Hold Me Jesus 2

北海道在住のジーザスフォロワー・taikaのブログ。CFNJ聖書学院にて研がれる日々。

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仕事からあがって、家に帰ってきて、
晩は来月用の塗り絵カレンダーをつくる。
ああだこうだ理由をつけて描くのが遅れてしまってたんだけど、
もう明日がリミット。まさに夏休みの宿題状態だ

尻に火がつくまではぐずぐずしてる。
そういう意味では…僕は小学生の頃から何も変わっていないな(笑)

6月といえば梅雨のイメージ、と勝手に思い定め、
それに自分なりの天使をつけ加えてみた。
寝そべってる体を描くのって難しいね!

小一時間、頭ん中は真空になりつつ、ボールペンを走らせる。

それとなく完成。
利用者さんに喜んで塗ってもらえたらいいな~。





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うちの教会は、先日「目的宣言」…これから何を目指して歩んでいくのかを
見出したんだ。

ありがたいことに、それを考える委員会の1人として、
僕も加わらせてもらえた。

今日の礼拝では、3人の委員が、礼拝メッセージと証を通して、
宣言を見出す中で受けた恵みを分かち合えた。

Yさんのシェアの後、僕はこんなことを話させてもらった。



「今回、教会の目的宣言を見出していく働きをさせていただけたこと、
本当に自分にとって光栄でした。
文字を裏返して、栄光は主に返します。

教会の正式なメンバーに加わって半年も経たない若造に、
よくこのような大きな仕事を任せてくださったと、
皆さんの配慮に心から感謝してます。

以前から、”教会”に対しての想いは、たくさん持っていました。
いろんな本を読んだり、ネットで他の教会の活動を見たりして、
影響を受けてました。
しかしそれはよく考えてみれば、僕の頭の中だけの非現実的な理想や、
高すぎる願望に過ぎませんでした。
これが実現できたら全員マザー・テレサって感じで(笑)

諮問委員会での話し合いが始まってからも、
最初はやたらと独りよがりの想いが噴き出してくるだけでした。

流れが変わったのは、
委員会の回数を重ね、I先生から、
「教会とはどんなところか」をシンプルかつ多面的に考えられる、
11項目の質問集が出てからでした。

それはよく練られた質問でした。おかげで、溢れ返るような想いが濾過されて、
本当に必要なものだけが残ったような感じです。

これに委員3人で答えていく中で、
また、自分の情熱、信徒研修会の際に皆さんが寄せてくださった回答、
そして祈りが一つとなって、しだいに教会の目的が浮かび上がってきました。

時間をとってから、それぞれの回答を持ち寄ったのですが、
それは…ほぼ一致していました。神様のプランを感じました。

その回答をまとめ、さらに分かりやすく、短い言葉に練り直したのが、
今回見出した目的宣言です。

心からの礼拝をささげること。
喜びをもって福音を伝えること。
互いをありのままで愛し合い、励まし合うこと。
世の助けとなること。


人は、目的を見出すと強くなれます。そして向かう方向がわかると、安心できます。
内側の力を、焦点を定めて解き放てるんです。

僕は、この帯広教会の1人1人に、素晴らしい温かさと神様へ向かう心を感じます。
見出した目的に、言葉だけでなく具体的に取り組んでいくことで、
そんな良い資質が磨かれ、
さらに外へ向かって流れだしていくと信じています。

しかしそれは、人間の意志の力でなし得ることではありません。
僕らには全ての原動力、主の愛が必要です。
まず自分も含めて、主の愛と憐れみを、言葉だけでなくしっかりと感じていきたいです。

そして、自分がたっぷり受けたものを、今度は他の方にも手渡していくために、
一歩踏み出していきたいと願います。

目的宣言が、誰を通して形になったかは、たいした問題ではありません。

むしろこの一連の流れを通して、
主ご自身が語られたものに、僕らが本気で耳を傾け、従っていくのを、
主は望まれていると思います。

「理想的だね。できたらいいね」で終わらせるんじゃなくて、
実現に踏み出すことで、現実の世界に神様の栄光をあらわしたいんです。

それぞれの賜物、情熱、信仰をもって、
一緒に、目的に向かって進んでいきましょう!

何よりも…主ご自身が、共にいてくれます!!」



続くI先生のメッセージでも、主の愛が語られた。

僕らが、まだ神様に背を向けて、
自分たちの好きなように生きている頃から、
変わらず、主の愛はそこにあった。
そして、神様と僕らを阻む”罪”を取り除くために、
わざわざ神様自身が人の姿になって、
本来僕らが受けるべき罪を、代わりに引き受けてくれた。

僕らのことがどうでも良かったら、
体を張って、命をかけて、どうして助けてやろうと思うだろう。

愛があるから。ジーザスは十字架にかかってくれた。

それを知り、応えていくのが僕らの原動力。
ジーザスがそこまでしてくれたって、胸の奥にしっかりと感じられたら、
何かしたくなってくるはず。そこから行いが生まれるんだ。



さて礼拝後は、6月末にやる横浜洋光台教会との
パートナーシップ伝道に向けて、ユースで賛美の練習をする。
グロの「その日全世界が」も、集会の最後に歌うことになってて、
何度も口ずさむ。まじでいい歌!最高!
ユースのみんなも気に入ってくれた。

と、練習に打ち興じていると、
ピアノの近くで壮年会の皆さんが何やら段ボールから取り出し始めた。
歌いながら横目で見る。

ポールを組立て、機材をつけて…、
できあがったのは何と…電子ドラムセットだった!!

洋光台のユースが、集会で使いたいということで、
うちの教会内で探していたんだけど、これを盟友・ノゾムが持ってたんだ。

ユース発足メンバーでもあり、今は九州に就職している彼。
こんなところで神様の伏線が効いているとは思わなかった。

ドラムを見ているうちに、どうしようもなくうずうずしてきた。
というのも、前から何か楽器に取り組みたかったんだ。
どうせやるなら”ドラム”がいい!と思っていた。

前に行った栄光教会のユースライブで、
すっかりトリコにされたのも理由のひとつだ。

ただ、電子ドラムでも機材は高いだろうし、しばらくは無理っすね…と
半ば諦めていた。

したら本日、目の前にドラム!ひえ~~~!すげ~~~!!
なんすかこれは!(ドラムです)


見よう見まねで叩いてみた。
ユースの皆で、ピアノも入れて「その日全世界が」を歌い直す。
今までのイメージと違う感じで、わくわくする!

叩くのはほぼ初めてながら、
こんなに楽しいとは思ってもみなかった。
誰かと音楽を作り出せるなんて。
しかも元々、テクノが好きでリズムには興味がある。
それを自分の手で奏でられるなんて、信じられない。

神様、ほんとにありがとう!!
別に僕のためのドラムじゃないけど、ほんとに嬉しいこの機会!!


