Hold Me Jesus 2

北海道在住のジーザスフォロワー・taikaのブログ。CFNJ聖書学院にて研がれる日々。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |

hmj11-47.jpg


いよいよグッバイ2008年。
1年間、このささやかなブログに立ち寄ってくださった皆さん、
コメントを下さった皆さん、本当にありがとうございました。

あなたは遠いところにいるかもしれないけれど、
誰かに読んでもらえているのが力となって、更新することができました。

少しは、リアルな神様のことを手渡せたでしょうか?


今年、個人的には、ブログを通して外の世界にも繋がれました。

5月の誕生日前に、盟友・にっちと初対面できたし、
7月はグロのイベントに参加、神様の働きを思う存分写真に収められました。
9月、sistersのゴスペルライブには字幕係で関わらせてもらい、
力強い賛美のサポートができました。

ブログをやっていなかったら、決して起こらなかった出来事です。
正直言って、僕は与えられた繋がりを「育てる」のが
とても不得手なんだけど、それは今後の課題ですね。



2009年の目標は…けっこうあるなあ(笑)

まず何よりも神様を知りたい。
神様は生きて働かれて、僕らの人生に関心をもち、
全てのことを益として働かせてくれる方。

知りたい。

でも知るだけでは十分じゃない。
僕だけの自己満足には何の意味もないので、
受けた恵みはじゃんじゃん流したい。

今までの自分がどろどろの排水管みたいなものだとしたら、
神の恵みというのは、パイプフィニッシュですよ(笑)
だから少しでも、通りの良い管になりたいです。


…結婚も、祈りまくりたい課題の1つ。
生きていくうえでのチームメイトが与えられるのを、期待してます。
この地上のどこかには、パートナーがいてくれるはず。

それを求めるのが、なんだか「がっついて」いるようで、
ちょっと照れ臭かったけれど、
アダムにだってイブがいたんだから、
求めて、探していこうと思います。


ブログの更新もまめにしたいです。
もっと気楽に書いたらいいんだけど、
ちょっとでも面白くしないと、なんて思って、
結局途中でボツみたいな、もったいないことをしています。
まずは、書こう。短かろうが長かろうが。

だってこれは、ささやかながら「伝道」なんだから。



ということで。
これから始まる皆さんの新しい1年も、めちゃんこ祝福されますように!!!
スポンサーサイト
メリましておめでとうございます。
あ、混ざってる^^;

少し遅くなったけれど、メリークリスマス!
神様、この地上に、目に見える形で、
イエス様をつかわしてくださってありがとう。

大切な一人息子を、僕らのような小さな者の救いのために、
つかわしてくださって、ありがとう。




…話は180度変わって、
今日は面白いブログ解析サービスを見つけたので、ご紹介します。
KiTT(キット)」というんだけど。

無料の会員登録をしてから、自分のブログのurlを入れると、
過去の100エントリから、ブログ全体にみられる「感情」や
よく出てくる話題、よく使う言葉を解析してくれるんだ。

自分と傾向の似ている著名人のブログも紹介してくれる。

自分を客観的に見るって、なかなか難しいじゃないですか。
さっそく試してみたけど、面白かったよ^^

このブログから感じられるのは”清い感じ”だって(笑)
いやいや普段から熱心に築き上げたネット人格が功を奏して…、
って違いますね^^

清くありたいとは願うけど、まだまだそうでもないし。
そうしてくれてるのは、神様だよね。

それからアートに関しての話題が多いみたいっす。

これももう、そのまんま。


ということで、クリスチャンに限らずブロガーの皆さん、
よかったらお試しあれ~~~。



明日はいよいよ仕事納め、
いっちょう頑張ってきますか!



今回は、完全に独り言モードです。すいやせん。



僕は神様に対して、全然まったく中途半端だった。
改めてそのことに気づかされる。

これまでバイブルを読んで、ネットのメッセージを聴いて、
信仰の本を読み…すっかり調子づいて神様を「知った」気でいた。

ただそれは、本当に自分のものになっていたのか?
頭だけの信仰に陥ってなかったか?
僕は何をわかっていたんだろう?

