Hold Me Jesus 2

北海道在住のジーザスフォロワー・taikaのブログ。CFNJ聖書学院にて研がれる日々。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
モンブランの証、2回目は辛い恋の話だ。

読みながら、彼の気持を察して、僕もとても辛くなった。
彼がくぐらなくちゃならなかった闇と、
せざるを得なかった決心を想って。

でも、闇の深さが濃ければ濃いほど、
その後で知る神様の光は、輝くんだと思う。

そして、自分が痛みを知っているからこそ、
他の人の痛みにも、寄り添えるんだと思う。

モンブランが感じたこの気持が、
いつか、他の人を励ますために用いられるのを、
僕は願っている。





時間を少し前後させますが僕が高校生の頃の話です。

僕はケーキ屋さんでアルバイトをしていました。
ただ単純にお菓子が好きだったのです。
そのケーキ屋さんでとても魅力的な女性がいました。
名前は伏せますが、当時十八歳の僕より
十一歳年上でしたので二十九歳だったのですが、
そのような年齢の差を全く感じさせない若々しさのある健康的な女性でした。
瞳は澄んで茶色い髪はボブカット、茶目っ気のある可愛いひとでした。
彼女は結婚して御主人のいるひとだったのですが、
そんなことはどうだっていいほど僕はその女性に惹かれていったのです。

好きでした。とても好きだったのです。心から好きでした。
しかし、人妻を愛するというのはいけません。
汝、隣人の妻を欲するなかれ。
高校生の僕にも倫理を遜守しようという気持ちはあるのです。
でも僕の胸にはその女性のことが毎日のように浮かび上がり、
彼女に会うたびに僕は更に深く恋に落ちていってしまうのです。
どうでもいいようなことでずっとメールをして何かあったら電話をしていました。
眠る時はまぶたの裏にくっきりと残る彼女と共に眠るのです。
まさしく寝ても醒めても彼女のことを想っているのでした。
 
このままではいけない、と思った僕は彼女に電話をします。
「これ以上メールとか電話と続けたら、
もうどうしようもないほどにあなたのことを好きになってしまう。
あなたは結婚しているんだからそれはだめだ。
だからこれ以上過度に連絡を取らない方がいい」

苦渋の決断でした。


初恋とはなんなのでしょうか。
クラスの女子のことがなんとなく気になったりすることだったり、
保健室の先生に憧れたりすることでしょうか。
いいや、そのような幼い感情しか持ち得ない
少年のときの一時的な気持ちが恋愛と呼ぶものでしょうか。
そうではないはずです。
きっと僕にとってこの女性に対する気持ちこそが僕の初恋だったのです。

どんどんどんどんどんどんどん溢れ出して来る
彼女への想いが今日も僕を眠らせない! 
彼女の可愛いえくぼを覗かせる凛とした笑顔が僕の全ての幸せであるのです! 
そのような相手と出来ることなら毎日でも会いたいと願う女性と
なるべく連絡を取らないようにするという決断に僕は血を吐く思いでした。
しかし仕方がありません。彼女には旦那さんがいる。
その旦那さんに隠れてこそこそと連絡を取り合うというのは
絶対にいいことではありません。
世界で最も尊ばれることは倫理なのです。
過度に連絡を取り合わないというのは仕方のないことなのです。

でも彼女の答えは私の予想を大きく裏切るものでした。
「どうして? 私はもしかしたら旦那さんと別れるかもしれない。
そしたらモンブランくんと結婚するかもしれない。
好きな気持ちを押さえつける必要はないんだよ」
ヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイ、ユアフレーズメイクスミーフィールリヴ! 
倫理なんて糞だ! ソクラテスは死んだ! 
僕の心は飛び上がって涙腺をガツガツに殴って僕はぽろりと泣きました。
僕の恋は勢い増して更に燃えるのでした。

僕は高校三年生でした。
進路を決定する時期でした。
ある学校に行って深く知識を学びたいと常々思っていたのです。
その学校は僕の住むところから遠い所にありました。
もう合格通知が来ていました。
僕は高校から親元を離れて暮らしていたので
家族に会えないことは苦ではありません。
仲の良かった友人と会えないのもひとときでしょうし
向こうで新しい友達を作ればいいのです。
でも、大好きなあの女性に会えないのはとても、とても苦しい。
僕たちは毎日のように連絡を交わし三日に一回は会っていたのですよ? 
それが何年間も会えないというのは高校生のボーイズハートには耐え難い。
そんなの無理だよ。出来るわけない。
世界がどうなってもいいから! 僕は彼女の近くにいたい! 
心から、心から大好きな女性のそばにいられないということを
想像しただけでどうしてこんなにもつらいのだろうか! 
僕は一度合格を蹴って大好きな彼女のそばにいようかと思ったほどでした。
 
