Hold Me Jesus 2

北海道在住のジーザスフォロワー・taikaのブログ。CFNJ聖書学院にて研がれる日々。

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★ぱんぱかぱーん。ブログ毎日更新、二か月過ぎたー。

傍から見たら「ひたすら日記書いてましたね」というだけのことなんだけど、
僕にとっては、ささやかな達成だ。

あらゆる物事を途中で放り出してきた、僕にとっては。

特別、義務や責任があるわけじゃない。
努力もたいして、していない。
背伸びするのも、やめてしまった。

だからそこそこ、続いているのかもしれない。
それにしても不思議だ。


…こうしてブログを更新しながら、ちょっと気になることがある。
実写版『ヤッターマン』の動向よりも、気になることがある。

他のクリスチャンブロガーの皆さんは、どうやって記事を書いているのかなあ?

例えば題材は、どうやって見出しているのか。
どんな時に、文章を書きたくなるか。
神様からの促しみたいなものは、あるのかどうか。

文章を書くうえで、気をつけていることはあるのかな?


僕に関していえば、その日書きたいことは、
夕方あたりにふわふわと浮かんでくる。

一行の文章としてあらわれることもあれば、
テーマとして与えられることもある。

一日の出来事が沈殿して、必要なものが浮かび上がってくるんだ。

大抵は、神様と過ごすうえでの気づきや、心の問題なんだけれど。

家に帰ってから、こうしてキーボードを叩き、
それをできるだけ忠実に再現しようとする。
気をつけるといえば、そのぐらい。

なかなかありのままに書けないのが、もどかしいです(笑)
冷静にみて、僕には文才があんまりないから^^;

本当は、一行一行に意味が込められた文章が書きたいんだけど、
今は、気持を書きつけていくのが精いっぱいだ。

文章が形にまとまったら、読み返して、
リズムを整え直す。

それから祈って、送信。

こんな流れになっている。
だいたい30分、40分ほどかかるかな。


これからも、たどたどしく物を書いていくけれど、
せめて神様からやってくるものの通り道になれたら嬉しいと思う。

…明日から三ヶ月目。


「バイブル兄さん今日も行く」

マタイ11-13章でよろしく。




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★ハレルヤ!札幌旅行での宿泊の件は…、なんとあっさり解決した。
札幌バプテスト教会での二泊が決定!

スタンダップのOさん経由で、牧師のI先生に連絡差し上げたところ、
快諾してくださいました。

内心ずっと、「三十路の体にネットカフェは辛いっす…」と思っていたので、
横になれるだけでも感謝だ。

これで八日の礼拝にもすんなり出られそうだし、本当に嬉しいよ。

札幌バプテスト教会の皆さん、そして神様ありがとう!



★そして今日の仕事終りに訪れた、メガトン級の切ない出来事。
アップダウンが激しすぎだ。


最近、仕事場では、上の人経由でスタッフ全員にアンケートを配り、
”職場の人間関係”について集計をしている。

問題を把握して、これからの改善に活かすためにやっているんだ。

「スタッフ間で連絡事項がうまく伝わらない」だとか、
いろいろ、業務のうえであり得そうな項目が並んでいて、
そこに印をつけていく形式。

フロアリーダーに対しての項目もある。
つまり、僕のことだ。

夕方、事務所に置いてあった用紙を数枚見てみたんだけれど、
くう…かなり、厳しい評価だった(涙)

頑張りと評価は正比例しない。
そんなことは、とうにわかっていたとしても。

僕に対してだけでなく、業務の流れ全体を含めて、
みんなそれぞれ、お腹の中に「本心」を抱えて、仕事をしていたんだね。

見えるところでは笑って。

…切ないのは、そこのところだ。

心で思っていることと、普段接する表面の部分が、
同じじゃない。正反対なところがある。
僕にだって、きっと、無くはないんだろう。


今まで仲良くできていたと思っていたあの人が、
内心、全く別のことを考えているとしたら。

あの、楽しく一緒に過ごした時間は、なんだったんだろう?
少しずつ、それぞれの良さを分かり合えてきたと思っていたのに。

そんなことを思い巡らしているうちに、
胸がめちゃくちゃ痛くなってきました。

一人でフロアの椅子に腰かけて、しばらくじっと座っていました。


僕には、うまく飲み込めない。納得できない。

この世の中では嘘も方便なのか、
本音なんか誰も出さなくていいと思っているのか。


…すごく大きな荷物を抱えて、家に帰ってきた。
持ちきれないのでこれから、神様に預けに行くよ。

とても切ないです。
明日、どんな顔して仕事場に行ったらいいんだろう?

僕が感じていることは、ただの奇麗ごとなんだろうか?


考えても答えは出ない。

だから、祈るしかない。



「切ない今日もバイブル兄さん」


イザヤ書23-28章。




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★仕事が終わってから、
「ハリー・ポッターとマグマの岩」こと、もんぶらんと晩御飯を食べに行った。

お店はいつものペペサーレ。若者の集うイタリアンファミレス。
腹ぺこの僕らは敬意をこめて”ペコサーレ”と呼ばせていただいている(笑)
「もんちゃん、ちょっとペコろうかー?」
「いいっすね、ペコりましょう」
そんな会話は日常茶飯事だ(どんな会話だそれは)。


…ご飯を食べながら、いつものごとく怒涛の神様トークが炸裂する。

もんぶらんの情熱に驚かされるばかりだ。
複数の人々から、宣教の賜物…神様のことを外へと伝えていく才能を
見出されつつあるこの男。

誰とでもすっと馴染める性格だし、
言葉のセンスもあるから、メッセンジャーにも向いているはず。

僕とは全く違うその賜物が、なんだか嬉しい。
神様が与えてくれた個性だから。

これからが楽しみだなあ^^


3月に控えた、札幌行きの計画を練るのも楽しい。
5日の晩に車で出発し、8日は礼拝に参加してから帰路につく。
移動も含めて、かなりの強行軍になる。
宿泊場所に悩み中だけれど、まずは札幌バプテスト教会に救援連絡をし、
駄目だったらネットカフェで夜明かしすることも考える。

そしたら、リアルタイムで中継できるかもね(笑)

いずれにしても、どこに泊まろうが、神様ファミリーに会える旅だ。
期待しつつ行ってこよう。


それから、僕ともんぶらんの私設ユニット名を、
「レイルウェイ」にすることに決定した。

レイルウェイ。
神様に向かっていく線路。
2本のレイルは神様と僕ら。それを繋ぐ枕木は、ジーザス。
そんな意味を込めて、始動します。

当面は、今つくっている賛美を形にする活動を続ける。
そうしているうちに、また新たな展開も生まれてくると思う。

写真や、ブログでの活動などもできたらいいね。

楽器の練習しないとなあ^^


…ということで、今日はいろいろな意味でお腹いっぱいの夕食になりましたー。



「今日も今日とてバイブル兄さん」

ヨブ記、9-10章。




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★さて、一時期テンパりまくって去りたいとまで思ってしまった仕事場。
今は慌ただしくも、何とか通っております。

神様が、問題に対処する糸口を与えてくれた。

逃れる道を備えてくださるというのは、本当だったよ。

他の人の責任まで抱え込んで潰れてしまう癖には、境界線を。
まずは自分に与えられた役割をはっきりさせようと、心がけている。
まだそういうやり方に慣れていないので、
人をあえて手伝わない自分にプチ罪悪感を抱えたりもしつつ(笑)
でもその罪の意識は、間違っているとわかったから、
リハビリしていこうと思う。