だから、祈りに力が無かった。
だから、確信をもって行動できていなかった。
だから、まわりの人に愛をもって接してこれなかった。

神様を…リアルな我がこととして、捉えられていなかったから。


もうそんなのは嫌だ!と強く思う。
残りの人生、主に賭けるって、そう決めてたはずだろう?

だとしたら、何を求めなくちゃならないのか。

それは、主ご自身だ。まずは神様を知ることだ。

求めて、求め続けて、しがみついていくんだ。
全身と全霊が、はっきり神様を知るまで。

こんな僕にも、この地上でなすべきことがあるらしい。
神様は1人1人にそれを与えてくださっている。

それを求めない手はない。
そのためには、力が必要なんだ。


主よ、先へ進んでいくための、
希望を失わずこの先を歩んでいくための、力をください。

あなたへの確信なしには、1歩も進めません。

ガス欠の車みたいな僕に、油を注いでください!

言葉だけでなく、変わりたいんです。

あなただけが、僕を変えてくれる方なんです。


あなたを頭で「知って」いながら…僕は依り頼むでもなく、
たくさんのことを勝手に諦めてきました。

心で神様を知ることや、結婚のパートナーを見出すこと。
他者と親しい関わりを持つこと。

求めて、与えられて、しばらくしたら、
それが手からこぼれおちるような気がして、怖かった。

だったら始めから、諦めてしまった方が楽だった。
傷つかないために。


でも、僕は求めようと思う。探そうと思う。扉を叩こうと思う。
信仰を、結婚のパートナーを、これからのビジョンを。

すぐには与えられなくても、もう、諦めたりしたくない!


主は、僕を変えられないほど、力のない方じゃない。そうだろう?
宇宙を、その手で創られた方だもの。


まずは、知ること…そこから始まる。
どうしたら神様を知れるのか、それがわからないけれど^^;
祈ろう。直接、尋ねてみよう。


主よ、僕は、あなたを知りたいんです!!

昨日の晩、もんぶらんと2人で、とある夕食会に行ってきた。
これが本当に楽しい時間だった。
一足早く、クリスマスプレゼントをもらった気持だ^^

そもそものきっかけは、うちのチャーチのmizu姉さんがつくってくれた。

数日前、札幌から、姉さんの知り合いのユースの方が2人、
帯広に来ていたそうなんだけど、
そのうちの1人、Sさんの母教会が、なんと神戸バイブルフェローシップ。

僕がめっちゃ尊敬して、ネット配信のメッセージを欠かさず聴いている、
ロブ先生がいる教会だ。

で、こちらにいる間に、みんなで食事でもしませんか、という話になり、
昨日の夕食会へと繋がったんだ。

いや、心は色めきたちました^^
普段のロブ先生の様子が聞けるかもしれない、と思って。

しかも会場は…市内でにっちのお父さんがやっている教会だった(笑)
神様のなさることって…凄すぎ!


夕方、もんぶらんの運転で教会へと向かう。
なにしろ初めての道のりで、しかも助手席に陣取ったへっぽこナビ(僕のこと)は、
方向音痴という生まれながらの病を抱えている^^;

案の定、迷いました。
確信をもってナビをするたびに、わけのわからない山道、高架下、
農道に飛び出す僕ら。運転席のもんぶらんから漂う、冷やかな空気(笑)

mizuさんに救援電話をして、なんとか辿り着く。
自宅を会堂として使われている、家の教会だ。

にっちのご両親が出迎えてくださる。
お父さん、にっちそっくり。当たり前だけど^^

厨房ではユースのお2人、SさんとMさんが、食事の準備をしてくれていた。

お茶を飲みながら、しばらくご両親と話させてもらったけれど、
本当にお父さんはにっちそのまま。
相づちの打ち方、切り返し、そしてギャグの中身(笑)