つくづく最近…教会の人や周りの人に助けられてると感じる。
いや、「ちょっといい話」ってわけじゃなくてさ、実感として。

朝夕、車で教会まで送ってくれるユースの仲間や、
ちょっとした食べ物を用意してくれる女性会の皆さんや、
ユース賛美のピアノを二つ返事で手伝ってくださるブラザーや…。

僕はけっこう厚かましいので、
「ありがとう」と受け取るばかりだったけど、
僕にできることでお返ししていきたい。
ちょっとずつ。




家に帰って。
夕方はアーサー・ホーランド『不良牧師』を読み直す。
しばらく前に無くしてしまい、ずっと本屋で探してたんだけど、
一昨日近所のブックオフで発見、即買いした。


これまで5、6回は読んでるけど、毎回胸に火がつく。
まじすげえ、アーサー!カッコ良すぎる!
メッセージのどこにもダレたところがなかった。
全部に熱い意味が込められてた。

でも、言葉だけの人じゃない。
ジーザスを生き方で語る。嘘つかない。
見た目で人を判断しないで、とことん付き合う。

それから勢いにのって、YouTubeで何個かメッセージを観る。
自然に目が惹きつけられる。
ジーザスも、地上にいた頃、こんな風に人々に語ったかもしれないね。

同じジーザスを信じる者同士、すごい励まされる。
スタイルは同じでなくても、自然体の生き方で、
他の人にジーザスを伝えられる可能性を、
アーサーは垣間見せてくれる。


情熱って、リレーできるんだね。
まじでそれ、受け取りたいよ!


●YouTubeでのアーサー


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ぬお~~~!
さっき祈り会から帰ってきた。
今日はmizuさん、nanoさん、僕に加えて、
先日教会に来てくれた男の子・Iくんが、また足を運んでくれた!

前の熱いトークは、全然大丈夫だったって。主よ~!

それぞれの課題を分かち合った後、
Iくんからクリスチャンに対しての疑問をきいてみた。

すると「クリスチャンは確信をもって、日曜に集ってるような感じがする。
神様は目に見えないのに、どうして信じられるのか?」という質問が出たんだ。

確かに、どうして信じられるんだろう。

僕自身も韓国に行くまでは、信仰を持っている人たちに疑問が多々あった。
手を広げて賛美している姿を見て「この人たちヤバい!」って思ってみたり(笑)

ただ、よくよくその人たちを見ていると、
何か「芯」が通っているように思えてきたんだ。
この不確定で理不尽な(と、その時は感じていた)世の中にあって、
確かな芯を持っているように。

秘密を、知りたくなった。彼らが持つ、明るさの秘密を。

それから信じられるようになるまでにはかなりの時間がかかったけれど、
目に見えない神様の働きや姿を、
目に見える教会のメンバーを通して、僕は知ったんだと思う。

風に揺れる木を見るように。
そこから風を感じるように。

あとはバイブルからだ。やっぱり。

最初は何がなんだかわからなかった。
世界文学としてさえも理解不能だった(笑)

でも、わからないままとにかく触れているうちに…、
自分が置かれた”その時の状況”にぴったりくる言葉が与えられることが
起きてきたんだよね。

不安な時に、「大丈夫だよ」とバイブルが語りかけてくれたり。
とても偶然とは思えず、そんなところからも神様の働きを感じたんだ。

mizuさん、nanoさんも同じ。
完全に、すぐに信じられたわけではなかったけれど、
折々で、自分の想いや意識を遙かにこえる出来事が起きて、
そこから、目には見えない神様を感じてきたみたいだ。

僕にとっては、今日の祈り会自体が、
神様の働きだった。

お互いのことを語りあう機会が与えられていること。
クリスチャンのことを知りたいというIくんが来てくれていること。

つい1年前には考えも、期待もしていなかった出来事が、起きている。


これが神様の業なんだよね。


1つ1つに、感動するよ。

僕らの説明を、Iくんはうなずいて聞いてくれていた。
クリスチャンだけでなく、いろいろな宗教に興味があるというIくん。
主が彼のあらゆる疑問に答えて、生きた働きをしてくださるように!



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それからお知らせ…。
このブログに本日より別館ができました(笑)

「HOLD ME JESUSアネックス」

以前からすごい興味のあった音楽・音声の配信を、
ここで始めてみたいんだ。おずおずと

今日は休みだったこともあり、昼間あれこれ試してみて、
比較的あっさり音楽がアップできてしまった。

これならもう少し早く取り組んでたら良かった…。
いつもと同じ後悔をする。

前に遊びでトラックだけはつくっておいた
「リバイバルニッポン」という曲があって、
それにラップ(ラップってあなた…^^;)を入れてみた。
初めての挑戦だ。

2階に誰もいない隙に。階下に住む婆ちゃんに気兼ねしながら。
そんなわけで、リバイバルのわりには
お腹から声出てませんが、すいません(笑)
マイクノイズも入りまくりッス。

本心から主を賛美する気持があるなら、
いろんな形のワーシップがあってもいいよね!
そんな想いで取り組んでみたよ~。

素人だから完成度は高くないし、
あのすんばらしい、まどかさんの「自家製ラブソング」には
とても及ぶべくもないけれど、
一聴して苦笑でもしてくだされば幸いにございます^^

「一本」ムーブメントへの小さな応援歌だよ~。







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前の日曜に、教会に新しくノンクリの男の子が来てくれて、
熱心に語り合った。

その子も、「こういう話がしたかった」と喜んで帰ったんだけど、
それから僕の心に「もう少し方法があったんじゃないか」という想いがきたんだ。

せっかく出始めた芽に、肥料をがんがんあげすぎてしまったんじゃないか。
相手の気持には十分配慮したつもりだったけれど、
熱心さが上まって、押しつけるような物言いになっていなかったか。

相手に、ただの“宗教”を感じさせてしまったとしたら。
少しばかり、凹んだ。

まず、友達になってからでも、遅くなかったじゃないか。




僕はクリスチャンだけれど、自分が”宗教”を持っていると思ったことは1回もない。
父なる神様を信ずるのは生き方の問題だ。
ジーザスと共に歩ませてもらえる、この道のりも。
そんな風に思い定めてきた。

”宗教”は、なんとなく神様というより、
人間の側の都合に重きが置かれているような気がしてならない。
あくまで個人的にね。

”宗教”が良いとかそうじゃないとか、その手の議論は避ける。
人はそれぞれ、信じたいものを信じる権利があるから。

ただ感じるのは。

今…たくさんの人が、「本物」を求めているんだと思う。
「本物」の生きる意味であったり、土台になるものであったり、指針であったり。

表向きのことは即座に見破られる。
皆、ある意味では必死だし、真剣だからだ。

だからクリスチャンである僕らも、
今まで以上に、「生き方が本物かどうか」が問われるんじゃないかな。
宗教がどうのじゃなく、
慣例や用語で覆い隠されたものじゃなく、
本質で勝負できるか。