…すべきことをしっかりやったうえで、手伝うと決めたことは、手伝う。

これだけで、ずいぶん違うよ。


それから、価値観の違うスタッフさんたちとの関わりも、
相手を避けるのを止めて向き合うようにしてから、少しずつ変化がみられてる。

それぞれ決して悪い人ではない。
ただ、抱える理想だったり、他のスタッフに求めるレベルが高いばかりに、
周りに対しての点が辛くなってしまうのだと気づいた。

そこには確かに、いくらかの”驕り”成分が含まれていて、
僕は過剰に反応してしまっていたんだけど、
実はそれって、僕自身の問題なのだった。
傷というか。

…学生の頃、人を小馬鹿にする連中に、ずいぶんいじくられた嫌な思い出がある。
なぜあんなに人を見下せるんだろう?とても理解ができないような人たちだった。

心のどこかに、その時感じた理不尽な気持が残っていて、
こういう折々に吹き出してしまうんだ。

「あんたらの、根拠のない自信はどこから来るんだ??」って。

これは、僕の問題だ。

…僕に、そのスタッフさんを変えることはできない。
そうつくづく思った。

ただ、自分の対応を変えたり、揺れてしまう気持に対処することは、できなくはない。

傷がうずくということは、治療が必要なんだ。

寄り添ってくれるお医者さん…イエス様に、助けを求めていこうと思う。


そうしたらきっと、毎日通っている同じ場所の意味合いが、
また新たに、変わっていくと思う。


★本日のBGMはyoutubeで聴く奥華子さん。
僕と同世代のシンガーソングライター。
声もビジュアルも、すれていないというか悪意が全然ない感じで、いい。
でも、路上でCDの手売りをしていたり、下積みは案外長いらしいです。

「ガーネット」という曲、お勧めですよ^^


「今日も今日とてバイブル兄さん」

詩篇12-14章。
詩篇を読んでいると、「これって僕のことじゃん!」と思える部分がいっぱいある。
人ってそういう意味では、変わらないものなのかもしれない。




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★晩御飯を食べながら、ちょっとだけ「マジック革命・セロ」を観ていたのだった。
いやあ、半端ないねー!もうどうあっても種が分からない。

手に握ってた毛糸の束が、いつの間にか子犬の編みぐるみに変わっていたり、
ハサミを使わずに人の髪型を短くカットしたり、
ペットの金魚にトランプのカードを的中させたり…、
どれもこれも口開けて驚くしかなかった。

そして「すごおおおい!何でそんなことできるのお!!」と
のべつまくなし大声を張り上げているゲストの三船美佳に、
本気で「うるさい」と怒っていたうちのおかんにも、
僕は驚くしかなかった(笑)

セロさんが良いのは、「俺ってすごいっしょ」みたいな威圧感が全くないところだ。
相手を楽しませたりわくわくさせたいという、純粋な想いが垣間見えるところ。

街中でやるマジックでは、いつも群衆に囲まれているんだけど、
皆、驚きと共に笑顔になってるんだよね。

圧倒的にすごいものを見ると、人はもう笑うしかないというか、
あげつらう気にもならなくなるみたい。


…バイブルにも、イエス様の起こした奇跡について、いくつも書かれている。

ちょびっとのパンを増やして、何千人もの人たちのおなかを満たしたり、
荒れる湖を凪にしたり…。

イエス様にも、「俺ってすごいっしょ?」みたいな驕りは、一切なかったはずだ。

人々の必要を満たしたくて、自分にはそうすることができた。
人知をこえる方法ではあったけれど、できた。

だから奇跡を通して、父なる神様の栄光をあらわした。

その、圧倒的な業を目の当たりにして、
当時の群衆も、とにかく驚くしかなかったんだと思う。
引きつけられるしかなかったんだと思う。

まあセロさんとイエス様は違うんだけどさ^^;

でもイエス様の周りにも、ああいう驚きと笑顔が溢れていたかも、
と思うと、何だか良い感じがするわけです。




★話変わって。

しつこいようだけど、「ただ、好きだから」という気持は大切だ。
形式や、義務感だけで神様と関わり続けることは、たぶんできない。

でも、好きだからといって、野放図に振る舞うことも、できないのだろう。

お互いが好きなだけで一緒にいられる、同棲カップルとは違う。
神様と結ばれた僕らの関係は、”結婚”と同じだ。

そこにはある種の責任が伴い、気分だけでは成り立たない時がある。
良い時もあれば、そうでない時もある。

そうやって、あらゆる局面を一緒にこえていくからこそ、
結びつきは深められていくんだと思う。

ただ、根っこの気持として、いつでも「ただ好きだから」と思っていたい。
簡単に言葉にできない、理屈抜きの感情こそが、
形式を打ち破って前に進んでいく原動力になるはずだから。


と、そんな風に想いを巡らせていると、
「何やってんだか」って気持にもなる。

また頭の中だけでぐるぐると回ってしまっているような。
独りよがりに陥ってしまっているような。

でも自分がメリーゴーランドに乗っているとは思いたくない。
どんなにゆっくりな歩みであっても、
らせん階段をじわじわ昇っていると信じたいな。

もらった気づきを抱えて、少しずつ、現実と向き合っていかないとね。


「今日もバイブル兄さん」

ヨシュア21-24章。いよいよ佳境みたいです。




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★今日は完全自動書記モードに入りました。
わけがわからない文章だとしたら、すんません^^;


どれほど大きな気づきであっても。
それを見出した瞬間、声をあげるほど驚いたとしても。

変わらなければ、意味がない。

自分は神様のことをどれだけ知っているんだろう、
知りたいと願ってここまで来て、
「ただ好きだから、一緒にいたいから」
神様と関わりを持っていていいんだとわかった。

わかって、振り出しに戻った。

この場所から、また関係を築き直していく。

今思うのは、形にあらわしたいということだ。

神様に変えられた人が、周りを変えていく。
神様のやり方は、イエス様が地上にいてくれた時代から、
いつも同じだ。

形にあらわさないで、どうして他の人に伝えられるだろう?

焦りに駆り立てられるけれど、ここは落ち着こう。

神様のされることは、全て、時に適って美しいから。

何かを始めていくための準備を、今はしているんだ。きっと。

それは僕だけに留まる話じゃない。


…諦めがどれほど僕らの力を奪うか、よく考えなおそう。
へりくだりと、諦めとは違う。

「自分になんてとてもとても」という想いが、どれほどのブレーキになっているかを、
もう一度、見据えよう。

神様の力は、弱さの中で働くと、バイブルに書いてある。
それがどういうことなのか、僕はたぶん、まだ知らない。

でも、バイブルに書いてあるということは、それは、約束なんだ。

立ち尽くしていても、意を決して歩き出すにしても同じ弱さなら、
動き始めた方がいい気がする。

理想と現実のギャップに、毎日打ちのめされるとしても。

僕は動きたい。

何かをしたい。

神様がくれたものがあるとしたら、それを見出したい。

傍から見て、莫迦にしか見えないとしても。
いい歳こいて青臭いことばっかり言っているとしても。

何かしたい。

何ができる?