でも僕は彼女から今以上に好かれる必要があります。
彼女は結婚しているのです。
旦那さんよりも僕のほうが魅力的だと思えなければいけないのです。
僕は歌を作りました。ギターをかき鳴らしてべったりと
僕の想いを詩に乗せました。
その歌をカセットテープに録音して彼女に渡しました。
どうか僕のことを忘れないでおくれ。
僕はこれからあなたのことを想い続けるから、
どうか僕のことを忘れないでおくれ。
たまに僕の作ったしょうもない歌を聞いて僕を思い出して欲しいんだ。
そのようなメッセージを歌に込めました。
空港で涙声で彼女に電話してまたいつかの再会と
今よりもいい男になることを約束して僕は飛行機に乗りました。
 
目的地に着いたその次の日のことだったと思います。
その彼女から一通のメールが来ました。
おおうっ!? 早速激励のメールを送ってくれたのかな!? 
と嬉々として内容を見ると本文がありませんでした。
代わりに添付ファイルがあるのです。
こんなことは今までになかったことでこのメールの意図するものが
よくわかりませんでしたがとりあえずその添付ファイルを開いてみました。

僕はこのとき痛感しました。
Friendにはendがあること、そしてLoverにはoverがあることを。
僕がどれだけ強く相手を想っても必ず終わりはあるのです。

写メでした。携帯のカメラで撮ったものです。
そこにはバイト先のケーキ職人と抱き合うその彼女がいたのです。
とても嬉しそうに、なにかを察しろといわんばかりの表情でこちら側を見ているのでした。
意味が、意味がわからない。
これはどういうことなのどうして旦那さんとじゃなくて
全く関係ないひととあなたは抱き合っているの
どうしてどうしてわからないよ僕にはわからないアアアアア
どうしてどうして今日なの僕が離れた次の日にこんなメールを送ってくるの
アアアァァァァァァァァあなたは何が言いたい僕になにを伝えたい
ワカリマセンワカリマセンワカリマセンワカリマセン
ワカリマセンワカリマセンワカリマセン…………。

きっとそれはつまり僕の代わりなんて沢山いるということなのでしょうね。
旦那さんと抱き合っている写真を送ってくるのならわかります。
やはり旦那さんが一番で僕はどうがんばっても旦那さんを越せない、
もう想いを諦めて新しい恋を始めてくださいとそういう意味なのでしょう。
でも旦那さんではなく全く関係のない男性と抱き合っている、
ということは近くにいて暇つぶしにメールをしてくれたり
歌をうたってくれたりしない僕なんかに価値はない。
だからもうメールや電話をしないで。僕の代わりは沢山いるのだから、
もう好きになるのはやめて、とそういう意味なのでしょう。
そういう風に僕は理解しました。

死んでしまいたい。
あれほどに。
あれほどに好きだったのに。
今では彼女のことを呪っているのです。
どうか彼女に不幸が訪れますように。
どうか彼女が誰からも愛されないようになりますように。
どうか彼女が絶望して死にますように。
ホワットアムアイトライイングトゥセイ? 僕は死んでしまいたい。

僕は人を好きになるのをやめました。
強く人を想えば想うほど傷つくのです。
僕はもう傷つきたくない。
だから逃げて逃げて誰のことも愛さないように誰からも愛されないように
独りでずっと闇の中を死んでいるように生きていればいい、そう思ったのです。
どうか誰も僕のことを照らさないで下さい。
これからは闇が僕の光です。暗い世界で僕は生きます。
誰も僕のことを覚えないで下さい。だって僕は誰も愛したくない。
僕は生まれてこなければ良かった。
僕を知る全ての人、もしも僕が明日の今頃いなくなったとしても
どうか僕を探さないで。そして僕なんて初めからいなかったように生きてください。
僕は初めからいなかったのです。そして僕を愛さないで下さい。
僕は傷つきたくないのです。死にたい。
ああ、ああああああああ、僕は死んでしまいたい。
 
だって写真の中の女性は僕の死を望んでいるかのように
健康的に爽やかな笑顔を覗かせているのですから。


(つづきます!)
スポンサーサイト

ユースの大切な仲間が、洗礼を受ける準備をしている。
彼の名前はモンブラン。
昔、お菓子作りを学んでいたことからついたニックネームだ。

21歳の彼は、現在、物書きを志して修行中の身。
(そういえば、万年筆にもモンブランって名前のがあったね)


今日からしばらく、モンブランの証を連載しようと思う。
ノンクリスチャンだった彼が、
誰かを愛することを自分に禁じていた彼が、
神を知り、解き放たれていく話だ。

作家にふさわしく証も長編。
だから、少しずつ載せていくよ。

教会で初めて彼に会ったとき、
正直、「小説の題材を探しにきてるんだろうな~」と思っていた(笑)
この子が求めてるのは、信仰じゃないのかも、と。

でも神様は、「まさか」を本当にする。

僕の小さな先入観を軽々と吹き飛ばし、
神様は直接、彼に触れてくれた。

そしてあれよあれよという間に、
バプテスマの話さえ、口にのぼるようになった。

本当に、すごいとしか言いようがない。
賛美します!