あらゆる疑いと、検証に耐えられるか。

えらそうなこと言ってるけど僕自身には、とてもできない
本物を追い求めたいとは願っているけれど。まだまだ道は遠いよ。

でも、神様になら。
本物の、神様になら。

欠けの多い僕らという、土の器を用いて。
「本物」を、あらわすことができるはず。

例えばクリスチャンが他の人にインパクトを与えられるのは、
「この状況からどうして…」と言われるほど打ちのめされても、
主のもとに立ち返る、弱さのなかのタフさだったりするんだと思う。

なぜ、立ち返られるのか。

十字架の死で、僕らを無条件に赦し、
愛してくれた主への信頼があるからだ。

いつでも、主は僕らの最善を知っていると信じて、
何回でもそこに賭けていく、姿。

時に泥臭くて、洗練されてなくて、かっこ悪いけれど。
「本物」に少しでも近付こうとするその情熱は、
必ず周囲に影響を与えると思う。

ただ、ジーザスを見つめられるかどうか。
鳩のように、素直な眼差しで。

それが大切なんだと思う。



そして、矛盾するようだけれど、熱さと同時に、「冷静さ」も持っていたい。
自分のしていることは、他の人、特に神様を知らない人の目にどう映るのか。

それはおもねりとは違う。自意識過剰とも違う。
醒めてるのとも全然違う。
(醒めた上から目線も、宗教と同じくらい僕は苦手だ

自分が信ずるものを、周りの人々に
ただ押しつけてしまわないための配慮だ。

神様は、僕らに自由な意思をくれた。
神様の語りかけに応答する自由もあるし、
好ましくない道へ歩む自由さえある。

クリスチャンはその意思を使い、神様を選びとらせてもらっている。

マインドコントロール的に、意思を奪い取られてるわけじゃないんだ。
それを証明するための冷静さなんだ。クリアな意識。

「確信」を強く裏打ちするのが、冷静さだと感じる。

…また、僕らは教会という、居心地のいい場所にばかり留まることはできない。
世の中に出なくてはならない。
そして価値観の異なる人々と関わり、時に理不尽な想いをしなくてはならない。
そこでも冷静さが必要だ。
つまり”知恵・賢さ”と言いかえられるものが。

蛇のような、賢さ。

原動力は、信仰。賢さは、そこから生まれる情熱を絶やさずに、
なおかつ世の中に留まるためのスキルだ。



ジーザスの言葉は、やはり確信を突いている。

「だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい」
(マタイによる福音書10:16より)

両方、欠けてはならないんだね。きっと。


なんだか、難しいこと考え続けて、頭パンクしそうですが、
これからもその両輪のことを、いつも胸に置いていきたいな。







【ユース伝言板】
Hさん…1人じゃないからね!!!祈ってるよ!!!



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今日は「人の贈り物」を受け取った一日になったよ!

まず礼拝メッセージは、バプテスト連盟の釧路教会から、
U先生という方が来てくださり、話してくださった。

「礼拝」について。

僕らは日曜に教会に行く。それが当り前のようになっているけれど、
実は「神様に招かれてる」からこそ、集えてるんだよね。
では、何故、神様は僕らを呼び集めてくれるのか。
それは…僕らを愛しているから。

僕らに付き合ってる異性がいたとして、
その人を想い、会いたいと願うのに、理屈はない。
ただ、顔が見たくて、ただ、会いたいはず。

礼拝に僕らを招く神様の気持も、それと変わらないんだ。

そして礼拝をささげるとき大切なのは、”応答しあう”こと。
賛美し、祈り、想いを神様に向けることで、
メッセージを通して主の語りかけを聴くことで、
僕らは相互に応答しあう。
それがなくて、一方的なコミュニケーションになってしまうと、
礼拝は、お尻を痛めながら、ただ椅子に座るだけの行為になっちゃう。

礼拝には、1人で部屋で祈っているのとは違う意味もある。
仲間と、一緒にささげること。
神様と人との結びつきのなかで、人と人との結びつきのなかで、
絆はより深まり、僕らは強められていく。

かといって、内に引きこもりはしない。
自己満足にも陥らない。

礼拝で受け取ったものを手に、他の人のために生きるのを願って、
僕らは、外へと向かっていく。

…U先生は、わかりやすく熱く語ってくれた。感謝です!




それからもうひとつの「人の贈り物」は…。

礼拝に、新しく若い方が2人、顔を出してくれたんだ。
男の子と女の子。

そのノンクリの男の子とは、昼食を共にすることができた。
うどんをすすりながら話を聞く。
教会のホームページを見て来てくれたんだけど、
「いろいろ見たなかで一番印象が良かったから」
うちを選んでくれたんだって。

ありがとう、神様。
ありがとう、FC2ブログの素敵なテンプレート(笑)

クリエイティブなことに関心を持っている人で、
若いのに、音楽や本の知識もたくさん蓄えてる。
これからが楽しみだよね。

食後は個室に場所を移して、
ユースメンバーのnanoさんも交えて、
たっぷりと話すことができた。

男の子はクリスチャンに対して、教会に対して、
いろんな質問を持っていて、うわ言のような僕の答えを、
よく自分の中で飲みこんで、聴いてくれた。

僕も嬉しくて嬉しくて、
バブテスマ(洗礼)について、罪について、
バイブルについて、十字架の救いついて、
他宗教とクリスチャンの違いについて…、
思うところを語りまくってしまった(笑)

後から「初めて教会来た人に、やりすぎた…」と反省したんだけど

でも、真剣に向き合ってくれる人に、
語らないわけにはいかなかった。
どうしても、伝えたかった。


「たとえば深夜の駅で。
酔っ払った男が、ホームから歩きだして、線路の方に近づいていく。
前後不覚になって、何も分からない。
とうとう男は、勢いあまって線路に落ちてしまう。
そこへ、電車が近づいてくる。
ホームにいる何人かの人々は、手をこまねいているだけ。

と、すらりとした30代の男性が、線路へと飛び込む。
酔っぱらいの肩を抱き、助け起こし、ホームへと押しやる。
酔っぱらいがホームによろよろと横たわったその時、
轟音と共に、男性は電車にひかれてしまう…。

何もわからず線路に落ち込むのが、僕ら。人間。
そこに迫ってくるのが、罪という電車。
襲いかかるその電車から、僕らを助けだしてくれたのが、
30代の男性…つまりジーザスなんだよね。

俺らの身勝手さ、神様から離れて生きてきた罪を、
彼はそんな風に、命をかけて、肩代わりしてくれたんだ」


十字架のことは、こんな例えで話させてもらった。
なるべくわかりやすくしたいと思って。
大丈夫かな?ピントずれてなかったかな?