僕には一体、何ができる?


「それでも基本はバイブル兄さん」

創世記16-19章。まんべんなく読むこの方法…いいかもしれない^^




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★晩にネット配信のメッセージを聴いて、強く思った。
ここにも、残しておきたい。自分自身の気づきとして。


僕は、規則やルールで縛られているから、神様を好きなわけじゃない。
そのつもりだった。
でも最近、どういうわけか義務感から何かをすることが、多くなっていた気がする。
実を言うと。

聖書を読まなくちゃいけないから。
祈らなくちゃいけないから。
神様述べ伝えないといけないから。

で、自分勝手に決めた基準を満たせなかったら、差し込んでくるほのかな罪悪感。
あんたそれでもクリスチャン?って。


だけど。

…もし誰かが、
「今日、あなたと三十分話す決まりになってるから、話してあげるよ」なんて
言うとしたら。

誰がそこに、好意を感じられるだろう。

…「あの人から来たメール、長くて全部読むのめんどうだし。適当に流し読みしよ」なんて
陰で僕らが思ってしまうなら。

誰がそこに、気持の行き来を感じられるだろう。


それなら、
「あなたとただ話したいから、三分ちょうだい」と言われた方が、よっぽどいい。
「このメール、自分のこと想って、真剣に書いてくれたんだ。ありがとう」
と思える方が、ずっといい。

ただ、好きだから。
ただ、関わりたいから、僕らは誰かと向き合っていいんだ。

神様と向き合っていいんだ。

神様の方だって、いつでも僕らにそう接しようとしてくれているんだから。


そのことを、忘れかけていた。


決まりごとって、ある意味、楽だ。
型にはまるのも、楽といえば楽だ。
そうやっていたら、傍目からはしっかりやっているように見える。

ただそこに、本心があるのかは、はっきりしない。

僕は、誰に何をアピールしようとしていたんだろう。

自由に愛するのって、どういうことなんだろう。

イエス様は、律法という決まり事を、十字架の上で
粉々に打ち砕いてくれた。意味を変えてくれた。

後には神様との、ただの愛の関係が残った。

自由だからこそ、神様を好きでいられる。
選択肢があって、なおかつ神様を選びとることができるからこそ、
その気持は尊いんだと思う。


こうして、何回も、入り口から始めるんだね。
振り出しに戻ること戻ること(笑)

でもそれでも構わない。

それが必要なことだとしたら。




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境界線(バウンダリーズ)―聖書が語る人間関係の大原則境界線(バウンダリーズ)―聖書が語る人間関係の大原則
(2004/10/01)
ヘンリー・クラウドジョン・タウンゼント

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★『境界線』、昨日、お休みのつれづれに読み終えたんだけど、
本当に有益な本だと思う。
ここで語られている数々の考えは、
実践してこそ意味あるものとなるのは事実だ。
けれど、自分の内側にある問題点が、
形として見据えられたのは、大きい。

特に人間関係で悩む方、
つい他人の顔色を窺って行動してしまう、共依存気味の方、
ぜひ読んでみてくださいね。

…境界線が分けるものとは何か?

それは、「自分」と「他者」だ。
この区分が曖昧になっていることから、混乱は始まってしまう。

クリスチャンは自己を否まなくてはならない。
そうして他者に愛を示さなくてはならないと、
僕らはどこかでそう思っている。

でも、神様が与えてくれた「自分」を
しっかりと管理していくことも、僕らの大切な役割だと、この本は語る。

身体や感情、経済、仕事、家庭など…。

逆にいえば、相手(他者)が自分で責任をとらなくてはならない出来事にまで、
境界線を乗り越えて肩代わりをすることはできない。

例えば、隣の家の奥さんが、めんどくさいからと一切家事を放棄してしまうとする。
家の中は大荒れだ。

でも、だからといって毎日僕らが出張って行き、
家事を全て手伝ってあげるなんて話はないよね。

相手が、できるはずのことを怠っているのに、責任をとるのは他の人。
これは、おかしい。

それは愛でも、優しさでもないはずだ。

自分で背負えるナップサック(日々の労苦)は、自分で背負う。
それが基本だ。

ひるがえって、抱えるものが大きな岩(人生における惨事)だとしたらどうか?

先の奥さんの例えで言うなら、効き腕を大けがしてしまったり
肉親を失って憔悴してしまい、家事が手につかないとするなら?

この場合は、誰かが手助けするのが当たり前だ。
「あんたが勝手に怪我したんだから知らないよ」とは言えない。

でも、僕らはそこでも全て肩代わりはできない。
大きな岩を一時的に一緒に抱えることはできても、
ずっと持ち続けるわけにはいかないんだ。

ある限度をもって、節度をもって、関わるしかない。

喜びも苦しみも、分かち合うことはできるけれど、
基本的には「その本人」のものだから。


…最近、抱えまくっていた仕事について、もう一度よく考えてみた。

僕は、人のナップサックを何個も抱えて、潰れそうになっていたんだ。
その人に責任があり、できるはずのことを肩代わりしまくっていた。

動機をよく見つめてみると、
「嫌われたくないから。良いやつと思われたいから」そうしていたんだよね。

恐れの感情があった。
人の顔色を窺う、共依存の気持も、あった。

これからは、まず自分に属する、管理すべきものは何かを分けようと思う。
キャパを超えることは、なるべく引き受けない。
「NO」と言う。

本の中でも、何度も「いいえ」を言うことの大切さは述べられていた。
相手をねじ伏せるためではなく、自分を護るための「いいえ」。

でも全てを突っぱねるのではない。
自分で選択して引き受けたことについては、全力で頑張る。

いずれにしても、他人から圧力かけられて、押し切られてやっていることが、
続くはずはないんだ。

自分の本心が、大切。
神様と語りあい示されたうえで、本心が選びとることが、大切。

言うは易しだけど、そうしていかないと、
「いい人になりたい症候群」にやられてしまうから、自衛するよ。


境界線、全然うまくまとめられない(笑)
それだけ奥深いテーマなんだと思う。

これからも僕なりに探求していきますね。


★話は変わるけれど、「スタンダップ」がいよいよ立ち上がるので、お知らせ。
春の修養会っていうのをやるのです!

スタンド・アップは、うちのバプテスト連合・北海道全体の青年会で、
お互いの信仰を励ましあい、元気になろうと結成されたグループだ。

青年が自主的に始めた活動というだけでも、僕はめっちゃ嬉しい!
ネットワークをつくりたいし、広げたいし、お互いを知れたらいいと思う。

気づけばグローイングもアップしているし、
スタンドもアップしているし、
僕はあっぷあっぷしているしで、北海道もどんどん活性化しそうな予感です。

って、何を言うとんねん。ネタか(笑)

修養会は3/20(金)、3/21(土)の2日間。
札幌のバプテスト教会で行われます。
テーマは「神の愛を知るために」だそうです。

堅苦しいことは何もないと思う。
共に出会い、共に賛美し、共にメッセージに触れ、祈る、
そんな素晴らしい時間になるはずです。

参加費は4000円、だけど補助も出るらしいです。
これは行かないとね!

(と言いつつ、僕は仕事のスケジュールがどうしても合わず、
涙をのんで断念したんだけど…)

行きたかったなあ。
詳しく知りたい方は、メールフォームからでもご連絡くださいまし。

修養会の準備全てが、神様の手によって行われ、
護られますように。変化の一歩を、具体的に皆が感じられますようjに!