そうこうしているうちにmizuさんも来て、
皆でおしゃべりしながら、手作りカレーとピザを頂く。

美味しかった~。胃が握りこぶしぐらいの大きさしかない小食の僕が、
カレー2杯おかわりできたくらいだ。

mizuさんが帰り、食後はもんちゃんのギターで即席のコンサートが開かれた。

hmj11-46.jpg


甘い歌声を体育座りしつつ、聴く。

とても初対面の人間同士が集まっているとは思えないくつろぎ加減だ。
親戚の家に来ているような感じだ。


で、僕にとっては超ビッグプレゼントがそのあと届けられる。
電話をしに部屋を出ていたSさんが、
「うちの教会の牧師と話しませんか?」と言って、戻ってきたんだ。

それってつまり…ロブ先生とですか!?
直で、話せるっちゅうことですか??
ぶったまげ。

携帯から、メッセージでおなじみの優しい声が聞こえてきた。

「俺、今ロブ先生と話してるッすよ!」

いや~。感激したわ~。日頃メッセージからたくさん
学ばせてもらっていることも伝えられたし。感謝としか言いようがない。

いわばイチローのファンが、本人とダイレクトに話してるようなもんですよ。



…しばらくして、にっちのご両親が、休まれるために上に上がってからは、
若者たちで怒涛の神様トークが繰り広げられた。

真剣に、時に笑いながら。

教会のこと、結婚のこと、ジーザスを伝えることについて。

聖書学院に通われているSさん、Mさんはすごい的確に、
僕らの疑問に答えてくれた。一緒に考えてくれた。

気づけば時刻は12時近く。
最後にみんなで祈り、記念写真を撮る。

hmj11-42.jpg

左からMちゃん、Sさん、もんぶらん

hmj11-43.jpg



hmj11-44.jpg



hmj11-45.jpg

若者のはしゃぎぶりを自作自演する、もんちゃん21歳、タイカ31歳
もんちゃん、ピースにしては指多すぎやで!!




もんちゃんは最後まで「帰りたくない~。もっと話したい~!」と
言ってました^^

まじで楽しかったなあ~~~。

Sさん、Mちゃんの信仰にも、めちゃくちゃ励まされたし。
自分は何をやってるんだ~?もっとどんどん、神様求めていかないと!
と思わされました。

この夕食会に、心から感謝するよ。


…今、40分くらいかけて書いた記事が消えてしまった^^;
もう、ショック!
当方ネムネムなゆえに全部書き直すことはできないので、
1/3ぐらい再現します。とほほ。

hmj11-41.jpg

12月の教会は、アドベント(ジーザスの降誕を待つ季節)に入っている。
会堂の中も、リースやツリーが飾られて、クリスマスの雰囲気だ。


hmj11-37.jpg


hmj11-38.jpg


hmj11-39.jpg


hmj11-40.jpg

久々にカメラを取り出して、ツリーを撮る。
なんでディティールばっかりですか^^;

下げられた雪の結晶が北国の趣で、なかなか良いよね。

…ツリーといえば、玄関先にも小さなものが置かれていて、
クマやら雪だるまやら、かわいいクッキーが下げられていた。

でも礼拝後、駆け回るお子様たちの手に、そのクッキーが^^
そして玄関にはぽつんと、緑の木が(笑)

誰かがみんなに分けてあげたんだね。
このおおらかさ、好きです。


教会を出て、モンブランとカフェに向かう。
寒空の下、男2人のおデート。
先日、このブログに連載させてもらった証のお礼に、
軽食など御馳走させていただく。

僕の知り合いには、なぜこんなに
おもしろ注文をしてくれる人が多いのだろう。
メニューを見ながらモンブランがかました発言。

「じゃあ、ぼくがストロベリーパフェ2個で、
タイカさんはストロベリーパフェ1個で、いきましょうか?」

う~ん、合わせたら3個になるね、って公文式じゃないんだから^^;

……結局、食べたのはサンドイッチでした(笑)



明日は、クリスチャンのネット放送局、CGNTVのお勧め番組を
紹介します。

これも書きたかったんだよね~。かえすがえすも惜しい。

おやすみなさい!

『人生を導く5つの目的』 6日目(久々です^^;)