…神様が、どれほど僕らを好きでいてくれるか、
手を広げて、僕らが立ち返り、
神様のもとに来てくれるのを待っているか。

聖書というラブレターを通して、
僕らに本物の愛を伝えようとされている姿。

一歩間違えば「そんなの、自分には関係ないッス」と
どん引きになりかねない話だったかもしれない。
でも男の子は、「こういう話がしたかったんです!」と
喜んでくれた。僕もめっちゃ嬉しかった。


また機会があったら、話しようね~~!
今日は、来てくれてありがとう!


それにしても。
この教会にも、何かが始まろうとしている。
久しぶりに帰ってきて、それを感じた。

横浜の教会とのパートナーシップ伝道も6月に控えているしね。
向こうのユースの方たちが、わざわざ北海道まで足を運んでくれて、
賛美集会をする予定。
楽しみです!!一緒にジンギスカン食べるのが(嘘!)

その繋がりも、うちの教会だけに留まらず、
今少しずつ”一本”によりあわされようとしている若いクリスチャンたちに
連結されたらいいな~。

僕はネットワーカーでもなんでもないし、
ただのその辺の兄ちゃんだし、
できることは多くはないけれど…、
せめて、良いパスを出していきたいよね(笑)





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今日の晩は、ユースの定期祈り会があった。
久しぶりに4人も集まれて、祝福されたよ~!
気ごころ知れてて、何でも分かち合える、
この仲間が、本当にありがたい。

どうしても、世の中にあって僕らは、
きつかったり、心に重荷を抱えそうになることがある。

そんな時、それをありのままに受け止めてくれる相手、
重荷を降ろせる場所があるのが、嬉しい。

これを見た帯広市内の、チャーチに興味のある皆様!
ユースの会は、
金曜の19:00~21:00、教会でやってます!
興味があったらいつでも顔見せてくださいね^^




さて、札幌旅行シリーズの最終回。
神様が、旅行後の僕に残してくれた、2つの大きな贈り物のことを
分かち合いたいんだ。



1.ともだち


1つめは、”友達”のこと。
僕が過去に”友達”に関して抱いていた、少しばかりのしこりが、
今回取り扱われた喜びについて。

話は中学時代にさかのぼる。

僕には…親友がいた。Mくんという。
心底個性的な人で、笑いのセンスがあり、飄々としていて、
一風変わった魅力は、クラスメイトたちを惹きつけていた。
僕もその一人だった。
ちょうど家も近く、ある日、帰り道が一緒になって
意気投合して以来、毎日一緒にいた。

2人ともカメラが好きだったので、
廃部になってた写真部を、校長に直談判して復活させてみたり…。
彼からは、たくさんの影響を受けた。

高校で離れ離れになってからも、
ゆるやかな交流は続いた。
10年ほどになると思う。

時は過ぎて…僕が韓国留学中の、ある夏休み。
東京で働いていた彼のもとへ、
遊びに行きがてら泊まらせてもらうことになった。
僕はその頃、ようやく神様を知ったばかりで、
まだ以前のでたらめな生き方から抜け出せずにもがいている、
そんな状態だった。

彼のところへ行った。始めは喜んで迎えてくれた。
でも、きちんとした社会人と、お気楽な学生身分の僕とでは、
自然と違和感が出来る。
しばらくして僕の生き方は、彼の激しい怒りにふれた。

数日後、僕らは大喧嘩し、決裂した。
僕が彼の家を出たのは、明け方だった。

これは自分の、やりたい放題の甘えが生んだ別れだった。
「友達だからいいだろう?」とばかりに、
相手のバウンダリーを侵して、履き違えた行動を取ってしまったんだ。

ものすごく後悔した。

10年近くかけて築いてきた関係の終りがこれかと、
心にしこりは残った。

この話が札幌旅行とどう繋がるか?
神様は、僕を憐れんでくれたんだ。

にっちがね……驚くほど似てたんだ。
その、かつての親友に。
ほっそりした佇まい、口調、眼鏡の感じまで。

だから最初、にっちの家に向かうとき、ちょっとぶるった。
友達の家に泊めてもらう、そのシチュエーションも前と似てる。
「どうしよう、また、ちゃんとしてなかったら、叩き出されるかも…
ありもしない恐れが、胸に膨れ上がったんだ。

神様にそっと、祈った。
あなたにお任せしますと。
あなたは俺の最善を知っておられる方です。

にっち家は、初対面の僕を全面的に受け入れてくれた。
「また来てね~」と、帰り際、笑顔で言ってくれた。

そのとき。
心のしこりが、ようやく溶け出していくのを、感じたんだ。

もちろん、かつての親友本人と和解できたわけじゃない。
連絡さえも、とっていない。

それでも、神様は僕の過去を取り扱ってくださった。
「また新しい絆を、怖がらずに求めていいんだよ」と
親友によく似たにっちを通して、
ゴーサインを出してくれたんだ。

これは本当に大きな贈り物だった!



2.結婚について



前回のエントリーの中で、にっちの奥様のナミエさんが、
ずっとご飯ばかりつくってくれてたような書きぶりをしてしまったけど(笑)、
実はたくさん話もしてくれてたんだよね。

ナミエさんは、人に流されない、しっかりとした自分の意見を持っていて、
とても話やすかった。

にっちも交えて、結婚のきっかけの話も聞けたんだけど、これが良かった。
クリスチャンの結婚に関して、改めて真剣に考えてみたいと思わされたよ。

横で見ていても、
にっちは、ナミエさんをほんとに愛してるんだよね~。
でも、愛をあらわす方法が至らないと感じているらしく、
少しでも成長したいと願っている様子。

この、「パートナーのために献身したい」と思う姿勢に、打たれたんだ。
何かこう、結婚って「惚れた腫れた」だけじゃないんだって。

ジーザスもそうだった。教会って(つまり僕らは)、
キリストの花嫁と言われるわけだけど、
ジーザスもその花嫁のために献身してくれた。命をかけてくれた。
それと同じような深い想い…愛としか言いようがない。

旅行前に読んでいた三浦光世さんの本からも、
同じものを感じた。自分を捨てても、愛したいって想い。

それは、相手の言うままになるってことじゃなく、
常に”最善”を願う姿勢なんだろうね。

そして、にっち夫妻を見ていると、パートナーと巡り合うことの奇跡に、
胸が熱くなる。世界中、あまたいる人々の中で、
たったひとりの、ふさわしい相手と巡り合うことの不思議さ、尊さ。