…それでは、モンブランの証、読んでください。
とても21歳の青年の文章とは、思えないよ^^







僕は文学少年でありました。
本が好きでした。読書が好きでした。
シェイクスピアが好きでした。

ヴェニスの商人の爽快感、ロミオとジュリエットの悲恋に胸を打ち、
リア王が家族にも裏切られることで権力の心無さを知り、
マクベスの落ちぶれていく姿に同情して、ハムレットから勇気をもらいました。
シェイクスピアには彼の人生観が映し出されているのだと思います。

彼の作品には数多くの神が登場します。それのほとんどは
ギリシア神話の神様でありました。
神の神であり好色なゼウス。嫉妬深いヘラ。美しさの神アフロディーテ。
戦争の神で乱暴なアレス。智略の神アテナ。
これ以上にもたくさんの神が登場するのです。
私はシェイクスピアがこれらのたくさんの神のことを詳しく知り
効果的に作中に用いていることに気付き、
それらの神を深く学ぼうと思ったのであります。
そのような感情が自発的に起こるほどに
シェイクスピアの作品はそれぞれに魅力的なのでありました。
 
しかし、ギリシア神話のことを学べば学ぶほどにわかってきたことは、
これらの神話は当時の貴族・王族によって都合よく改変されていったものが
伝わっているということなのでした。

ギリシアの首都はアテネです。アテネから少し南西にくだり
ベロポネソス半島に入り道なりに地中海へ進むと有名な都市スパルタへ行けます。
その中腹くらいにアルゴスという都市があります。
このアルゴスの貴族は自分たちの地位を向上する為に
自分たちの祖先をギリシア神話に参加させるという
神を冒涜するあるまじき行為に出たのであります。
アルゴスの姫にダナエというとても美しい少女がいました。
アルゴス王は「いつか孫に殺される」という神託を受けており
それを危惧した父親のアルゴス王は年頃のダナエを城の一室に軟禁したのあります。
神を統べる神であるゼウスは美しいダナエを一目見て大変気に入り、
自身を黄金の雨に変え城に侵入してダナエと性交しました。
そして出来た子がペルセウスであります。

星座に詳しい人はペルセウス座という言葉を知っていると思います。
その言葉の由来となったのがこのペルセウスです。
ちなみにペルセウスの隣にアンドロメダ座がありますが、
それはペルセウスの妻であります。
ダナエが身篭ったことを知ったアルゴス王はダナエを追放しました。
王族と神の子であるペルセウスは見知らぬ地で生まれ育ち、
メデューサを討ち海の怪獣を撃つ英雄譚を繰り広げます。
またそれはペルセウスの曾孫であり
ギリシア神話中最高の英雄ヘラクレスにも受け継がれます。

実際にどのようにメデューサを討ったのか、
またヘラクレスについてのことは省略しますが、
これは確かに胸を躍らせるエンターテイメント色の強い叙事詩でありますが、
明らかにこれは当時のアルゴスの王族が
自分たちの祖先には神と通じた人間がいる、だから我々は偉いのだ、
そういわんがために創造した逸話であると僕は思わざるを得ないのです。
そうでなければどうしてわざわざ舞台をアルゴスにする必要があるのでしょうか。
僕はそのことに気付いてしまってからはとてもがっかりしてしまったのです。
神の話は人間が伝えていく必要があるかもしれません。
ですがそれを自分の都合よく変えてしまうことは絶対にいけない。
それは神への冒涜である。僕は強くそう思いました。

この世界にもっと純度の高い、より神のことをありのままに、
誰かによって都合よく変えられていないそのような神話は無いだろうか。
僕はそう思い他の神話も学びました。
北欧神話、フィンランド神話、それに日本の神話も学びました。
しかしそれらはやはりギリシア神話の劣化版というしか
ないようなものばかりでありました。
これはけして神話は神について正しく述べていない、
神話を学ぶ必要がないといっているわけではありません。
僕はギリシア神話が今でも好きです。
日本の神話で日本の遅れている歴史の解明が出来れば素晴らしいと思っています
(日本は自国の歴史、特に古代史についてわかっていない部分が大変に多く、
史料が存在しない為に『謎の四世紀』という百年間ものことが
全くわからない時代が存在しているほどです。
これらのわからない歴史の謎を日本神話から紐解いていこうと試みがあるのです)。
しかし、神話はしょせん人間が作ったものなのでした。
そこにはどうしても邪な気持ちが介入しており
特定の誰かを偉くする為に書かれた文章が存在するのです。
僕はそんな誰かの都合よくするための神の話を知りたいわけではない!
そのように強く思っていました。