この地上の人生は、一時的な務めにすぎない。
長くて100年ちょっと生きたとしても、
永遠と比べたらそれは、とても短い。

地上の生活は、外国へ訪問しているのに似ている。
時に楽しみを味わい、大変なことがあり…、
それでも自分が異邦人と感じてしまうのは、
そこが故郷ではないからだ。

神様に招かれた人にとっての故郷、それは天。永遠の世界だ。
本当の喜びや平安、完全な満足は、そこにある。
なにしろ、神様と直に、ずっといられるわけだから。

永遠を思うと、なんだか気が遠くなる。
でも、苦しみの中に組み込まれることはないし、
むしろ、解き放たれるみたいだから、希望の方が大きい。


永遠のスパンで、物事を考えると。
わかりやすい繁栄や名声を得ることはどうでも良くなる。
全ては一時的な栄冠に過ぎないんだ。

報いは目先にないかもしれないけど、
故郷には必ずあるから、
その遥かな世界を見据えて、進めたらいいと思う。



※永遠っていうスパンについて、
ブログ友だちのえりんぎが、とても良い記事を書いてくれてます。
ぜひ、読んでみてくださいね^^

「永遠への焦り」



晩に久々の失敗をしでかしてしまう。
プライベートなことで、物の返却に関して。
それを思い出した瞬間、心がきりもみ状態になりました(涙)

自分のルーズさや、忙しさにかまけて周りに目がいかない性格が、
一挙に出てしまった感じだ。120%僕の責任。

…各方面に迷惑をかけてしまい、謝罪の電話を数本やりとりし、
ようやく息をつく。

皆さん寛容で、頭ごなしに叱られることもなく、
これからの対応をどうするか相談できた。
本当にありがたかった。

携帯を置いて、つい凹みそうになったけれど、
それは筋違いというものだって、自分に言い聞かせる。

蒔いた種を、刈り取っているだけだものね。

ちょうど夕方頃、なんだか思い立って、
「自分の古い性質、直さなくちゃいけない部分があれば、
それを取り扱ってください」というようなことを祈っていたんだよね。

そしたら、さっそくこの事態。
神様が、僕のルーズさを取り扱ってくれようとしてるんだと思った。
祈りは、聞かれ過ぎるほど聞かれました。

神様信じてても、失敗するときは、する。
自分の不完全さを痛感する。

でも、直すべきところをこれだけはっきりさせてくれたんだから、
しっかり受け止めて、次には2度と繰り返さないようにしよう。

…大人に、ならないと。
モンブランの証、最終回。

固く閉ざされた扉が今、開き始めている。
その隙間から、神様のあたたかい光がもれて、
風が吹き抜けていく。

今まで読んでくださって、
この証にジーザスがほとんど登場しないことに、
不思議さを覚えた方もいるかもしれない。

ジーザスは、扉の向こう側で、
モンブランを待っている。

この長い証は、はじまりの終りのストーリーだ。
生きている本物の神様に出会い始めた、
彼の物語。

そこをまずは、しっかりと残してあげたかった。
広くみんなに知ってほしかった。

だから僕は、原稿を依頼したんだ。

扉は開け放たれて、モンブランはこれから、
どんどん神様を、ジーザスを深く知っていくはずだ。

彼自身が生きる物語と、
その指が紡ぎだす物語が、
主の祝福をいっぱい受けられるのを、
僕は願っている。

ありがとう、モンブラン。





その日の晩に彼女に会いました。
 
神よ!
愛する神よ!
僕はあなたに従います。
あなたは言いました。
『苦難の日にはわたしを呼び求めよ。
わたしはあなたを助け出そう。……。(詩篇50:15)』
もしも僕が迷えるならあなたの声が聞こえるはずです。
ああ!
神よ!
僕は苦しい!
とても苦しい!
あなたは私たちに聖霊を用いてあなたの仰りたいことを
行いたいことを導いてくださいます。

彼女は聖霊です。僕は信じます。あなたが遣わせてくれたのです。 
僕はずっと人を愛してはいけないのをあなたの御心だと思っていました。
そしてずっとそうして生きていき、死んでいくつもりでありました。
誰も愛さず誰にも愛されず死んで行くつもりでありました。

僕は神を知っています。僕が神を知っているということは、
神が僕を知っているということです。
僕は!
僕は苦しい! 
唇を噛む涙の夜もありました。
僕は誰かを愛したい!
誰かに愛されたい!
神よ! 愛する神よ! ああ、僕を助けてください! 
僕は嘘をついていました。嘘をつき続けてその嘘が嘘だと思わなくなるほどに
ずっと嘘をついていたのです。
僕を呼んでください!
僕の胸を知ってください。
僕はずっとあなたを呼んでいたのです。
ずっと助けて欲しいと願っていたのです。
口では誰のことも愛したくないと、誰にも愛されたくないと言っていたのに、
本当はずっと誰かを愛したかった!
神はそのことを知っておられた。
苦しむ僕に聖霊が導いて彼女に会わせてくれたのです。
彼女は他の女性とは明らかに違う。
「いつか好きになってくれる誰かがいる」
だなんて言いません。
そんな言葉だけの僕への感情のないうわべの言葉は言いません。
「もしかしたら私があなたを好きになるかもしれない」
シーウィルラヴミー。