僕にはまだ、具体的に結婚の話はないけれど、
でも機会があれば、できる限り誠実にいきたいよね。
神様に喜んでもらいたいもんね~。
そんな先への希望が見えてきたよ。

これが受け取った、2つ目の贈り物。



…ということで、旅行自体も夢みたいなものだったけれど、
夢の余韻も、ほんとに大きかったよ。

これからの歩みの中で、
今回、受け取った想いや、価値観を、
しっかり身につけたいと思う。





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今日で、とうとう31歳になった。

以前…その場しのぎで刹那的な生き方をしていたときは、
誕生日なんてどうでもよかった。
明日のことにさえ、想いを馳せることがなかったから。

今は、違う。
神様がこの日を選んで、自分を世の中に送り出してくれたことを、
僕は知っている。

生まれてから、ずいぶん長い間、神様と会えなかったけれど、
もう僕は、神様を知っている。知られている。

あらゆる物事が変わり始めたのは、それからだ。

だから大切な日になった。

(自己愛とはまたちょっと違うよ)

…ありがとう神様。生まれた意味と生きる意味を与えてくれて。


さて、札幌旅行のレポート、後半戦!
今回の旅行、つくづく神様からのバースデープレゼントだったと思う。

じゃあ、包みの残りを開けてみるね~。がさがさ。


5/11(日)


6:30頃もぞもぞと起きだす。
しばらくして2階から降りてきたナミエさんが朝食の支度を始め、
寝起きのにっちと主都が居間へ入ってくる。

僕といえば主都に釘づけだ(笑)
”親”がつかないバカ丸出しで写真を撮りまくる。
友人の子供がこんなに可愛いとは思わなかった。
もし自分に子供なんかできようものなら、
目の中に入れて鼻から抜けても構わないぐらい可愛いと思う。
予定は全くないけど(笑)。



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かわいすぎ!!愛くるしすぎ!




皆で祈り、食卓を囲んでから、教会へ向かう。
カナン・プレイズ・チャーチ。

家庭的な温かい雰囲気だ。
礼拝の時間へ向けてしだいに人が集まり始め、会堂を満たし、
そして賛美が始まる。
ユースバンドの力強い演奏にのせて、老いも若きも手を叩き、体を揺らす。
気持がひとつになっているという、幸福な一体感を感じた。



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そして今、この教会は新会堂建築のために熱い祈りが捧げられている。
礼拝後のインフォメーションでも、累計100時間祈祷の誘いなどがあり、
本当に心から教会のメンバーがそれを望んでいるのが伝わってきた。
それは欲のためではなくて、神様の業を見たい、
信仰でとてつもない希望を勝ち取りたい、そんな想いから出てるんだ。

その祈りは着実に聞き届けられて…既に土地は取得しているのがすごい!
あとは建物だけ。ありえへん!

にっちが、「現地まで行って、何人かで祈るんだけどタイカも行こう!」と
誘ってくれたので、喜んで車に乗り込む。
地下鉄駅のすぐ近くにその土地はあった。広い!
皆で輪になって、祈った。



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教会に戻り、昼食を頂いてから。
にっち、ナミエさん、主都、僕で、「モエレ沼公園」へと向かった。
ここはイサムノグチが計画に参加したことで有名な場所みたいだ。
広大な敷地内に、人口の山、噴水、ピラミッドまである(笑)


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僕ら4人は、山を登った。コンクリでなだらかな道はついているとはいえ、
なかなか骨が折れたんだけど、にっち、ナミエさんは交互に主都を抱え、
僕はベビーカーを持たせてもらい、何とか頂上へ。
風が吹きすさび、一面に街が見えた。
ここに暮らすたくさんの人たちが、神様を知るようになったら…、
どれほどの栄光が主に返るだろう。考えただけで胸が高鳴る。

…そうして裏手の階段から下に降りようとしたときだ。
僕の目の前に大きな十字架が広がった。
舗装された十字路。
にっち家の3人は、静かにその十字架へ向かって進んでいく。
これを撮らなかったらカメラマン失格でしょ!



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啓示みたいな光景だったよ!


その後、草原のような場所でたっぷり主都は遊び、
展望台のあるピラミッドに昇った。
穏やかな時間が流れた。



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車は再び教会へと戻り、教会の韓国人伝道師・ヨンヒョさんを迎えて、
にっちの家へ。


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ナミエさんが夕食準備に腕を振るう間、
ヨンヒョさんと韓国語で話してみた(笑)
数年前に留学でため込んだ片言の韓国語を総動員する。
ヨンヒョさんはもう、驚くほど日本語うまいんだけど、
同じコリアンのよしみっつうことで。

その中で、共通点も見出した。
僕らが神様に出会うまで、なんとなく虚しさを抱えて過ごしていたこと、
神様を知って、生き方が全く変わってしまったこと。

今の穏やかで誠実そうなヨンヒョさんからは想像もつかないけれどね。
そんな虚しさって。



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夕食を出していただき、韓国語モードは終了(笑)
あとは、にっちの”ゆるキャラ”話で一同大爆笑だった。

実際に会ったにっちは、お家ではゆるかった(笑)
これはもちろん、褒め言葉だ。
つまり、自然体なんだよね。肩肘はってないから、何でも話せる。
誰にでも等しく、分けへだてなく接する。

つい見栄を張って良い格好する僕とは大違いで、
その姿勢、ほんとに素敵だと思ったよ。

教会や何かで、皆の前に立つにっちは、
ナチュラルボーンメッセンジャーって感じの、
人を惹きつける魅力がある。

そのON・OFFの切り替えがまた、自然なんだよね~。



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…にっちの発言の1回ごとに大笑いしているうちに夜は更けた。
にっちがヨンヒョさんを送っていくのに付き合って車に乗り込む。

「この人途中で寝ちゃうかもしれないから、見張りについてってね~」
ナミエさんが笑いながら言った。

にっちは途中で寝ることもなく(笑)、無事に家へと帰ってきた。
主都はもう眠っている。
ナミエさんが休むために上へと上がり、
男2人は昨日に続いてバイブルを開く。

「今を忠実に生きる」

それが、眠い目をこすりつつ30男たちが見出した、今のところの結論だった。

全てを恵みとして与えられてると信じて、受け取って、
「今」取り組めることに、真剣に向き合う。

「今」が僕らの「これから」を形作る。

だから、前からやってみたいと思ってたことにも、
言い訳しないで手をつけていく。

いつ、ジーザスが僕らを迎えに来てもいいように。
その時に、後悔しないように。


忠実に、今を、生きること。


胸に、熱いものが込み上げてきた。
その熱に満たされたまま、僕らは祈り、
「おやすみ」を言い合った。


5/12(月) 


目覚めると台所でナミエさんが朝食の用意を始めてくれている。
彼女が出してくれた食事は全部、どれもこれも最高に美味しかった。

にっちと2人で焼いた鯖をつつきながら、ナミエさんに、
「カフェやればいいのに~~~!」と心から言った。
俺だったら毎日通うよ、って。

「ね~、やってみたいんだけどね~」
ナミエさんは微笑んだ。

にっちの出勤に合わせて、僕もいよいよ出発する。
ナミエさん、主都、ほんとにありがとう!