「境界線もいいけどバイブルもね!日誌」

ローマ書、7-8章。





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★久々の風邪であります。
仕事を急きょ休ませてもらい、すごろくで言うなら、完全に”一回休み”の一日となった。
うつらうつらしたり、起きている時間は本を開いたりしているうちに、
あっという間に晩になってしまった。

こういう日も必要なんだと思う。
ここ最近、追い立てられるように走りすぎていたから。

読んでいた本は『境界線』だ。
自分に照らし合わせて、いろいろと考えさせられた。

特に仕事に関しての部分で、いかにキャパ以上のことを抱え込んでいたか、
よくわかった。

前の予告から時間は空いたけれど、明日にでもちゃんとまとめたいと思う。


…体はだるいけれど、イエス様、おかげで立ち止まれました。ありがとう!


「風邪っぴきでもバイブル兄さん」

マタイ8-10章です。




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★今日はお休みながら、午前中はセンター長、看護師さんと他の施設見学に行く。
これからデイに取り入れる、あることの勉強のために。
午後からはユースのmizu姉さんと一緒に、
教会のTさんのお宅に伺い、たっぷり語りまくった。

やっぱり、胸の奥の深いところまで話あえる間柄って、いいね。
利害関係もなく、たいして気も使わず。
ケーキを食べながら何時間も過ごしました(OLさんか!)

それぞれ抱える課題はある。
いつになったら変化が訪れるのか、待ちきれない気持になることだって、ある。
でも、僕らは待ち望むことができる。
その時の状況としては夜だったとしても、夜明けを待つことはできる。

神様は希望そのものだということを、僕らは信じているからだ。


★夕方、気づけば大雪が降り積もっている。

帰りの車中、mizu姉さんに、
「いやあ俺っち最近風邪ひかなくなったんすよ、不思議ですね」なんて
景気のいいことを言っていたけれど、家に帰ってきたら雲行き怪し(笑)

なんだかぞわぞわするー。
このところ張っていた気が緩んだのか、一気に風邪に攻め込まれた。

ひいー!とりあえず今日は、これで寝ときます。


「横になって読む!バイブル兄さん日誌」

イザヤ書18-22章。最後まで読めますように^^;




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★あれから、もう限界だという感情の高ぶりは、少しずつおさまっていった。
神様が心を整えてくれたんだろうか、今日の仕事も割と落ち着いてできた。

このブログには、できるだけオープンに状態を書こうと思っている。
だから、仕事場を去ってしまいたいという気持までしっかりと記したけれど、
少し軽々しかったと、反省している。

読んでくださっている方…どうもお騒がせしております、なんて。


日中、業務の合間合間に思い起こしていた。
この、与えられた人間関係は、僕を苛むためだけにあるのではなく、
そこから何かを学び取るためにあるのかもしれないと。

あえて、一番苦手な「誰かの驕り高ぶり」だったり、
「人の裏表の感情」に直面させることで、
その渦中にあっても、神様の御業は変わらないことを、
伝えてくれているのかもしれない。

かなり厳しい課題ですけどね(笑)
自分で言うのもなんだけど、僕はそういう「本音と建前」に
すごく敏感なので。

好きなのに嫌いと言ってみたり。
嫌いなのに好きと言ってみたり。

その手のこと。
一体どっちやねん。

本音に、本心に蓋ばかりしなくちゃならないのは、おかしい。

でも、たぶんこの手の問題は、どこへ行ったとしても付いて回るはずだ。
たくさんの疑問符を飲み込んだまんま。

だから今、自分にとっての”対処法”を見いだせるなら、
それに越したことはない。少しでも成長できるのなら。


…そしてせめて、イエス様の前では、本心をオープンにしていよう。


なんだかまとまりが無くなってしまった。
きっと、まだ僕はちょっと混乱しているんだ。

(記念すべき200回目の記事が、これかーい^^;)


「バイブル兄さんが読んでます日誌」

ヨブ記7-8章。しみます。




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★正直に言うと、このところの葛藤は、仕事に関してのものだった。
この仕事場に留まるべきか、去るべきか。

デイサービスそのものに嫌気がさしているわけではない。

人に楽しんでもらうのは好きだし、サービス業にはそこそこ向いているし、
何より、利用者さんに”居場所”を提供させてもらっているのは、嬉しい。

日々ささやかなトラブルは絶えない。大変といえば大変だけれど、
その中に報いがあるから、続けてこれたと思う。

ではここへきて何をそんなに煮詰まっているのかといえば、
価値観の違うスタッフとの関係についてだ。

違いがあることそのものは、決して悪いことではない。
でも、どうしても受け入れ難い価値観が、僕にはある。

世の中のどこにでも転がっている話だ。

ただ、当事者となるとかなりきつい。
メンタル面、直撃である。

僕にはもともと、自分と合わない人との付き合いを避ける傾向があった。
「あなたはあなた、わたしはわたし」って感じで、
肌も合わないのにどうして一緒にいなくちゃならないのと、思っていた。

当たり前だけれど、仕事場ではそうもいかない。

のけぞってしまうほど考えの違う人とも、同じ業務をしなくてはならない。


大人にならなくちゃと、ずっとだましだまし過ごして、ここまできた。
「敵を愛せよ」ってイエス様の言葉もあるし。
ちょうどいい機会じゃないかと思って(笑)

けれどもこちらのコップの水はとうとう溢れてしまった。
無理はよくないね。

僕の、介護に対しての想いは(たぶん)間違っていないはず。
そのスタッフの、介護に対しての想いだって、(たぶん)間違ってはいないはず。

どうして、すれ違ってしまうんだろう。
折り合いというものが、つけられなくなっているんだろう。

別にそのスタッフの人格を貶めたいわけでもない。
良いところだってたくさんあるんだ。
介助の技術なんか、基本がしっかりしているし。


今日、信頼できるスタッフさんの一人に、このことを相談してみたのです。
親身に聞いてくれた。話して良かった。
話すのは、つまり「離す」ことでもあるから。
内側にもやもやを抱えているより、ずっとましだ。

職場に残るよう、強く引き止めてくれたのも嬉しかった。

おまえは一人じゃないって、
神様から言ってもらえたような気がした。



…葛藤に満ちたこの出来事の中にも、
神様は何か意味を隠してくれているはずだ。

まだ、捉えかねているけれど。試練なのか、転機なのか。

でも仕事がどうなるにしても、その意味を掴んではいきたいと思っている。



「バイブル兄さんの読んでます日誌」

詩篇9-11章。気持に沿い過ぎ。

「あなたは必ず御覧になって、御手に労苦と悩みをゆだねる人を、
顧みてくださいます」
(詩篇10:14)


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★予告通り、「境界線」の学びをしようと思っていたけれど、
それどころじゃない事態が持ち上がってしまったのでちょっと断念する。