神様。
使徒ヨハネと愛するタイカ兄は言いました。「神は愛です」と。
僕は神を愛します。神は僕を愛しておられるのだから。
そうです。
アブラハムは愛する息子イサクを本当に殺したでしょうか。
殺す直前になって聖霊が現れ、それを止めたのではないでしょうか。
アブラハムは僕です。
本当に誰も愛さないと固く決意する直前で聖霊が現れてそれを止めてくださった!

僕はその場でお祈りをしました。彼女のいる前でお祈りをしたのです。
とてもとても嬉しくて、解放されたことが、
人を愛せることが嬉しくて、神に報告したかったのです。
「愛する天のお父様。今日、あなたに会えたことを心から感謝します。
僕にようやく好きな人が出来ました。
心から、一点の曇りもなく愛しているといえる人に会えました。
あなたが導いてくださったのです。
どうか彼女を全ての悪から守ってください。彼女の未来を祝福してください。
愛しています。
僕は彼女を心から、心から愛しています。彼女をどうか幸せにしてください。
全ての聖霊の導きに感謝して
私たちの尊き救い主イエス・キリストの御名によって僕の祈りを捧げます。アーメン」

僕の祈りを聞いて彼女が言ったのです。

「モンブランさんは自分のことを何もお祈りしていないよ。
私のことばかりお祈りしてもらっちゃって……」
 
すると、彼女は僕の手を取って優しく包み込みこう言ったのです。

「どうかモンブランさんを幸せにしてください! アーメン」

織田信長は実在しました。
ナポレオンもベートーヴェンも実在しました。そのような資料があるからです。

神も存在します。
僕は今まではそのような資料があるからだと思っていました。
しかし、今はそのような資料なんてどうだっていい!
僕は神を見た。
いや、実際に見た訳ではありません。でも僕は神によって救われたのです。
幸せな日が来る。神がもたらしてくれる。そうタイカ兄は教えてくれたのです。

お祈りします。

僕自身も気付いていなかった僕の心の叫びを聞いてくださり
ありがとうございます。僕はあなたを愛しています。
そしてあなたが導いてくれた彼女を愛します。
どうか世界の全ての愛に破れた涙の人たちを救ってください。
彼らにあなたの愛を与えてください。
彼らは傷ついています。あなたがいないと彼らは
あなたを知る前の僕のように死んでしまいます。
どうか彼らを愛してください。彼らを知ってください。
彼らを僕たちに教えてください。
あなたの愛を僕が彼らに教える為にその御業を貸してください。
神は愛です。
どうかあらゆる苦しみに負けない力、愛を与えてください。
多くの人に神の愛がありますように。アーメン。

僕は彼女を愛しています。
そしてこれからも愛し続けるでしょう。神が彼女に会わせてくれたのですから。
僕は忘れません。『神は愛です。(Ⅰヨハネ4:8)』

以上が僕の証です。長文の上駄文失礼しました。
サンキューフォーリーディング。ハレルヤ。


(おわり)

モンブランの証、4回目。

「人を愛さない、好きにならない」と決めた彼。
その固く閉ざされた扉を、神様はノックし始める。

一番触れられたくないはずの、
でも心の奥底では触れてほしいと願っているはずの傷を癒すために、
神様は”ある女性”を遣わしてくれた。

…この回には、僕も登場させてもらっている。

その時、モンブランにとって必要な一言を伝えるために、
神様がこんな自分を用いてくれたことに感謝している。
えらい大それたことを口走っていて、ちょっと恥ずかしいけど(笑)

ともかく、これは僕の手柄じゃない。

神様の力が及んだだけのことだし、
ユースの仲間や、
教会の他のメンバーがサポートしてくれていたからこそ、
彼の信仰の芽が、摘み取られることなく
育っていったんだと思う。