その時に『聖書』のことを聞いたのです。

聖書という言葉は知っていました。しかしどうして聖書が聖書と、
聖なる書物と呼ばれるのか。
またどのような内容が書かれていて誰が書いたのか、
というところまでは知らないでいました。
およそ二千年近くも前に作られたというのにどうして今も続けて
人々に読み次がれていっているのでしょうか。
それは聖書がこの世界のあらゆる書物とは違い、
人間ではなく神が書いた書物だからなのです。
神が私たちに用意してくれたメッセージがあの分厚い本いっぱいに込められている。
そう聞いて僕は聖書について、
そして一神教の神について深く知りたいと思うようになったのです。
僕が神を知りたいと思った、その一番初めはシェイクスピアだったのです。
今思えばこれも聖霊の導きであったのだと思います。
神について知るためには先駆者に聞けばいいと思いました。
それはいわゆるクリスチャン。
僕は少しの勇気と溢れる知的好奇心と共に近くの教会の扉を開きました。

これは僕の初めての教会でした。


(つづきます!)

このあいだの日曜の晩、
にっち、有とも、僕の3人でささやかな同窓会をした。
もう1つの、リユニオン。
有ともが予約してくれたのは、落ち着いた雰囲気の串焼き屋さんで、
みんな寛いで、ゆっくり話ができたよ。

有ともと僕とは、小・中学校のクラスメイト。
そしてにっちと有ともとは、高校でのクラスメイト。
にっちと僕は…学校でこそ一緒になれなかったし、
直接会うのも3回目ぐらいだけれど、
今は大切なクリスチャンメイトだ。

僕らは冒頭からとぼけていて、何しろ料理のオーダーにも手間取った(笑)

3人「さあ、何注文しようか」
有とも「あ、室蘭風の焼き鳥あるね」
にっち「室蘭っていえば、俺大学が室蘭だったんだよね~。
     で、焼鳥屋さんでバイトを…(以下想い出話)」
有とも「ほんとに~?」
僕「早よ注文しましょうよ~」
にっち「これいいわ、パリパリチーズ。パリチー」
僕「君はテレビ業界の人か。何でも略しますか」

結局その場ではほぼ何も決まらず、お店の人を呼んで
自分たちを追いこもうという話になる。

にっち「お勧めのメニューってありますか?」
店の人「この”炙り牛肉”なんていかがでしょうか」
にっち「へえ~。じゃあ”ウニ入り出し巻き玉子”ひとつください」
僕「話聞いてないし!」

と、ベタなコントの台本みたいに注文を済ませてから、
僕らはたくさん話をした。

それぞれの学生時代のこと。
にっちの2人目のお子さんの、最新ニュース。
写真の話。

有ともがまた、良いレンズのついたカメラを持ってきてくれてて、
いきなり撮影会が始ったりもした。

若い頃から全然変わらない、それぞれの核の部分と、
ミソジストになって、少しは成長した部分が知れて、
何だか嬉しかった。

それにしても、にっちの飄々とした語り口は素敵過ぎる。
所ジョージを思わせます(笑)
情熱と適当がこんなに程よくブレンドされている人を、
僕は他に知らない。

後半戦は神様トークで3時間も盛り上がった。
…正直、ノンクリスチャンの有ともがいるから、
この話題には行かないだろうなと思っていたんだけど。

でも、有とも自身が、クリスチャンや信仰への疑問を
たくさん尋ねてくれて、遠慮なく話せた。
偏見のない、その姿勢がとても嬉しかったよ。

串焼き屋で飛び交う、「永遠」「十字架」「救い」などの単語(笑)

話しながら、何度も「自分はなぜ聖書の神様を信じ、
ジーザスを信じているのか
」を思い返していた。

仏教や、イスラム教やヒンズー教じゃなくて、
この、神様なのか?

それはやはり、世界の成り立ちに想いを馳せるからだと思う。

聖書の神様が、創造の主だからこそ、
世界そのものを創り、あらゆることの源だと信じるからこそ、
僕はこの神様を求めるんだと思った。

だからといって、他の宗教を駆逐するとかじゃなくて、
神様は全てのものの父で、僕らを心底愛しているから、
親心として、「こちらを向いてほしい」と願っている。

僕らクリスチャンの役目は、その親心を、
それをまだ知らない人に伝えていくことだ。


にっちは、有ともの数々の問いに、誠実に答えていた。
素のモードと、信仰のモードを切り替えているわけでなく、
彼の中で、それはもう、分かちがたくひとつになっていると感じた。