事態については、まだ詳しくは書けない。
ただ、僕の中で今まで積もり積もったものが、
とうとう溢れてしまったような感じだ。

…見事に、行き詰まったなあと思う。先が見えない。
不安だって、無くはない。
それでも、芯の部分で気持は落ち着いている。

もしクリスチャンでなければ、
この出来事にも意味があるだなんて、到底思えなかっただろう。

自暴自棄にもならず、踏みとどまっていられるのは、
本当に、イエス様のおかげとしか言いようがない。

今日はともかく、祈ろう。
全てをご存じの主に。

大変なことがあるからこそ、主を見上げられることもあるんだ。


…バイブルは、僕を励ましてくれる。

「わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰らず、
途方に暮れても失望せず、
虐げられても見捨てられず、
打ち倒されても亡ぼされない」

(第二コリント4:8-9)

「それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、
そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。
なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです」

(第二コリント12:10)

イエス様、ありがとう!
この言葉がただの気休めじゃないと信じられるのが、ありがたいです。



「バイブル兄さんの日誌」

ヨシュア16-20章。必要な言葉を、ください。




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今日はへとへとなこともあり、明日からの予告編です。

昨日、教会に行ったとき、何人かの仲間内で話題になったのがこの本。



境界線(バウンダリーズ)―聖書が語る人間関係の大原則境界線(バウンダリーズ)―聖書が語る人間関係の大原則
(2004/10/01)
ヘンリー・クラウドジョン・タウンゼント

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「この考え、今の自分たちには確実に必要なことだよねー」という話になり、
近く時間をつくって学びをしてみよることになった。

僕も再び読み始めているけれど、いや、身につまされる。

この本でいう境界線とは、自分と他者を分けるくぎりのこと。
それをしっかりと見出し、自分の内側に属するものはしっかりと管理し、
なおかつ他者にも適切に関わっていけるように導いてくれる。

初めて読んだときは、僕自身、いかに他人の負うべき荷物を
引き受けてきたか、あるいは自分が負うべき荷物を
他人の背中に乗せてきたか、わかった気がした。

ということで、これはクリスチャンに限らず、とても知ってほしい考えなので、
これからシェアしていきたいと思います。


「へなちょこ兄さんがバイブル読めたらいいね日誌」

創世記12-15章。今、旧約だけはリビングバイブルで読もう作戦を展開中。



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★この間降ったドカ雪の後遺症で、つるんつるんになった道を歩き、教会へ。
実はしばらく、仕事場の諸々があり、日曜に教会へ行けていなかった。
久しぶりに仲間と会えて良かったよ。

ここでなら、僕はデイサービスセンター○○○のフクイさんではなくて、
ただのタイカでいられる。
何かができなかったら爪はじきにされるわけでもなく、そこにいられる。

つまりそれが、家族ということなんだろう。

もしこれを読んでくれているあなたが、
実際の身内のなかで大変な想いをしているとしても。

ここに神様の、家族がいるよ。



★今年、僕が意識していることの一つに、「継続」がある。
決して上手じゃなくても、頭をぶつけながら、まずは続けてみる。
そこから新しいものを見出したいと願っている。

ブログや聖書通読も、もちろん続けたいんだけれど、
一番の目標は、人との繋がりを途切れさせないことだ。

逆にいえば…今までぶつぶつに切れまくっていたんだよね(笑)

僕の悪癖は、早々と見切りをつけるところ。
ちょっと関わってみては、
「ああ駄目だ、ここでは自分は必要とされてないわ」とか勝手に
思い込み、その関係から遠ざかってしまう。
場合によっては機会があっても、全然人間関係を温めていかない^^;

自分は取るに足らない人間って思いこみが
どこか根底にあったからだと思う。

「おいらと一緒にいても、楽しくないだろうしさ」とか思って。

ずっとそうしてきたから、はっきり言って、
”友達”が本来はどういうものか、わからなかったりする。

どこまでが友達としての適切な関わり方なのか、
どこまでがただのお節介になるのか。
はっきりしない。

支配したり、されたり以外の平等な関係があるなんて、
実感してこなかった。

それでも神様は少しずつ、僕をリハビリしてくれているような気がする。
スナフキンにもムーミンがいてくれたように、仲間を与えてくれている。

繕わないでいられる人の間に入って。
もう一度、失っていたものを取り戻すんだ。
無理はせずに、流れのなかで。


人と繋がることをしっかり内側に根づかせたいのは、
結婚について想いを馳せるからでもある。

だって、自信無いからとか飽きたからとかで、
結婚を解消するわけにいかないじゃないですか(笑)

好きになった人を、己の未熟さで傷つけるのは、嫌じゃん。
ちょっとでもマシな状態でパートナーになりたいじゃん。

だから今のうちに、関わる練習をしたいんだ。


今思いついたけれど、人だけでなく、神様との関わりも、深めたい。
どうしたらそうできるのか分かんないけれど、まずは神様に願い求める。

間違いなく、聴いていてくださるはずだから。

神様と人と繋がるのを、諦めたくはない。



「へなちょこ兄さんがバイブル読んでいます日誌」

ローマ書、5-6章。




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★バレンタインデーである。

「てやんでい、そんなカカオ豆に一喜一憂してたまるかーい」と
朝から妙に威勢がいいのは、もてない哀しみの裏返し^^;

外へ出れば夕べから降り積もった雪がとんでもなく積もっていて、
前途多難を予感する。

冗談抜きに、膝までずぶずぶと埋まりながら仕事場へ向かった。

…というわけで全く期待はしていなかったんだけど、
うちのスタッフさんたちは義理固い方が多いようで、
何人か、仕事の合間に包み紙を手渡してくださいました。

こうなるとやはり嬉しいもので、
”そんなカカオ豆”に小躍りするわたくし。
アルペン踊りを踊るわたくし。

もし尻尾がついてたら、ちぎれんばかりに降っていたと思う(笑)

…単純。


さて夕方からは生まれて初めての面接。する側だ。

昨日、ネットで学んだことを教訓に、
「その人にとって大切なもの」を聞こうと思って身構えていたが、
あえなく撃沈した。うなずいているうちに終わってしまった感じ。

出てくるのは労働条件のお話が中心で、
そんな理想めいたものは入る隙間がなかった。
これがリアルな現実だと思わされたよ。

もちろん、労働条件も大切なポイントだけど、
来てくれた方の人となりをもう少し知りたかったので、
次回の機会は食い下がっていきたいっす。

だって、「人」が働くんだからさ。


「へなちょこ兄さんのバイブル読んでみたいんです日誌」

マタイ5-7章でよろしくー。




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★諸事情あって、仕事場で、求人をすることになった。
募集が新聞に載り、ぼちぼちと問い合わせの電話が来はじめている。
明日から来週にかけて、面接が何件か続く。

僕も生まれて初めて、”面接する側”として臨むことになる。
うひゃあ、フクイさん、社会人みたいなことやってるじゃん!
と、もう一人の自分がつぶやく。

人を迎え入れるのって、難しいよね。
だって、面接で何を聞いたらいいか、わからないもの(笑)

そう思って、参考になりそうな考えを求めてネットを巡回していると、
すごく共感できるサイトを見つけた。

あの有名サイト、「ほぼ日刊イトイ新聞」内の、
「ほぼ日の就職論」というコーナーです。

とっぱじめの序論として、人材紹介のプロの河野さんという方と、
糸井重里さんの対談が載っていたんだけど、
就職面接のときに何を尋ねたらいいか、核心をつく答えがそこにあった。

「これまで何を大切にしてきましたか?」
「あなたにとって、大切なものは、何ですか?」


おじぎの角度や、言葉づかいなんかよりも、
この質問で、ずっと、その人のことがわかるって。

そうなんだよね。
その人が大切にしているものに、こちらが共感できたら、
あるいは、こちらの大切にしているものに、
その人が心を震わせることができたら。

一緒に何かをしていきたいと思えるはずだ。

質問の柱は、これで決まりだなあ。


そして、来てくれた方には、
この仕事のメリット、デメリットを両方、しっかり伝えようと思う。

良い面ばかり伝えて、入ってから「こんなはずじゃなかった」という風に
ならないように。フェアプレイでいきたい。


…対談最後の糸井さんの言葉も、良かったので紹介します。

「人を採用するって、
家族を迎え入れるようなことだと思うんです」


アーメンっす!そういう気持をもった仕事場にしたいです。


「へなちょこ兄さんのバイブル読んでます日誌」

イザヤ書12-17章。結構長めです。週末だからこその設定なんだろうか?




