの感じ方にくすくす笑える。

ON(仕事モード)とOFF(プライベート)のギャップがものすごくて、

mimoワールドと呼ぶにふさわしい天然ぶり。

でもピュアなジーザスへの情熱が、ひしひし伝わってくるんだ。



mimoさんに限らず、この3人のブロガーの皆さんは、

「生きることはジーザス」という点で共通している。

揺るぎない信仰は、人を励まさずにはいられないし、

一番素敵なのは、「神様を信じることは決して束縛されることではなく、

解放感と喜びに満ちてるんだ」と信じさせてくれることだ。



僕の願い。

これからも更新には多くのチャレンジがあると思うけれど、

(あくまでネットはネットであり、現実の生活こそがその土台となるものだから)

できる限り、3人にはブログを続けていってほしい。

そしてそれを通して変えられる人たちを生み出し続けてほしい

書くことにプレッシャーを感じすぎず、

書かずにはいられないから、書いていってほしい。

それはジーザスの願いでもあると、思うんだ。



長々と書いてしまったけれど、一番言いたいのはそのこと。



で、おまけ。僕に最近起こった出来事で一番すばらしかったこと。

せっかくこの方たちのおかげで証のブログを始められたんだから…、と

お礼も兼ねて駄目もとで先日、リンクのお願いをしてみたら、3人とも快く承認のメールを下さったんだ!

これは感動した!

憧れのアイドルから直筆でファンレターの返信が来たファンよりも舞い上がった。



そしてizumiさんとしもさんは、なんとこのブログを読んでくれたという。

嬉しかったですよ~~!なにせ恩人だもの。



これを読んでいる方の中で、「神様を信じてみたいけれど、ちょっと不安」と、

もし思っている人がいるとしたら。

右サイドのリンクから飛んでいける、このクリスチャン・ガールズ・ブログに

触れてみてほしい。



きっと、ジーザスと共に生きていきたいと、思わされるはずだ。



そしてたま~に時間があったら、僕のブログも読んでくださいね[:あせあせ:]