バスに乗り、地下鉄に乗り、大通りに出る。
日の光がまぶしい。

通勤の人波みの中、にっちと僕は固く握手して、別れた。


札幌駅まで歩き、家族にお土産を買う。

10:30。中央バスターミナルから、再びポテトライナーに乗り込み、
僕は与えられた場所・帯広に戻っていく。
バスは高速道路に入り、
圧倒的な雲が、山が、目の前を流れていく。


帯広に着くまでの間じゅう、
僕は3日間の、夢の余韻に浸っていた。


心からありがとう、にっち!
心からありがとう、神様!!



(このシリーズ、もう1回だけ続きます!
書きたいことが収まりきらなかった・笑)





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ただいま~、さっき札幌から帰ってきたよ!^^
今回の旅行は、本当に祝福された最高のものになった!
にっち、奥さんのナミエさん、息子の主都くんに
温かく迎え入れてもらい、大感謝です。

自宅にいる今も、心のぽかぽかは続いているよ。

神様にただ…ありがとう!!主に栄光!

そんな夢の3日間を、前篇・後編に分けてお届けしますね~。




5/10(土)



9:30…帯広駅前からいよいよ出発!

ポテトライナー号っていう、
道産子むきだしネーミングの高速バスで一路、札幌へ向かう。
ウォークマンからはグロの「HOT SONG」が流れ、
目の前を流れていく雲や山や川を眺めていると、期待感がどんどん高まっていく。

にっちとは、ブログを通じてはよく知っているけれど、
直接会うのは初めて(笑)。
それなのに、家に2泊もさせてくれるという気風のよさ。
とにかく顔見るだけでもいいから、日帰りにしようかな…と
旅行の計画中は思っていたけれど、
そんなささやかな希望が、にっち家の好意で大きくふくらんだ。嬉しい!

4時間あっという間で札幌到着。
さ、寒い!思いのほか寒かった…。吹きッさらしの風のなか、
フリース一枚でたたずむわたくし。


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なんかの完成予想図みたいだけど…写真なんすよ(笑)



にっちの仕事が終わる夕方まで、街を散策する。
道行けば、外国人と修学旅行生と、ローソンが多いね(笑)。
首から下げた一眼レフ、顔は上に上げつつ、
ひたすらきょろきょろする、という
ハリウッド映画に出てくる日本人観光客のような痛快さで、まず大通りを目指す。

人生3度目の札幌。実は、右も左もわからない。
ただどうしても行きたかったCLC(クリスチャン書店)だけは這ってでも辿り着く、
と思い定め、住所を書いたメモ帳を頼りに歩いた。

そんなに行きたきゃ、しっかり調べとけばよかったのに…、
と思ったのは歩き出した後だ。

僕は筋金入りの方向音痴。なのに…あっさり到着してしまう(笑)
神様ってまじですごいわ。

CLCは本好きクリスチャンには夢みたいなところだった。
さして広くない店内を何周回ったか。
「うわあ、アーサーホーランドの不良牧師2じゃん!ここにはマックス・ルケード!
リック・ウォレンの新刊!おお~~~!」って感じで。のけぞりぎみに。
小一時間、あれこれと吟味しまくって、
結局、ジョシュア・ハリスの本とチャーチの皆へのお土産を買う。
お金があったら店ごと買ってるはずだ。

「主よ、買った本をスタバでコーヒー飲みながら開きたいです!」
そんな帯広では叶えられない願いも、即許可された。ありがたや。
ふらふら歩いてたら行き当たったスタバで、ゆっくりと過ごす。至福。
これで旅の目的の1/8が完了した(笑)


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夕方。いい時間になった。大通りを越え、
待ち合わせしたにっちの勤務先まで、歩いていく。
しばらく待っていると、すっきりした背広姿の、
素敵なメガネをかけたおにいさんを発見!

にっちだ。とうとう会えたぜ~~~!

出会えた喜びを分かち合いつつ、
地下鉄とバスを乗り継いでにっちのお宅へ向かう。
にっちの気さくな、話しやすい雰囲気も相まって、
初対面という感じは全くなし(笑)

玄関で、奥様のナミエさんと息子の主都くんがお迎えしてくれた。

なんとナミエさんは、僕についての情報を、
にっちからほとんど聞いてなかったんだって。
「帯広から、Taikaってブログの友達来るから~。泊まってもいい?」
その程度だったらしい(笑)
それでよくお泊まりを許可してくれたなあ

居間でくつろがせてもらう。
それにしても…主都くんの可愛さといったらないね~~。
にっちのブログでもそれは感じていたけど、
生で見たら、一瞬でハートを打ち抜かれた。
目まぐるしく表情が変わって、歩けるのが嬉しくてたまらない様子で、
笑って、泣いて…活き活きしていた。



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主都とにっち。それ見てるおいたんはもうメロメロだよ~!



台所からはナミエさんが夕食を準備してくれる音が聞こえ、
楽な恰好に着替えたにっちが、主都くんをあやしている。

いい光景だ。

皆揃って、晩ご飯。ナミエさん、料理うますぎ!お世辞抜きで美味しすぎる!
餅ピザといい、キャベツのスープといい、お肉を巻いたアスパラといい…びっくりした。
味の宝石箱だった。



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手早くつくって味最高、これ家庭料理の極みっす!



たくさん話して、笑う。
人みしりのはずの僕が、あっという間にナミエさんとも打ちとけられて、
団らんの中に加わることができた。

食事のあと、主都くんはお風呂に入り、
にっちと僕は近くの銭湯へ。
初対面の2人が、いきなり裸の付き合い(笑)
露天風呂で何度もお湯から出入りしながら、
信仰のこと、胸の内の想い、家庭のことを分かち合った。

にっちは今「生かされて生きている」のを強く感じているみたいだ。
生活だったり、家族だったり、信仰さえも…、
「全て神様からやってくるんだよね」と語る、その想い僕はにうたれた。

僕らはつい、人から認められたくて、
自分の頑張りだけで、物事に取り組んでしまう。
でも、それってなかなか、続かないんだよね。

全てのことの源である神様に繋がってないと。

それから、僕ら30歳のクリスチャンにできることを模索したいね、
そんな話にもなった。青年と壮年の間にいる自分たちにも、
必ず果たせる役割ってあるよね~、と。

話は熱く盛り上がり、体もぽかぽかに熱くなり、
上がった頃には、僕は半ば湯あたりを起こしていた(笑)

小上がりで、何故かにっちが自販機のくじで大当たりしたオロナミンCを飲みつつ、
また会話は続く。こんなこと、普段の僕にはありえへ~~ん。

再びにっち家へ。
ナミエさんも交えてゆっくりと過ごし、それから男2人でバイブルを開く。
僕にとっては久しぶりの2人デボーション。
そして、この出会いを感謝して、祈った。

何の緊張もない。ただ、平安が心を包んだ。

素晴らしい祝福に満ちた一日目、終了!