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人生を導く5つの目的―自分らしく生きるための40章人生を導く5つの目的―自分らしく生きるための40章
(2008/05)
リック・ウォレン

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★『人生を導く5つの目的』、第8日目は、「神の喜びのために造られた」。

僕らは、神様の喜びのために造られた存在だ。
ただ、この世に偶然放り出されたわけではない。
神様は、僕らの誕生を心待ちにしていたんだ。

だから、神様に喜ばれることが、僕らの人生の第一目的になる。

じゃあどうしたら、神様を喜ばせることができるんだろう?

それは「礼拝すること」によって。

礼拝。
日曜日に教会でやっている、賛美したり、メッセージを聴いたりという、
一連のプログラムも、もちろん含まれる。
けれど、本来の意味はもっと大きい。

礼拝は、生き方そのものだ。
そしてそれは、自分のためにあるのではなくて、捧げられるためにある。

だから、神様を賛美して、栄光と喜びをもたらすために行うことは、
みんな、礼拝になる。

歌うことから人と関わること、屋根の雪下ろしからゴミ拾いまで、全て。
朝起きてから夜寝るまで、
イエス様に対してするように、行ったことは、全て。

立派なことじゃなくていいんだ。
どれほどありきたりなことであっても。
些細なことであっても。

心が、伴っていれば。

僕自身にあてはめて考えてみたら、
状況が良いときには、比較的神様に感謝しながら、
仕事したりできている。

逆に、苦しい状況のときは、てんで駄目だ。
周囲の流れに振り回され、
委ねることさえできず、いらいらして、
自分だけで問題を解決しようとしてしまう。
礼拝のかけらもないような感じだ。

牢屋にぶちこまれても主を讃美したパウロさんのように、
大変なときにこそ、神様に頼れるようになりたいんだけどなあ。

何しろ、天のお父さんは全知全能なんだからさ。

まだご利益的なものを求めている自分が、ちと恥ずかしいっすよ。

結婚と同じように、良いときもそうでないときも、
自然と一緒にいられるようになりたい。
(ああ、でも既婚者ってすごく努力してるのかな?
何もせずに自然っつうこともないかあ)


「へなちょこ兄さんのバイブル読んでます日誌」

ヨブ記5-6章。
大変な状況のときに、どうしたら神様を見上げられるのか?
今の僕にぴったしのテーマじゃん。すごい!



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★休みの一日だ。
午前中から、もんぶらんと教会に繰り出して、一緒にオリジナル賛美をつくる。
とはいえこちらは楽器が弾けるわけでもなく、
作詞を部分的に手伝ったり、ところどころの方向づけを考えたりしただけ^^;

それに対して相変わらず、もんぶらんの創作意欲はほとばしっていた。
ほっといたら二時間でも三時間でもギターをかきならし、歌う。
歌詞もどんどん書く。
終いにはラップまでやっていた(笑)

さすが自室で飼っている金魚を見つめるのが趣味なだけのことはあるねー。
(関係ないし)

一曲、録音にまでこぎつけたので、また機会があればアップします。

…合間に御飯を食べつつ、なぜか恋バナに興じる男子二名。
テーブルの上には買ってきたロールケーキが。OLさんか(笑)
お互い、恋愛という分野では、
女性に対しての免疫がほとんどないのを改めて確認し、頭をかく。


それにしても、もんぶらんの信仰が急成長していて驚いた。
帰り、車で送ってもらっている間、僕の方からお悩み相談をしたんだ。

仕事においても信仰においても、
まだ、どうしても「今のままじゃ駄目だ。頑張らなくちゃいけない」
という気持があって、ありのままでいられないのがきつい。

そう話した。


特に最近、仕事場で人をまとめる立場になったのが大きい。

なるべく皆が働きやすいような環境にしたいと思い、
いろいろと細かな改善案を出し合ったりしているんだけど、
あっちが良ければこっちが悪いで、
なかなかうまく進まず、自分の資質を疑ったりしていたんだ。

僕がリーダーなんて、大それているんじゃないかと思って。
もっともっと頑張らないと、認めてもらえないって。


…もんぶらんの答えは、本当にありがたいものだった。

タイカさんは、そのままでいいんですよ。
だって、神様がその形のタイカさんを必要としているからこそ、
そういう人として生まれさせてくれたんだから。


ぼくは今、自分がそのまんまで神様に愛されていると信じてます。

時には、聖書で語られてる、
いろんなルールが守れなかったりすることもあるかもしれないけれど、
そんなことで神様の愛が減ったりはしないと思います。
だから、タイカさんも大丈夫ですよ」

しばらく会わない間に、ここまでしっかり、もんぶらんの土台は据えられていた。

張り詰めていた気持が、ふっと緩んだ。

そうか、自分では全然なってないと悩んでいるけれど、
「この形」が神様には必要だから、今、ここにいさせてもらってるんだ。

「あなたはありのままでいい」だとか、さんざんブログでも語ってきたけれど、
僕が、一番言って欲しかったんだね。そのことを。

バイブルにある、「後の者が先になる」という言葉を、思い出しました。

ありがとう、もんぶらん^^



「へなちょこ兄さんのバイブル読んでます日誌」

詩篇6-8章。
わーい、詩篇じゃ、詩篇ー。



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★最近、体のために試していることが何個かある。
前にも言ったとおり、僕は健康のためなら死んでもいい程の
健康マニアじゃないから(笑)、どれも細々とやっているんだけれどね。
プチ人体実験というか。

まずは「うつぶせ寝」。
これは続いているし、おかげで睡眠の勝率が上がってきた。
以前は横になっても頭が冴え、
ワイパーのように寝返りを打っていたんだけど、
3~40分で寝つけるようになってきた。不思議だ。

表のものを裏に返しただけで、こんなに変わってしまうのかと思う。
だけど、効果があるんだから、それでいいのだ。

あ、コーヒーの量を減らしたのも一因かなあ。


…あとは、食事の時によく噛むようにした。
前は飲み物と一緒に、流しこむように食べていたから、
さぞかし胃に負担がかかっていたはずだ。

食事というより、何かの作業のようになっていた。

それを反省して、噛むように心がけている。

ただお腹をいっぱいにするだけに食べるインスタント食品や、
大好きだった甘いものも、なるべく控えるようにしている。

とはいえ女性の多い職場なので、休み時間につい、
一緒にお相伴することもあるんだけど(笑)