(追記)これを書き終わった後に、ちらりとizumiさんのブログを見にいったら、

僕のことが載ってた!夢かこれ!本当に感謝だよ~~。涙出た。




韓国で神様に出会ったお話の続き。



以前何かの本で「人間の中には神様でしか埋まらないくぼみがある」という話を読んだことがある。

人が空虚さや虚しさを感じてしまうのは、本当に満たされなくてはならない場所が埋まっていないからだ、と。



神様のことがいまいち信じられなかったあの頃、僕の心の中にもそんなくぼみがあった。

くぼみが埋まることを強く求めていながら、先入観や恐れがそれを邪魔していた。

信仰なんて、安易な逃避だと思っていたから、簡単に飛び込めなかった。



今日が来て、明日が来ることの意味を、うまく感じられなかった。

生きることの意味とかも。



生きることに意味がないのならば、どうしてその時、自分は死を選ばなかったんだろう。

それはやはり、どこかで「生きていたい」と思っていたからだ。



心のくぼみはずきずきと痛んだ。



でも、神様は僕をほっておいたりはしなかった。

意味を見いだせなかった自分の生、そんなものを…ジーザスはかばってくれた。



父なる神様を信じるようになるきっかけは、ジーザスへのシンパシーだった。

鞭打たれ、ぼろぼろになって、十字架に磔にされた、神様の一人息子。

ある時…バイブルをわからないながら読んでいて、思ったのだ。

どうして彼は、十字架につけられなくちゃならなかったのかって。



文章だけするりと読んだら、

民衆をひきつけるジーザスの教えに嫉妬した当時の宗教指導者が、

彼を陥れて極刑に処した、ようにしかみえない。



ただ、僕にはバイブルのこの一節が響いた。

十字架につけられた、まさにその時にジーザスが発したこの言葉。



『そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカによる福音書23:34)』



人のあるゆる妬みやそねみ、おごり高ぶり、暴力への欲求。

それらがひとまとめにジーザスに襲いかかり、死にまで至らせようとしているのに、

なぜ彼はとりなすんだろう。



それは…愛して受け止めたからじゃないだろうか。



僕は他人のためにそこまで自分を投げ出せるだろうか。

自分を虐げる人間をかばえるだろうか。



かさぶたをはがすのにだって、体の痛みは伴う。

なのにジーザスは血みどろになって、体を張ってくれた。

十字架の上で手を広げて。



そこまでの愛は、人間にはない。ちらりとそんな考えがよぎった。



十字架と自分とが初めて、少しリンクした瞬間だった。

虚しさで自分自身を傷つけてきた僕の前に、ジーザスが立って、護ってくれているような気が、その時はした。



心にうごめくものを感じ始めてから、またひと月ほど経った。

ジーザスを信じたいのに、まだ戸惑っている…そんな毎日。



例によってノグリ姉さんの家にご飯を食べに行ったら、その日は少し様子が違った。

おしゃべりの後で姉さんが小冊子を取り出してきたのだ。

「豊かな人生のための四つの法則」だったと思う。

キリスト教伝道用の本だ。

姉さんは言った。「イエス様を受け入れてみない?」



二人で小冊子を読んだ。そこには、神様が人間を愛していること、

でも人間が罪を犯して自分勝手な道を歩んだおかげで、その愛を受け取れなくなったこと、

ジーザスが身代わりになって十字架で命を捧げてくれ、神様への反逆の罪をあがなってくれたおかげで、再びその愛が受け取れるようになったことが書かれていた。

全てを理解することはできなかった。普通に聞いたらあまりにも荒唐無稽な話だったから。

ただ、「ジーザスがかばってくれた」というのは、強く感じた。一月前からじわじわと芽生えていた気持。

価値が無いはずの自分に捨て身で向き合ってくれる存在。



その意味を知りたいと思った。だから冊子を読んだあと、僕は姉さんのリードに従って一緒に祈った。



「主イエス様、私はあなたを必要としています。

 私の罪のために十字架で死んでくださったことを感謝します。

 今、あなたを私の罪からの救い主、主としてお迎えいたします。

 私のすべての罪を赦し、永遠のいのちを与えてくださり感謝します。

 私の心の王座で、私の人生を導いてください。

 あなたが望んでおられるような者に変えてください。アーメン。」




急に回心して、神様を讃美するだとか、そんなことはなかった。

ただ、これからの自分の変化に思いを馳せた。



行先はわからないけれど、遠くの方に、ぽつんと光が灯った[:ぴかぴか:]






教会に行き始めてしばらく経ったころ。





(つづきます)
今日はデイはお休み。少しだけ朝寝をして、10時過ぎに近くの百貨店へ。

買ったのはハトロン紙と千代紙。

というのも、先日デイスタッフのGちゃん

(何てお年寄り向きのイニシャル[:!:])

から依頼されて、デイのパンフレットをつくることになったので。

無難なものにしたくなかったから、

買ったものをスキャナでコンピュータに取り込んで、

紙の質感を取り入れようと思った。



昼から部屋で格闘する。

ハトロン紙の下地…温かみがあって良い具合。

ただ肝心のレイアウトがどうにもこうにも。

頭で考えてることに手の動きが追いついてない~[:汗:]

伝えたいことをひとまとまりにして、何とか配置しようとするものの、

もっとポップにとか、変な色気が出てくるうちに

とりとめなくなってきちゃう。もどかしい[:くるりん:]。



巷のデザインを見て、配色がどうのとか、

人のことはあれこれ言えるけど、

見るとやるとでは大違い。基礎力の無さを痛感しましたです。



でも先ばかり見ていても仕方ない。

今できることを全開でやるしかないね[:ギザギザ:]。



完成目がけて頑張ろうっと。




ドンスン教会、礼拝堂の2階


通っていたドンスン教会の礼拝堂。



韓国で神様に出会ったお話の続き。



留学生歓迎会で出会った、ノグリ姉さんとスンちゃん夫妻。

そのころ2人は教会の近くに住んでいた。

イルカちゃんと、それからもう1人、ノグリ姉さんの親友、

うんちゃんと同居しながら。

最初は「夫婦なのに何故?」と思ったけれども、

足繁くお宅に通うようになって[:ジョギング:]、

4人の関係が抜群に安定しているのを見て、

…なんだか納得してしまった。

この人たちはこれでいいんだ。



歓迎会をきっかけに通い始めたドンスン教会は、

若い人たちの活気に満ちていた。

学校のクラスメイトは、自分も含めて、

とりあえず安く留学できるから韓国に来てみました、

という感じの人も多く、そこはかとないけだるい空気が寄宿舎に漂っていたから、

その元気さには戸惑った。

韓国人の国民性もあって結束も堅く、

日曜には若者だけ百人以上集う礼拝もあったほど。



礼拝での牧師さんの説教は、ほとんど理解不能だった。

学校の授業もようやっとついていける程度だから、無理もない。

皆で歌うワーシップソングは、嬉しかった。

音楽好きなので、ライブ感覚で聴けたから。

韓国人の祈りは熱い。声を張り上げ、手を差し出して、

陶酔するかのように祈る姿に、

最初は「なんだこいつら!あほか!」と思っていた[:びっくり:]

集団洗脳、新興宗教、病気が治る水…と、

訳のわからないことが脳裏をよぎっていた[:あせあせ:]



でもそんな引っ込み思案で疑り深い僕を、ドンスン教会の人々は受け入れてくれた。

後に聞いたことだけれど、留学生歓迎会を機に教会に来るようになる人というのは、

滅多にいなかったらしい(珍しがられていたのかもしれないね)。



前にも言ったとおり、日本では人との接触がほとんど無いまま、

僕は過ごしてきたから、皆の集まりに入っても、

観葉植物みたいに静かにしているしかなかった。

唯一、ゆっくり話せた相手がノグリ姉さんとイルカちゃんだった。

特にノグリ姉さんとは、それまでの沈黙貯金を全額引き出す勢いで、

たくさんのことを話した。

彼女らがどうして他の人と違うのか、知りたかった。

韓国生活のいろはも教えてもらった。



数か月経った。でも、神様のことは信じられなかった。

何かに対して希望を持つということを久しく忘れていた。

てらいなく、神様を讃美できる周りの人々に、相変わらず疑いの眼差しを向けて…

羨ましさも感じていた。

「神様がもしいるのなら…なんでこの世をこんなに不公平なままで放っておくんだ??