僕ならこういう席で、つい守りに入ってしまう。
「クリスチャンは、なんか特殊な人」と思われるのを恐れて。

でも、にっちは確信をもって、自分が”本物”だと信じるものについて、
語っていた。

本当に、誇らしく思ったよ。

そうだ、別に隠すようなことじゃ、ないんだ。
自分にとって、神様がリアルなら、ジーザスがリアルなら、
普通に、そのことを話せばいいんだよね。

生きる姿勢を通して、それを示すのも勿論大切なんだけど、
機会があれば、言葉を通しても、神様を示せる。
また気づかされました^^

そうしているうちに時刻は12時過ぎ。
帰りはにっちの妹さんの車に乗せてもらい、家の近くまで向かう。

別れ際、僕らは握手をした。


…神様に感謝だよな~。
にっちと有とも、こんな素敵なともだちを与えてくれて、
本当にありがたいと思った。



2人に半端ない祝福あれ!(最後はにっちのパクリ・笑)





【今週の丸得情報】

リスペクトする石原良人さん(ジョシー)のことが、
ネットのクリスチャン放送局「CGNTV」で取り上げられてます。

「信仰と人生」という対談コーナー。
ここでは様々なキリスト教界のリーダーを取り上げているみたいです。
ぜひ時間があったらご覧ください。
ジョシーの生き方に、日本の若者への想いに心打たれます。

アーサーホーランドさんの回も面白かった。

それに限らず、映像のインパクトってすごいよね。
他のコーナーでは、
真剣に神に向き合おうとしている生きたクリスチャンの姿や、
日本各地で起きているリバイバルの光景だとかが紹介されていて、
同じ神様を信じる者として、めっちゃ励まされる。

お勧めです!




【そして次回予告】


次回から、大切なユースの仲間・モンブランの証を連載します~。
誰かを愛することを自分に禁じていた文学青年が、
神様を見出すストーリー。

何しろ彼は物書きなので、証も長編^^
なので少しずつ、分かち合っていきますね。お楽しみに!








いや、こんなささやかなブログで予告編もないんだけどさ(笑)

おとといの日曜、とうとうあの人と、帯広で会うことができました!


hmj11-35.jpg


それは…にっち
(写真ぶれててすまん^^;)

僕も含めて、たくさんの人に影響を与えている、
札幌の熱きクリスチャンブロガーです。

僕と同い年の彼。故郷は帯広。

今回はちょっと用事があっての里帰りで、
空いた時間に夕食を共にすることができました。

そしてもう1人、一緒に写真展をさせてもらった、
友人のありも加わって、めっちゃ楽しい晩を過ごしたよ。


この3人の関係はいかに??

っていうあたりで、仕事休みの明日、
ちょっと詳しく書いていこうと思います^^


よろしくお付き合いください~。




hmj11-36.jpg


「もちろんデザートゎ好き★でも神様が一番スキ(*o>U<)o」
でお馴染みのクリスチャンブロガー、みかちゃんから、
素敵な質問集が出てきたので、答えてみました。

これがしっかりと考えさせられる。
自分の考えを振り返ることができました。サンキュウ^^

ではさっそくいってみま~~す。




Q1…あなたのビジョンってなんですか??

神様に満たされて、
人々が素の自分でいられる「居場所」をつくること。

アートを通して、神様を知ること。伝えること。

あと、これは漠然としてるけど、
たくさんの人に「希望」を持ってもらえるような何かに関わりたいです。


Q2…あなたが今思い描いてる、
   又は少しずつだけど、
   準備をはじめてる
   「これは絶対・ノンクリにインパクト与えられて
   沢山教会に人がきそう!!!」っていう
   計画・イベントってありますか??


う~ん、考え中(笑)


Q4…自分がノンクリだったら「行ってみたい!」って
   思う教会ってどんな教会ですか??


形だけの宗教っぽくない教会。

その人が「していること」「していないこと」で、
責めたり裁かれたりしなくていい教会。

自分の中に、新しい気づきがたくさん与えられて、
変化・成長できる教会。


Q5…自分が若者&ノンクリだったとして、
    こんなイベントがあったら、
   是非行きたい!!って思うイベントってなんですか??


心の深い話を、気負わずにできる集まりがあったら、行きたいです。
胸に抱えた荷物を、下ろせる集まり。
まあそれは、若者にあんまり関係ないか^^;


Q6…自分がクリスチャンだって事を隠した事・
    隠した時期・(恥ずかしいと思ったこと)はありますか??


隠した事、あります^^;

Q7…Q6の答えの理由は、なんですか??

正直にいって、周りのノンクリスチャンの人から、
「宗教の人」というレッテルを貼られるのが嫌。

僕が感じているジーザスと、その「宗教」には、
ものすごく隔たりがあるのに、いっしょくたにされるのが嫌。

そしてそれについて説明するのも、また難しいんだよね。
困ったもんだ。

Q8…また・Q6で隠したりしてたけど。
   ○○なことがあったから。
   今は胸張って神様のこと証ししたり、
   「めっちゃすごい神様なんだよ♪」って
   神様のこと自慢できるように変えられたんだ!!
   って方がいたら、その証しを是非!!! 笑


でも職場の何人かには、折に触れてクリスチャンだと言ってます。
そして、なるべくその名に恥じないように、
普段の過ごし方を通して、違いを感じてもらいたいと願ってます。

人の悪口を言わない。上から見下ろさない。
口だけでなく、手を動かす。
相手の立場を理解するように努める。

これがジーザスのやり方だから、後を追いたい。

Q9…神様をリアルに体験していますか??
   したことがありますか??
   それとも、頭では理解してるけど、
   まだ、ホントに神様いるかな?って思ったりすることが
   ありますか??