ある女性がいました。
 
可憐な人でした。一歳年下でした。
華奢でかよわそうな人で大声を出したら骨が折れそうな人でした。
それは言いすぎか。
何故なのでしょうか。
僕は人に恋をするのをやめたはずなのに、禁止したはずなのに、
その人のことがとても気になるのです。
人を好きになるのは僕自身がどうがんばっても無理なのです。
人を好きになるのは人間の本能なのです。
人を好きになるとき、その人は好きになろうと思って好きになっていますか? 
きっとそうではないはずです。知らない間に人を愛しているのでしょう。
望む望まぬに関わらず僕はお腹が空いて眠たくなって
人を好きになってしまう。本能。僕の意志が弱いのでしょうね。

その女性を好きになりたくない。好きになってはいけない。
そう思えば思うほど余計に気になってしまい、なるべく接しないように
努めれば知らずに彼女を目で追っているのです。
彼女を見るとき、僕の胸に風が吹くのです。

僕は焦りました。そして考えたのです。
僕からどうにかして彼女を好きにならないようにするのではなくて、
彼女の方から僕を嫌ってもらえばいい。
そう思い僕は彼女とふたりっきりで話せる機会を作り、思いのたけを話しました。
昔、僕が耐え難い恋愛の苦しみを経験してそれ以来、
誰のことも好きにならないようにしていることを洗いざらい話しました。
どうか僕を嫌ってください。僕は嫌です。
もう誰かに期待して期待されて傷つくのも失望されるのも嫌です。
僕は毒です。僕は泥です。僕は汚い。豚小屋で豚のえさを食って生きて行きたい。
そんな僕をこれから好きになる可能性がありますか。ないでしょう。
それなら今僕を嫌って欲しい。それで僕はいいのです。
さあ、僕の頬を打って罵倒してください。
そうすれば僕はもう悩み患うことなく生きていける。

「私はあなたの頬を叩きたくない。
もしかしたら私はモンブランさんのことを好きになるかもしれない。
だからそんなこと言わないで。まずは友達から始めませんか?」
 
 ……。
 …………?
 言っていることがわからない……?

「『そんな僕を好きになる可能性がありますか』って聞いたけど、
その答えは『可能性はある』です。
その可能性をモンブランさんが自ら閉ざそうとしているだけです」

待って。
待ってください。
僕は、僕は今どこにいる? 
僕は暗い世界で生きているのじゃなかったのか? 
救いのない喜びのないずっと怨嗟の声が聞こえる世界にいるのじゃなかったのか?

「もう。何度も言わせないで下さい。恥ずかしいんですから。
私はあなたを好きになる可能性があります」

私はあなたを好きになる可能性があります。
やめろ。
やめてくれ。
そうやって僕を期待させて期待させてその気持ちがどんどん
大きくなってもう期待が僕を支配して寝ても醒めてもキミの事を
思い続ける頃になって、ブスウウウウウッッッッッ!! っと
心臓を金鎚で打つように僕を裏切るのだろう? 
知っている。僕は期待すればするほどその期待が
裏切られたときに大きな傷を負ってしまうことを知っているんだ。

私はあなたを好きになる可能性がある? そんな可能性はない。
僕を馬鹿にするな。僕がどれだけ泣いてきたのか知っているのか。
世界は僕に興味がない。
神は僕を愛する人を用意していないんだ。僕はそれを知っている。
サタンが来た。サタンが来た。
アダムとエバに神から背けさせ知恵の実を食わせたのはサタンだ。
僕は神と約束している。僕は恋愛をしてはいけないという約束を守る。
その神との約束を反故にして神から背けようとしているキミはサタンだ。

「モンブランさんはもう十分に傷ついた。とても苦しかったと思う。
ずっとずっと傷の上に傷を創っていたんだよね。
失恋の苦しみをあえて忘れないようにして自分を追い込んでいった。
もう自分を傷つけなくていい。追い込まなくていいよ。
泣くことを我慢しなくていいし誰かを好きになっていいんだよ。
だってモンブランさんは本当は誰かを好きになりたいんだもの。
それがモンブランさんなんだもの」
 