(後編につづく・笑。日曜はにっちの教会に行き、イサムノグチが計画に参加した「モエレ沼公園」にも行ったよ。
そして晩は教会の韓国人伝道師・ヨンヒョさんと一緒に夕食…と、またまた盛りだくさんでした!)



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左から・おいら、にっち、ヨンヒョさん、ナミエさん






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明後日…札幌へと向かうことになった。
「にっちに直接、会ってみたいなあ~」
ふと抱いたささやかな願いが、
いきなり実を結んでしまい、びっくりするしかない。

今月に入ってやっと訪れた、少しばかりの経済的余裕、
希望も出してなかったのになぜか勤務表に組まれていた、
今週末の3連休、
そして何より、にっちとご家族のご好意…、

それらがしっくりと絡まり合って、
今回の旅は実現しそうなんだ。

駄目押しのように、今日携帯にやってきたバイブルの御言葉の中に、
「あなたがたは耕地を開拓せよ。今が、主を求める時だ」
(イザヤ10:12より)
…というのがあって、鈍感な僕にもようやっとこの流れの意味が飲み込めてきた(笑)


つくづく思ったよ。
「神様の時」って、あるね。

それは、望むとおりに与えられるわけではない。

望むこと、求めること自体に意味がないわけじゃない。
その時期を、僕らが決めようとするのに、問題があるんだ。
神様はランプの魔人じゃないから、僕らに都合の良い時、
言われるままには働かれない。

逆に僕らの「都合」を、想いを、ご自分の目的のために、用いられるんだ。

にっちと僕の出会いも、お互いにとって、そしてまずは主にとって、
きっと意味のあることなんだと思う。だからこそ、こんなに早く道が開けたんだと思う。

そもそもインドア男、行動派でも何でもない僕が、旅なんてね(笑)

だからといって自分を過大評価しているわけじゃない。
スピリチュアルなレッテルを貼りつけたいわけでもない。
むしろ、主の大きさに圧倒されてるだけ。
こんな、俺みたいなもんでも、動かされる時は動かされるんだって。
神様ってほんとに何でもできる方なんだ!って。
実際問題として、リアルな現実が変わっていくのを目の当たりにしたら、
…信じるしかないッス(笑)

任せてしまって、委ねてしまって…よかったんだ。

願わくば、にっちとの出会いが、僕ら自身に新しい気づきを与え、
周りの人に恵みを流すものになってほしい。


そんなことを想いながら、もうじきに。
本当に久しぶりに高速バスに乗って、僕は短い旅に出る。







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このGW…ひとつの期待があった。
それは、「グログ」のにっちに会えるかもしれないってこと。
クリブロの仲間にたくさんの影響を与えてくれてる
彼の故郷は僕の住む帯広だ。
帰省でもするのならぜひ会いたい、そんな想いを抱いていた。

ちょっと前に、メールで尋ねてみたんだ。「帰ってくるの?」って。
今日その返事が来た。幸せ純度100%の、家族の写真と共に。
このGW、にっちは札幌で過ごすと知った。
全く落胆なんかしなくて、また次の機会を待とうと思った矢先…、
ふと、前からよぎっていた想いが浮かんできた。

そうか…、僕が会いにいけばいいんだ!

正直な話、以前はそう思っても経済的に許されなかった。
コンピュータとカメラのローンを月々払ってたおかげで、
月末ともなると漫画のような溜め息をもらしてしまう一瞬もあった(笑)
もちろん生活は神様が護ってくれて全然オッケーだったけどね。

それが、今月とうとう終わったんだ!
ということは、やり繰りしたら旅費は何とかなるはず!

「行けたらいいな」の気持が、「行きたい」に変わった。

にっちにメールした。

「にっちに会いに行く・男一匹ぶらり旅」を計画中です。

よくわからない命名だけど、
これも脳内メーカーがはじき出した最初の案が
「にっちに会いに行く・OL三人組と家政婦は見た!
北の大地に隠された愛憎…新巻鮭と時計台は真実を指し示す…
男一匹ぶらり旅事件簿」だったことを思えば短縮した方だと思う。
なにそれ。火サスですか(笑)

わずかの後に返信。
「まじで楽しみにしてるわ!17日にはグロもあるよ!」そんな感じで。

おお~っ。神様ありがとう!
仕事の関連もあるし、17日に行けるかどうかもわからないけれど、
日帰りになってしまうと思うけど、
それでもめっちゃ嬉しい!

オフラインでは僕は口べただ
だから、誰かに直接会うのは、けっこうチャレンジだったりもする。
しょぼいやつだと思われたらどうしよう、なんてね。
いらんこと思ってね。
でも…せっかく与えられつつある機会を、逃す手はないっす。

たくさん、グログに…
同い年のにっちの、正直な姿に励まされてきたこと。
ユースとの関わりのこと。
結婚のこと。
聴いてみたいこと、お礼を言いたいことがいっぱいある。

楽しみに、計画を立てていこう。

でも結局、何を血迷ったか、
駅前で「奥さん!お絵かきですよ!」に参加してたりして(笑)
すんません…ローカルなオチで。
北海道だけの情報番組の、名物企画なんです~~^^;






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今日は本当に残念だったけれど、教会で礼拝を捧げられなかった。
胃腸炎って、落ち着くまで数日かかるらしく、
月曜の仕事にも差しかかるかも…なんて思いながら、
家で過ごしてた。

(その間にもコメントを下さったり、
メールをくれた皆さん、ありがとうございます!)