リアルに感じます。

神様がいてくれるから、生きていられると思う。
直面している状況が厳しいとき、
「このことにも、神様の意図があるんだ。
自分を造り替えようとしてくれているんだ」と信じられなければ、
たぶん本当にやってらんないと思う。

そして、僕は依然、かなりでたらめな生活をしていたんだけど、
神様の力が無ければ、そこから救い出されることはなかった。

確かに、信じたての頃は、頭だけの信仰でした。
でも、ある時を境に、神様のことが頭から離れなくなりました。

それも、自分の意志とかではない、神様がしてくれていること。

Q10…Q8で神様をリアルに体験した方で
   証しがあれば是非聞かせてください!!
   頭では理解できていても、まだ体験した事のない方は
   リアルに体験したいなぁーって
   もっと深く深く神様しりたい!!って思ってますか??


証はブログに書いたことがあるかな。
長くなるのでここでは書ききれないっす。

でも、もっともっと神様を実感したい!
深く深く、知りたい。
そうじゃないと、何の説得力もないと思います。

バイブルの中でも、例えば諦めていた病をジーザスに癒され、
実体験した人たちが、神様を述べ伝えていったわけで、
伝道の原動力は、そこにあると思います。



Q11…自分には神様から与えられた
    超デカイ・計画があると思いますか??
    それを信じてますか??


あったらいいよね~。
超デカイ…かはわからないけれど、何かの役割・計画は
必ずあるはず。僕の願う形ではなくても。

だから今、生かされている。



Q12…神様が自分にしてくれた
    「これはめっちゃすごいんだよぉ~♪」って言う
    証しがあったら聞かせてください。


自分を縛っていた思い込みの数々から、解放してくれていること。
これはめっちゃすごいです。まじですごいです。

「自分は愛されない。自分が関わる物事は必ずうまく運ばない」
他にも数えきれないほど、ありました。
そんなネガティブな思い込みを、ひっくり返してくれている。

”諦め”をはねのけるこの神様の力を、やっぱいろんな方に
知ってほしいです。


Q13…神様のことを、神様の愛を、
    もっともっとみんなに知ってもらいたいなぁーって
    思いますか??


もちろん!

Q14…Q13でなぜそう答えたのですか??

まだまだ発展途上だけど、自分がそれを知って変えられているから。
そして一つも損をしていないから。

Q15…Q13で「YES」と答えた方で。
    「私はこんな伝道の仕方で
    伝道してるんですよぉ~♪」って言うのがあったら
    聞かせて下さい。


地道なやり方ながら、生き方を通すしかないと思って
過ごしています。

あとはブログ。これは大きいです。
見たいと思っている人に、押し付けがましくなく、
しかも自分の伝えたいことはしっかり書いていける。

といっても、最近はゆっくり書けなかったけどね^^;

人とのコミュニケーションがまだ下手なので、
ブログが与えられているのは大きな喜びです。



…そんなところで、みかちゃん、いかがでしょう??^^


ここ2週間、忙しかった。
同じ職場、同じスタッフに接しているはずなのに、
立場が変わるだけで、
こんなにも「やるべきこと」が増えるとは思わなかった。

仕事に対しての自分の意識を、
がっつり組み立て直す必要があったんだ。

神様は、立て続けにチャレンジを与えてくれた。
今まで、腰を据えて取り組まずにどこか逃げてしまっていた事柄が、
もう直でぶつかってくる。

その場所の、全体の流れを読んで、
一番ふさわしい行動を取ること。

新しく入ってきたスタッフさんへの指導。

細かなトラブルへの対処。
(カラオケの順番から、つまったトイレまで^^;)

自分をそれほどこころよく思っていないであろうスタッフさんとの、対話。

どれもこれも、神様に頼らなくちゃ確実に対処できない課題ばかりだ。
驚くほど、全てそうだ。

”その立場”が始まって、僕は追い詰められた。
最初は、ものすごく混乱したし、逃げまくりたくなったよ。

でも、やってみるしかなかった。
逃れる場所といえば、やっぱり神様のところしかなかった。

僕はそこで、何らかの方針を決めなくちゃならなかった。

祈って、神様に愚痴って、
バイブルを読んで…ようやっと見出した作戦は、
「正直に」「仕える」だった。

その役職としての実力なんかないのだから、
わからないことは、わかりませんと言うしかない。
そこで放り投げるんじゃなくて、一緒に考える。
答えが見つかるまで。

それからともかく、絶対に威張るまいと思った。
上から口ばかり物申す人間は、僕も苦手だし、
立場に関係なく、平らなチームワークを目指そうと思った。

なるべく皆が動きやすくしたい。
その潤滑油というか小間使いというか、
そんな立ち位置になろう。

バイブルにも、
「リーダーは皆に仕える者になりなさい」というようなことが
書いてあるしね。

という基本方針で、とりあえず日々を過ごしている。
疲れて気持が折れそうになることもあるけれど、
おかげで教会の仲間の励ましも身に染みるし、
良いことだってたくさんある。