もう宵。僕は彼女を車で送って家で悩むのでした。

神は自分の意思を人間に伝えるときに聖霊を遣います。
もしも、もしもの話だけど、さっきのとても心癒される彼女の言葉が
神の意思と同じであるなら、彼女はサタンではなく聖霊ということになる。
彼女は聖霊なのかサタンなのか。 
わからない。
僕はあまりに神のことを知らない。神はあまりに大きな存在で
ちっぽけな人間は神の性格の側面しかわからない。
実際に天国と地獄では地獄のことの方がより詳しく圧倒的文量を
以って記載されている。サタンのことの方が僕は知っている。
魅惑的な言葉などで僕たちをだまして神からの愛を掠め取ろうとする存在。

彼女の言葉はとても魅惑的だった。
私はあなたを好きになる可能性があります。
そんなことはないとわかっているのに、心が大きく揺さぶられた。
彼女の言葉には僕を癒す力があるのです。彼女ともっと話がしたい。
彼女のことをもっと知りたい。僕のことを知ってほしい。そう思わされたのです。
魅惑的な、神との約束を破らせようとする言葉。だから彼女はサタンなのか? 
わからない。

神のことを学ぶとき、それは先駆者に尋ねるのが一番いい。
僕は明くる日タイカさんに彼女のことを聞きました。
僕が人を好きになるのを禁止していること、
それなのに気になる人が出てきてしまったこと、ねえタイカさん。
彼女は誰ですか。聖霊ですか。神ですか。
僕はもう恋に悩みたくありません。誰も好きになりたくないのです。
僕はどうしたらいいですか。
 
僕の話をタイカさんは真剣に聞いてくれました。
そしてタイカさんはゆっくりと僕に諭してくれたのです。

「モンブランは神を知っている。それなら神様もモンブランを知っているんだ。
神は愛。愛なんだ。その愛である神様がモンブランの愛を制限するわけないよ」
聖霊はマリアにイエスを身篭ったことを教えました。
新約聖書の著者に降りその執筆を貫徹させました。
「神は愛です。神はモンブランに誰かを愛して欲しいと願っているんだ。
神は愛なのだから」
 
風が吹きました。
僕の胸に爽やかな黄金の風が吹いたのです。
知っていますか。
聖霊はギリシア語で「プネウマ」と言います。そしてこれは風という意味もあるのです。
彼女を見るときに僕の胸には優しいプネウマが吹きます。聖霊がささやくのです。

タイカさん、ありがとう。
僕は神を知っています。タイカさんのおかげで神に立ち返ることが出来ました。


(つづきます!次回、最終回!)

モンブランの証、3回目。
辛い恋の後遺症は続く。

でも、その中で、少しずつ少しずつ、
神様は彼に手を伸ばそうとし、
彼も、まことの神様に近づこうとしている。





教会の人たちは僕を温かく迎えてくれました。
それから聖書についてもたくさん学ぶことが出来ました。
聖書は誰かを偉くするために書かれていません。
ギリシア神話のように特定の誰かを偉くしていません。
あえて言えばナザレのイエスを偉くしているようなものでしょうが、
偉大な布教者パウロはイエスだけに従うのではなく
神にも聖霊にも従うように言っています。
イエスだけを偉くしようという試みで新約聖書が
書かれたというのならそれは破綻しています。
僕が知る神話において誰かを偉くしようという
意図がないものは唯一聖書だけなのです。

聖書は何千年もの期間、何十人もの預言者によって書かれていきました。
そのような書物は他にはありません。人間には不可能な行いです。
その点で僕は聖書は神が書かれたものだということを信用できます。
僕は神がいるということについて疑問を初めから持っていませんでした。
神はいます。ただ見えないだけです。
多くの人が会ったことのない方だというだけで神はいます。
そのことを僕は聖書を学ぶ前から思っていました。

無神論者は実際に見た事がないからということを強調して神を否定しますが、
では彼らは聖徳太子を実際に見たことがあって
歴史の授業を受けているのでしょうか。
源頼朝や織田信長やナポレオンやベートーヴェンなどを実際に見たのでしょうか。
ただ彼らがいたという資料が存在しているから実在したんだろう、
と思っているに過ぎません。それなら神も同じことです。
神が実際に存在するという記述は山のようにあります。
無神論者は実在を信じがたい神や、いてほしくない幽霊や怨霊の存在は
都合よく認めないのです。そういう思想を僕は嫌います。