寝床で腹ばいになってノートブックを開いたり、
祈ったり、三浦綾子さんの写真集を見たり、
つらつら物を考えたりした。

よくわからない細切れの思考が、頭の中をよぎっていく。

ブログランキング。
登録していながら、今日、やっと週間INポイントとOUTポイントの意味がわかった(笑)
INは、自分のブログからランキングに入ってきたら加算されて、
OUTは、ランキングからブログに足を運んでくれたら加算。
1クリックで10ポイントだ。
このブログ、ランキングからは何と70回もの来場者(?)があるんだね。ひえ~!
謙遜でも、きれいごとでもなく、それが信じられない驚きだし、嬉しい。
以前やっていたブログなんか、ほとんどアクセスもないまま、いつしか風化していった。
だから、「誰かが読んでくれている」そのことがどれ程大きなモチベーションになるか、
計り知れない。
もちろん、1番の読者はジーザスと信じて綴ってはいるけれど。

とりたてて、メッセージらしいメッセージを発しているわけでもない。
ブログ村のスナフキンとして、
湧きあがるままに想いを流しているだけ。
それをわざわざ読んでくれて、クリックしてくれて、ありがとう!と本当に思う。

順位にもこだわりがなくなってきた(前はありました・笑)
一喜一憂してた揺れる想いが、だんだん凪になってきた。
それは決して余裕という意味ではなくて、
この「キリスト教」ってカテゴリー全体が
一つのコミュニティーだと思えるようになったから。
200を超えたブログのどこかから、毎日、生き生きとしたエントリーがアップされて、
ジーザスを伝え続けてくれている。
様々な形があり、想いがあり、交流がある。
大きなうねりの中で、皆が生きている。

そのジーザスの体の中で、自分の位置は「尾てい骨」あたりかもしれないけどさ(笑)
それでも体の一部に変わりはない。

何だか、安心したんだ。
僕らは研ぎ合ってはいるかもしれないけれど、競い合っているわけじゃない。

これからも地道にブログは続けていくので、
よろしくおつき合いくださいね!




それにしても、「1人でいるのは良くない」とバイブルにもあるとおり、
考えって、僕の場合、自然と”自分”の方に向いてくる。

ジーザスのいるメインストリートから、ちょっと脇道へそれてくるんだよね。
これが危ない。最初は小さなずれだと思ってても、歩いて行くうちに
どんどん獣道へ分け入っていっちゃう。

父の入院に関しても、何かもっとできることはなかったんだろうか、とか、
バイブルより、信仰関連の本に入れあげちゃってるじゃん、とかね。
くるくると心は回る。

反省に近いこの気持。決して意味のないことではないけれど。
そろそろ、メインストリートに戻ろう。
羊飼いが呼んでいるんだ。

反省します反省しますと言って、僕が変われたためしはない(笑)
自分の力では、無理なんだ。
ジーザスのところへ行く。そうしたら、「反省」は「更新」に変わるはずだ。

夕方…満ちては引いていた腹痛が、ほとんど治まっている。
新しい気持が心には生まれている。

そんな導火線に、今日はツトムが火炎放射器で火をつけてくれた(笑)

キリスト教はファッションじゃねえ!!」←必読!!

熱い!そうだよね!キリスト教はファッションじゃないし、
信仰はアクセサリーなんかじゃないはずだ。
ちょいと身につけたら何となく自分にハクがつくような、
そんなもんじゃないよね。

だからといって、堅苦しく、意を決して進む道でもないと思う。
何か最初から立派じゃないと、清くないといけないような、
そんなイメージもいらない。

だってジーザスは、僕らのような、何でもない普通の人たちを愛されたんだから。
裸の(正直な)自分のまんまで、ジーザスを通して、
大きい神様の懐に包まれる。
まずはそんだけ。

自分が神様を身にまとえるわけがない。
ただ、包まれるんだ。
それがでっかい喜びにつながる。

…何だか偉そうに言ってしまったけれど、誰のことも責めてるわけじゃないよ。

ある意味では、僕自身がとても強く、その「包まれる」感じを求めてるから、
ツトムの言葉に反応したんだと思う。

今日これを読めたのも、羊飼いの呼び声みたいなものだったんだね。
とても、嬉しかった!







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昨日、父が退院してきた。
さすがにまだ、本調子ではないみたいだったけれど、それでも。
入院中の内視鏡検査やなにかでも、全く問題は見つからなかった。
これすべて、神様が癒してくれたんだと、心から思う。
みんなの祈りが後押ししてくれたんだと。
本当にありがとうございました!

ひるがえって僕はといえば、昨日から胃腸炎&風邪でダウンしてました
調子悪いリレーかっちゅうの(笑)
予兆はあって、2,3日前からどうにもご飯が喉を通らず、
「ひょっとして、恋…??」と
相手もいないくせに浮ついた冗談を一人で言っていた。
そしたら昨日の朝の熱が38.5!
デイを休ませてもらい速攻で近所の病院へ向かう。
待合室でふわふわした体のまま、祈ってた。

2時間待って10分の診察を受け(笑)、
インフルエンザじゃなかったのにほっとして、
処方箋を抱え目の前の薬局に。
薬ができあがって、薬剤師の方があれこれ説明してくれた。
熱のことを聞いてから、僕を見て、
「ずいぶん元気そうですね~」と言った。
祈ってましたから!とは言わんかったけど(笑)。

家に帰ってからは抗生物質を飲んで、
うつらうつらしていた。
目が覚めてた間は、寝転がったまま本を読んでいた。
伏線のように図書館で借りておいた、三浦綾子さんと、
夫の光世さんの本数冊。時間があるのをいいことに、ばんばん読む。

これはまた別のエントリーに分けたいけれど、
僕のプチ闘病など裸足で逃げ出すくらい、本当に過酷な病を、
二人はそれぞれ抱えられてきたのを改めて知った。

肺結核と脊椎カリエスを併発し、何年もの間、
ギブスベッドで寝たきりにならなくてはいけなかった綾子さん。
結婚後、盲腸が化膿し、危うく死の境を歩みそうになった光世さん。

その他にも大小様々の病が二人を襲った。
どちらかが起きていたらもう一人は布団に寝ている。
そんな感じだ。

でも、そこに悲壮感は全然ない。
お互いの思いやり。信仰。そんなポジティブな温かさ、
お互いへの誠実さがみなぎっている。
だからめちゃくちゃ心を打つ。
こんなパートナーがいたらいいなと、憧れてもみる。

「病でさえも、神様から与えらえたもの」。
綾子さんのその言葉。まじですごい!
とてもじゃないけどそこまでの信仰は持てないながらも、
僕も「うう…下っ腹痛いよう…!」とか思ってた自分を恥じて、
ともかく神様信頼しようと思って、祈った。



今朝…高熱は下がってた。
お腹の痛み、下り加減はアップダウンある中、仕事にも行けた。
いや、送迎車の中で「ちょ、ちょっとそこのコンビニで停めて~~!!」
って叫びそうになること2回ほどあったけどね(笑)
介護職の自分が一番介護必要な感じで(笑)

そこは同僚もよく事情を飲み込んでくれて、
業務後の事務仕事を引き受けてくれたりして、
無事に早々と帰ることができたよ。

晩には久々に固形物を食べられたし。
男衆…父と僕はそれぞれ病み上がりの食卓だったけれど。



それまで当たり前だと思ってたこと。
朝、仕事行くとか、
揃って飯食うとか、そんなこと。
当たり前じゃなかったんだね。
護りのうちに許されてたんだね。
今更ながら、気づいたよ。

何にしても、体調管理はしっかりしようと思った。
利用者さんとか、他のスタッフにも迷惑かけちゃうしね~。


神様ありがとう!
そして、祈ってくれて気づかってくれたみんな、ありがとう!



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