あと最近は、なぜかクリスチャン音楽家の作品に
めっちゃ助けられている。

内藤容子さんと、フジコ・ヘミングさん。

内藤さんは音楽宣教師で、
神の家とは」というCDを出されている。
これがいいんだ。
自分のすぐ隣で歌ってくれているような声で、
信仰を持っている人なら誰でも感じたことのある
気持が歌われている。リアルです。

どこか遠くで高らかに流れる賛美じゃなくて、
我が事に感じられる。


そしてフジコさんは日本クラシック界では
破格の人気を誇る、魂のピアニスト。
才能を持ちつつも若いころは不遇の時代を過ごしていたが、
9年前、NHKのドキュメンタリーで紹介されたのをきっかけに
大ブレイクを果たす。

クラシック門外漢の僕も、彼女のピアノを聴いていると、
何かのうねりを感じられる。
気持のうねり、かな。
Cdを聴き終わると、どこか遠くへ行って帰ってきたような
心持になるよ。

ピアノだけでなく、
彼女の発言、生き方、弱い立場の人や動物への目線、
絵画、アートに対しての姿勢…、
とても刺激になっている。

「人間は誰でもどこか弱いところがある。
それは当り前なこと。
完璧な人間なんか一人としていないわよ」

(「フジコ・ヘミングの魂のことば」)

ありがたい言葉だ。彼女が言うと、何か一味違う。

ここ最近の、
頑張らないと、全部自分が引き受けてなんとかしないと、
と走ってしまう心が、休められる。



内藤さんとフジコさん、
共にお勧めのアーティストだよ~。

機会があったら聴いてみてください~。



写真展が終わったかと思ったらすぐに、
また生活に変化の予感だ。



昨日の夕方の送迎は、運転手がセンター長、
介助員が僕の男2人コンビで行ってきた。

デイへの帰り道、暗くなった道を走っている最中、
センター長から驚きの言葉があった。

ある、全体リーダー的な役職の名前を挙げて、
「やってくんないか?」って。

くんないか?って言われても。

それは、フロア全体の様子をみて、
必要な介助があればスタッフさんに付いてもらい、
新しく入る人を指導しながら、一日を切り盛りしていく係。

今まで、その役職なしで、皆で業務をまわしてきたんだけれどね。

話を聞いて、腰がくだけたよ。
だって、介護の仕事始めてまだ2年なんすよ!?
できるわけないじゃ~ん!?

でも、流れは加速度的に進む。
その日は、本州からやってきた社長を交えて、社員会議があった。

社長の一声で、あっさり、そのポストになることが決定^^;
あちゃ~~~~~~。

送迎終わって、わずか2時間ほどの出来事だった。

ささやかながら昇進といえば昇進。
でも、とまどいの方が大きかった。
「考える時間もなしで、俺の気持はどうなっちゃうの???」と思った。
はじめは嬉しさよりも腹立ちが強かった。



はっきり言って落雷にあったようなもので、
休みの今日は1日通して、しびれて動けなかったよ(笑)

気持は本当に揺れて、これからのことを思い、
漠然と不安にさいなまれた。
他の人たちとうまくやってけるんだろうか…。
正直、仕事辞めちゃおうかなとさえ思った^^;

たくさん、祈る。祈った。

そうしているうちに、次第に心が定まってきた。

いきなりの変化だけれど、その意味を問うより、
自分にできることをしようと。

起きたことは、しゃあないじゃん。

「神様にあって、大変なことはとことん続かない。
必ず逃れる道、助けも備えてくれている」
「自分の目にちょっとどうかと思うようなことでも、
主は万事益にしてくれる」
「主は意味のないことをしない」


約束を思い出す。

…この人生、もう僕のものじゃないんだもんね。

何かこの場所ですることがあるなら、
神様、どうぞ、しちゃってください^^

諦めとかじゃなく、任せるんだ。

いや、任せられる相手がいて、本当に良かった!!