口に入るものって重要だと、改めて思う。
侮れない影響力があると思う。

人はパンのみで生きるわけじゃないと、バイブルは語ってくれる。
でも、口から入るもので体が養われるのもまた事実だから、大事にしたい。


そして、休みの日にはひたすら歩いている。
自分の車を持っていないという、やるせない事情があるにせよ、
これも結果として体力をつけるのに一役かってくれている。

ウォークマンを聴きながら、今は雪道を滑らないように歩く。

こういう生活をしていると、たまに乗せてもらう友人の車とかが、
ありがたくて仕方ない。

「うわあ、こんなに早く着いちゃっていいのかい?」なんて思って。

まあこれからも続くであろう徒歩生活を、
せいぜい楽しんでいこうと思う。
夏は自転車があるしねー(やむをえない、エコ)。


「へなちょこ兄さんのバイブル読んでます日誌」

ヨシュア11-15章です。



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★口に出したことを、実際に行えるようになりたいと、最近特に思う。

ネットで配信されていた、アーサー・ホーランドさんのメッセージを聞いた。
いろんな要素がからみあっている話だったんだけど、
強く心に残ったのは「口ばっかりじゃなくて、行いが伴わないと、
周りの人々に何の説得力もインパクトも与えられない」
というような部分だった。

確かにその通りだ。耳が痛い。
アーサーさんはいつも、オブラートにくるまないで本当のことを言う。

今、こうして、ブログを書いている。

神様に栄光を返したいと願い、神は愛だと語る。
少しでもましな人間になりたい、って。

そして神様の力は及び、僕は以前の僕から比べたら、
少しずつ、変化はしてきていると思う。

口ではそう言える。でもまだまだだ。

自分は、神様の愛を、周りにどれだけ流しているだろう。
目に見える形にしているんだろう。

それに囚われてしまうと、今度は余計な罪悪感や良心の呵責ってやつに、
苦しまなくちゃならなくなる。

たとえ何もできなかったとしても、神様は僕らを愛している。

でも、その先へできれば進みたい。

どうしたら、そうできるんだろう?

言っていることを、実際できるようになるんだろう?
それまで受け入れられなかった人を、受け入れ、
赦すことができるんだろう。


…神様。


★「へなちょこ兄さんのバイブル読んでます日誌」

創世記8-11章ですー。



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人生を導く5つの目的―自分らしく生きるための40章人生を導く5つの目的―自分らしく生きるための40章
(2008/05)
リック・ウォレン

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★久しぶりに『人生を導く5つの目的』の続きをやります。
今日は「すべてのことの意味」。

すべてのものは、神様のために存在している。
僕らや、この世に存在するあらゆるものは、神様の栄光のために生み出された。

例えば、映画や絵画といった芸術作品を例にとる。
それが素晴らしい出来だとしたら、作品自体も勿論、賞賛されるけれど、
栄誉を受けるのは、作り手だと思う。

その発想に、技術に、感性に、みんな惜しみなく拍手を送る。

それならば、すべてのものをクリエイトした神様は、
どれほどの栄光に満ちているだろう。

空も海も、山も虹も、人も動物も、みんな創ったんだ。
そこには美意識があるし、多様性があるし、秩序がある。

では、神様の栄光が最高の形として顕れた存在は、なんだろう?

それが、イエス様だ。
目に見えない神様の性質の全てが、彼の中にあらわされている。
僕らはその栄光に、何も付け加えることはできない。
ただそれを認めて、賛美し、語りつぎ、後についていこうと願う。

イエス様に倣うならば、僕らの生きる最大の目的は、
神様に栄光を帰すことになる。

神様に創られた作品として、与えられたそれぞれの個性や、場所、
使命などを通して、作り手の偉大さをあらわすこと。

「自分にはそんな大それたことはとても…」
そう思う方もいるかもしれない。僕だっていまだにそう思う(笑)
でも、自分の栄光のためでなく、神の栄光のために生きようとするとき、
必要な力は、神様が下さるんだって。


神様の栄光をあらわすための方法は、
大きく分けて五つあるようだ。

神様を礼拝すること。
神様の家族(クリスチャン)同士が、互いに愛し合うこと。
キリストに似た者となっていくこと。
与えられた才能を活かして、他の人々に仕えること。
他の人々に、神様を伝えていくこと。


これは決して、守らなければ愛されないという、ルールではない。

むしろ無条件で神様から愛されているからこそ、
「そうしたい」と思える事柄だ。

僕だって、全てに取り組めているわけではないし、
偉そうには全然言えないけれどね。

そうして、栄光を返そうという気持を持って生きていってからは、
神様から超特大のプレゼントがある。

永遠の報い。救いだ。

…この世の命が終わってから、そんなにすごいご褒美が待っているのなら、
信じてみる価値はあるんじゃないかと思う。

ただそのスタートラインとして、
僕らを神様のもとに繋いでくれる、イエス様の十字架を受け入れる必要は
あるんだけどね。これは大事なので書いておきます。

「それは条件ちゃうんかい」と言われそうだけど、違うと思う。
むしろ、神様の無条件の愛を、目に見える形にしてくれたものだと思うんだ。

それをつかむか、つかまないかは、僕らに任されている。


このところ仕事がてんこ盛りだったり、人間関係に挟まれたりで
いろいろな感情が僕の中を錯綜していた。

けれど、改めて今日、何のためにこの先進んでいくのかが再確認できた。
現実はまだわたわたしているけれど、良かったよ。


「へなちょこ兄さんのバイブル行脚記録」

ローマ書3-4章。
そういえば午後に、本屋に立ち寄って聖書の解説本を買ってきたんだ。
旧約の中身を、もっと系統だてて知りたいと思って。
それも参考にしつつ、これからバイブルに向かっていこうっと。




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★時事の問題は強くないけれど、夕飯を食べていたら、
こんなニュースを見てしまったので、勇気を出して書いてみる。
はっきり言ってショックだった。肩が落ちました。

内容は、大阪のカトリック教会の神父が、
信徒の女性に、抱きしめてキスをするなどといったわいせつな行為をはたらき、
逮捕されたというもの。
女性は教会で食事の準備といった仕事をしていたため、
その行為を拒否しきれなかった模様。

こういう事件にインパクトがあるのは「聖職者なのに、なぜ?」という
疑問が出てくるからだと思う。

たとえ聖職者であろうとも、弱さを抱えた人間の一人にすぎない。
たいていの男には、異性に対して、触れあいたいという
自然な欲求はあると思う。
僕にだってある。だって本能なんだから。

ただ神様は、それを自分勝手に乱用していいとは言っていない。
「好きだから」といって何でもしていいわけではないのは、
子供にだってわかる道理だ。

だからこの神父を、全く弁護はできない。

まして立場を利用して、逃げられない相手に対して
自分の想いを遂げようとしていたのだとすれば、それは論外だ。

バイブルにも、「人がしてほしいと思うことを、
人にしてあげなさい」というようなことが書いてある。
裏返せば、「人が嫌がることは、無理強いしてはいけない」
ということになるだろう。

その点から言っても、神父の行為はNGとなると思う。


それからもうひとつの教訓。
教会は、開かれた場所であった方がいい。きっと。
その大阪の教会が「閉じた」場所だったのかは定かではないけれど、
教会に限らず、中で何をやっているか、
外からうかがい知れないような環境だと、
「その場でだけまかり通る理屈」が強くなってしまう可能性がある。