聖書で神がいると書かれていて、
その内容が信用できるものであるのなら、神はいるのです。神は絶対にいる。
でもそれは聖書の神だけに当てはまるものではなく、
ゼウスやオーディンや天照大御神などの存在も認めるということです。
唯一神ではないのでした。

聖書について僕が特に興味を示したのが創世記二十二章でした。
それはアブラハムが預言を受け子イサクを捧げ物にすると決めるのです。
イサクの燔祭(はんさい)です。
自分の子を自らの手で殺せと神は言うのです。
神はときに残酷なことをいいます。
自分の息子を殺せというように、僕に人を愛してはいけないというのです。
神はそのような方なのです。神は全知全能でこの世の全てを作られた方です。
御心のままに。それに反してはいけません。
アブラハムは僕です。僕は神から受け取った「人を愛してはいけない」
という命令を守ろうと更に強く決めました。

誰も好きにならない。
そう決めてからおよそ四年ほど経ちました。
僕は何も変わりません。ただ昔のことを思って泣かなくなっただけです。
誰も僕を愛さないで下さい。
僕は人を好きになりたくないのです。
僕のことを知れば知るほどきっとあなたは失望するでしょう。
僕には誇れるものなどありません。
僕に恋をしたところで急速に冷えていくだけです。
僕は寒い。あなたを凍えさせてしまう。
僕は僕を好いてくれるあなたをがっかりさせたくない。
寒さに震えさせたくない。僕を好きにならないで。
僕を愛する人がどうか世界中からいなくなりますように。
全ての人が僕を忘れますように。
ずっと僕は変わらずずっとそう思っていたのです。
 
学校の女子はとてもうざったい存在でした。
彼女達は恋バナを好みます。恋の話です。
「モンブランくんって彼女いるの?」
とヘラヘラ笑いながらきみたちは聞く。
僕の性格を知って僕の過去を知ってきみたちは恋バナを僕に聞くのか!? 
僕が冗談でも、
「前に大好きな人がいたんだけどフラれちゃったから今は彼女募集中です」
と言えると思っているのか!? 
もう僕の傷をえぐり返さないで下さい。僕は恋が嫌いです。
君たちは釈迦を知れ。妻を捨てて子を捨てて悟りを開いたブッダを知れ。
恋愛は害悪なのです。
よりよい人間、ブッダのような人間になる為には恋は邪悪な存在なのです。
これから僕に恋愛の話をするなアホ。

「そんなことないって。きっといつかモンブランくんのことを
好きになってくれる誰かが現れるって」
あらゆる自称「僕のことを心配しているよ」さんはこう言いました。
この言葉が僕を更に悲しませるとは知らずに僕を慰めてきたのです。
なあ? 「いつか僕のことを好きになってくれる誰か」って誰だよ? 
そんな人間がどこにいる? 
どこにいるかもわからない誰かを例に出して君たちは僕を慰めようとしているのか? 
そんなものはない。君たちの慰めの言葉は僕のために言ったのではなく、
君たちの自愛の為に言った言葉であり、僕を好きになる人はどこにもいない。
僕は僕を知っている。僕のことだ。
僕が一番知っているんだ。僕に愛は遠い。蝿がたかれ。
僕は「そうだよね。君の言葉で自信がわいたよ」と
とっておきの作り笑いをして逃げるように話題を変えるのでした。

シェイクスピアは苦しんでいたのでしょうか。
作品を書き上げるときに嗚咽交じりにペンを走らせていたでしょうか。
きっとそんなことはないと思います。
彼は作品を、文章を書くのが楽しくて仕方がなかったのです。
彼の作品を読めば彼自身が楽しみながら書いていたことを感じ取れます。
僕は文章を書くのが好きになっていきました。
ものを書くときはとても楽しい。
シェイクスピアに倣って僕は作家になりたいと思うようになってきたのです。
色々な本を読み色々な経験をしてみたいと思うようになりました。

つい先日のことです。
どこかでアルバイトをしてみようと思ったのです。
色々な人と出会い色々な経験談を聞きたいと思ったのです。

結果、そのアルバイトで僕は神を確信することになったのですが。


(つづきます!)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。