とか言って……すぐに力尽きちゃったりしてね~(笑)

1か月続いた、ありとの写真展「リユニオン」が、
今日、とうとう終了しました。
仕事から上がって、さっきまで撤収作業していた。
展示のレイアウトには数時間かかったのに、
片づけは1時間もしなかった。ちょっぴりさみしい^^;

あっという間の1ヶ月間、
僕の側からはチャーチの友達、メンバーの皆さんが
来てくれたし、
顔の広いありの側からも、たくさんのお友達が
足を運んでくれたみたいだ。

僕らは全くの素人に過ぎないのに、
写真を観てくれて、何かを感じてくれた。
感想ノートにも、ほとんどの方から好意的な文章を残してもらえた。

あと、生まれて初めて新聞取材も経験できた。
良かった…軽犯罪とかで載らなくて(笑)

個人的には、願ったことを神様が聞き入れてくれて、
道を現実に拓いてくださる、その過程を体感できたのが、
一番大きかった。
「ほんとにいるんだ。生きてるんだ」って感じで。

この写真展、
会期といい、会場といい、周りの人の恵まれ加減といい、
人みしりの兄ちゃんには過ぎた恵みだったよ。
自慢とかじゃなくて。

この、鍵穴に鍵がはまった感覚を、忘れずにいたい。

今は、ただもう、皆さんにありがとうと言うより、他にないっす。
特に、島さん、消しゴム版画のYさん、じゅのの皆さん、
あとは、ありに感謝です。

細々とでも、写真続けてて、良かったよ。


※ちなみに次の展示はYさんの消しゴム版画展です。
紙皿にきれいなグラデーションで押してあるスタンプ、
とても優雅です。帯広在住の方、ぜひご覧ください~。

Yさんのサイトはこちらから!





【本日の余談】


今日の夕方、送迎で隣町まで利用者さんを送り終えて、
さあデイまで帰りましょうとハンドルを握っていた。
車のラジオからはNHKの「上方浄瑠璃特集」みたいな
渋い番組がかかっていて、それを聴くともなしに聴いていた。

でもアナウンサーが突然、とんでもないことを言い出して、
僕はつんのめりそうになったんだ。

「次は、ゴスペル浄瑠璃です」
ちょっと待って。

まじっすか?ゴスペル浄瑠璃て、ああた。
それは語感的に、
「トマト茶漬け」とか「ディズニー天守閣」とか「ドラゴン桜」とか、
そんな印象ですよ(笑)

しかし驚くなかれ、
…本編が始まったら、本当にゴスペルなのだった。

「わあ~た~しの記念としてこのように~とりおこない~なさい~♪」
最後の晩餐の光景や、
捕えられたジーザスを「知らない、自分には関係ない」と
否んでしまったペテロの姿が、
お馴染みの浄瑠璃にのせられている。

放送時間の関係で、途中でアナウンサーの止めが
入っちゃったけど、驚いたわ~。

いや神様、何でもありだな~~^^
人間の考えをはるかに超えてる。


昨日の晩は、仕事上がりにユースの祈り会に参加してきた。

久しぶりの古巣はやっぱり、すっと馴染みます(笑)
集まったのは、nano、モンブラン(仮名)、僕の3人。
お互いの近況を伝えあい、祈った。

仲間が自分のことを気にかけてくれる喜び、
仲間のことを想える喜びがあったよ。

神様が接点になって、土台となってくれなければ、
たぶん会うこともなかったはずの僕らが、
今、こうして祈っている不思議。

こういう仲間を、増やしたい。
お互い、肩の力を抜いて、思っていることは、言って、
表も裏もない、安心できる絆を深めたい。

改めてそう思ったよ。

nanoは先に帰り、残ったモンブランと僕とで、
ちょっとセッションした。
モンブランは無類にギターと歌が上手いので、
彼が以前つくったメロディーに2人で歌詞をのせてみた。

やってみたかったのは、
「ぱっと聴いたらただのラブソングなんだけど、
実はジーザスのことをばりばり賛美している歌」。
別にひねくれてるわけじゃないんですよ(笑)

賛美の、いろんな可能性を試してみたかったんだ。

1時間あまり試行錯誤して、
ところどころ難産ながら、それなりに形になってきた。
基本はモンブランがつくり、それに僕がパスを出していく感じ。

…モンブランの歌声は、本当に気持を遠くへ運んでくれる。
これを”才能”っていうんだろう。

もしデモとしてでも音源がつくれたら、
ブログにも発表して、みんなに聴いてみてほしいな^^


そしていずれ、直球のワーシップにも挑戦したい!
と、他人のふんどしを頼りにしまくる私(笑)


…そういえば、話は変わるけど、
最近ひとつ、僕のなかで大きなビジョンができたかもしれない。
それはまだ、心に植えられた種の段階だ。
実現するかは、神様しか知らない。

僕の資質、性格から考えれば、
それを目指すのは、無謀に思える。

でも、なんだかそのことが胸から離れない。

一時の感情の高まりなのか??わからん。
特大の祈り課題として、個人的に祈っていきますです。

…何年か後にでも、はっきりわかるのかなあ^^;



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。