理不尽な目にあっている、例えばホームレスの人たちは?愛されてるのか?

宗教なんて所詮、奇麗ごとだ。皆、痛みをごまかしているだけだ」


そんな悪態を心でつきながら、でも僕は空虚だった。

神様を否定していたけど、逆に自分に何か信じられるものがあるのかと問われると、

どこにも見当たらなかった。



国籍を信じられなかった。

経歴を誇れなかった。

自分自身の魅力も持ち合わせていなかった。




だけど…空虚さの奥には、狂おしいくらい何かを欲しがっている気持があった。



生きてるって、こういうことではないはずだ。



(も一つ明るい話になりませんが、つづきます)




証とは、自分がキリストとの関わりで、

どんな恵みを受け、どう変わっていっているかを

語るもののようです。



これは拙いけれど、僕、Taikaがどのようにキリストに出会ったか語る証です。



3年前…僕は韓国のソウルで、留学生として過ごしていた。

ソウルへ渡った理由は、いろいろある。

それまでの日本での生活が頭打ちになってしまっていたこと。

どうやって生きて行っていいか、完全に見失っていたこと。

僕は在日韓国人で、自分のルーツを探りたい気持もあった。



そのころはクリスチャンでも何でもなかった。

何者でもなかった。



日本で生まれた韓国人として。

僕は自分のアイデンティティーをうまく作ることができなかった。

顔かたちは似たようなものなのに、

流れる血が違うだけで、

自分の土台を信じることができなくなってしまっていた。



韓国語で自分の名前も書けないまま、ソウルでの生活は始まった。

学校は国営で、敷地のなかに寄宿舎があり、

費用も普通の留学に比べて、驚くほどほど安い。

授業の中身は、初めはちんぷんかんぷんもいいところだった。

何しろ「アンニョンハセヨ~」ぐらいしか言えない。

クラスメイトは各国から集まった、在外韓国人たち。

中国、ロシア、ブラジル、ドイツ…。

割と家で韓国語を使っていた人たちが多く、

ヒヤリングはオッケーだったり、

片言で話すことができたりした。

僕はとてもコンプレックスを感じて、なかなか皆の中に入ることができなかった。



母国にいるはずなのに、安らぎはうまく感じられなかった。

どこへ行っても異邦人というか、どっちつかずの寂しい気持[:がく~:]



寄宿舎の通り向かいには、ドンスン教会という、

大きな教会があった。

敷地も広大で、雑然とした街並みにどんと存在感を示してる。

学校が始まって間もなく、そこで「留学生歓迎会」があるという話を聞いた。



ちょっと行ってみようかな、と、どうしてそう思ったんだろう。



その時まで、キリスト教になんか髪の毛一筋ほどの興味もなかったし、

宗教に関して根強い不信感を抱いていたから。


何しろ統○協会の生まれたお国でもあるし。

取り込まれたらえらいことだ…と思っていたのだ。



間抜けな話だが、歓迎会で夕食がふるまわれるという話に、

心が動かされた[:食事:]

というのも、寄宿舎で出てくる食事が、

「生やけのサバのフライにタルタルソースをかけたもの」といった、

とんでもないメニューだったから[:びっくり:]

まともな御飯が食べたい!と思ってしまったのだ。



歓迎会の当日。

唯一、クラスメイトで仲良くなりはじめた在日のKくんと、

おそるおそる教会へと向かった。

取って食われるのは俺らなのかも…[:汗:]と戦々恐々だった。

でも、迎えてくれたのはたくさんの笑顔と、

飾り気はないけれど温かい夕食だった。



僕はそこで、運命の人たちに出会う。



日本語ができる教会の人から、

「他にも留学生で日本から来てる子がいるよ」と

紹介された人たち。



はじめから朗らかな態度で接してくれた女の子・イルカちゃん(仮名)、

その後、この人たちからイエス様を伝えてもらうことになった、

ノグリ姉さんとスンちゃん夫妻(一部仮名)。



本当に、この人たちに逢えたことで、人生はじわじわと変わり始めたんだ[:ぴかぴか:]



…今から思えば、そのために、僕は韓国へ行くことになったんだと思う。

すべて神様の導きによって。









(続きます)
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