それを防ぐために、集団は、なるべく風通しを良くした方がいいよね。
世間様の目を気にしてびくびく振る舞うとか、そういう話ではなく、
外から見て唖然とするようなことをしていないかどうか、
自然な形で、皆でチェックしていく必要はあるはずだ。

特に教会に関して言うなら、日本に住む大半の人は、
中で何をしているのか、はっきりわかっていないんじゃないかと思うんだ。
だから、できるだけわかりやすく、中を垣間見てもらえるような工夫も、
必要じゃないかと思う。簡単ではないだろうけれど。

余計な誤解を吹き払う意味でも。


ともあれ今回の出来事はショックだった。
これで「キリスト信じてても、こんなことになってるじゃん」と
思う人が出るのは悲しい。
クリスチャンがこうい話題で取り上げられるのを見るのも、悲しい。

…せめてできるのは、自分が同じ過ちを犯さないように、気をつけていくことだ。

自分は情欲に弱い。
ただ、機会が無いからその手の過ちに陥らずにすんでるだけかもしれない。

ああ、モテない君で良かった…と喜ぶのも変だけれど(笑)
でも、それをはっきりと自覚して、ひたすら注意しなくちゃならないね。

イエス様の名誉のためにも。



「へなちょこ兄さんのバイブル行脚記録」

マタイ3-4章。しっかり読めますように!



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★ううむ、ついさっき会議が終わって、帰ってきました。
朝から始まって、十五時間くらいセンターにいたっす。

今日は…まともに更新は無理かなあ^^;
とりあえず、寝ます…。おやすみなさい。

★「へなちょこ兄さんのバイブル行脚記録」

イザヤ書、7-11章。


うつぶせ寝健康法―日野原先生も毎日実践!うつぶせ寝健康法―日野原先生も毎日実践!
(2005/11)
日野原 重明川島 みどり

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★信仰ともひとつ関係ない話題であれですけど、ひとつよろしゅう(笑)


…しばらく前に「夜、なかなか眠れないんすよ」という話をした。
横になって二時間ばかり、なぜか頭が冴えわたり、寝つけなかったんだ。
おかげでネット配信の礼拝メッセージなんかを聴けたし、
それはそれで時間を使えたんだけど、やはり夜は…寝たいわたくし(笑)

そんな症状が、ここ数日少し改善しているような気がする。
本で読んだ「うつぶせ寝」を試してからだ。

図書館で借りたこの本。「うつぶせ寝健康法」。
僕がリスペクトしている日野原重明先生も毎日実践しているということで、
興味をひかれたのだった。

何というか、効能がかなりすごい。
イビキや睡眠時無呼吸症候群を防ぐ。
胃腸のトラブルや鼻炎の症状も改善がみられる。
深く呼吸ができ、リラックスできる。

何より、その日から実践できそうなところがありがたい。

で、思い立ち、数日前より実践中だ。
聖書を読んでベッドに入り、「よいしょ」とうつぶせになる。
「よいしょ」と言うあたりが、おっちゃんだと思う。

完全にうつぶせになると、首が真横に向いてしまい少しきついので、
ベッドと胸の間に布団を入れて、角度をつけている。
それでだいぶ楽になる。

本にも、ずっとあお向けで寝ていた人には、
はじめは取っつきにくいかもしれない、と書いてあった。
そういう場合は、体を左右どちらかに横にする
「半うつぶせ寝」から始めてもいい、とのこと。

…寝しなにウォークマンを聴いていると、逆に目が覚めてしまう気がしたので、
とりあえず止めにし、静かに横たわる。
祈りとも思考ともつかないような考えが、頭を巡る。
そのうちに少しずつ眠たくなってくる。

うつぶせ寝だけの効果かはわからないながら、
ともかく寝つきがましになったのは、本当に助かるよ。
神様ありがとう^^

興味ある人は、本を見てみてくださいね。

日野原先生がやっているというだけで、
こんなに信憑性が上がるのも、なんだかすごい話だけど。


「へなちょこ兄さんのバイブル行脚記録」

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★「続けること」について、まだ色々と考えている。

そこに、意志の力はどこまで有効なのか。
もし、意志ではどうにもならない部分が出てきたら、
どうやって神様に求めていったらいいのか?

そういえば…僕が何とか続けられているもののひとつに、禁煙がある。
これも、今まで意志だけは全く歯が立たなかったんだ。
十九歳から吸い始め、恥ずかしながらクリスチャンになってからも、
なかなか縁が切れなかった。
数回企てた禁煙作戦も、長くて三週間ほどで撃沈していた。

ストレスを感じる=煙草に手を伸ばす、という
悪しきパターンが完全に出来上がっていたんだ。

今や自分の体は、イエス様の住んでくれる宮だ。
イエス様を燻製みたいにいぶすなんて、本当に忍びなかった。
でも止められなかった。

三か月ほど前のある日、心底、「もう嫌だ!」と思った。
何か、煙草ごときの呪縛に捕えられて、不自由になっているこの感じが。

それで次の日から禁煙補助のニコチンガムを買い込み、
合間合間に噛みながら過ごした。

でもこれはこれで不安になってくるんだよね。
今度はこのガムの中毒になってしまうんじゃないかと思って(笑)

一か月ほど、そんな調子で過ごしただろうか。
もちろん、ずっと祈っていた。
こんなガムなんか噛まなくても済むように。

そうしたら、突然、「その日」がやってきた。
一日、ガムが無くても…何とかなったんだ。

あれ?あれ?と思いながら、過ごした。
ストレスの量が変わったわけでもないのに。

なぜその日、急に状況が変わったのか、うまく説明できない。

子供の頃、自転車に乗れるようになった日を覚えていないように、
ある日を境に、いきなり変化は訪れた。

「ニコチンガムが効いただけじゃない?」という意見もあると思う。
でも、違うんだ。

前の三週間の禁煙も、ガムを使ってやってみて、見事に失敗したんだから。

このことから考えても、バイブルが語る「全てのことには、ふさわしい時がある」
というのは本当かもしれない。

僕が全面降伏したとき、神様の力が及んだんだと思う。
そうしてみると、やっぱり、意志には限界がありそうだ。


…バイバイ、煙草。バイバイ、ニコチンガム。

でもその代り、普通のガムは、休憩中よく噛むようになったけどね(笑)


「へなちょこ兄さんのバイブル行脚記録」

水曜日は詩篇の日だー。いえーい!3-5章。



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★こんなへなちょこクリスチャンの僕でも、
バイブルが「語って」くれることがある。
その時の自分に、状況にふさわしい言葉を、
神様が与えてくれていると感じることが。

去年の終わりにかけて、なぜか何回も語られたのは、これだった。
「あなたの目の前にあるものに、まなざしを正しく向けよ」。
正確な引用ではないし、恥ずかしながらどこの箇所かも覚えていない(笑)
その時は、ぴんときていなかったんだけど、
今になって、やっぱり必要なことを言ってくれていた、と思い直す。

最近、忙しさにかまけて、神様にまっすぐ向き合っていなかった。
まなざしを、正しく神様に向けていなかった。
もう、雑念、不純物入りまくり。

僕は不器用者だ。
でも、バイブルを読みつつも、
他のことを考えてしまえる程度には、器用なのだった^^;
やんなるね。

つくづく、自分の意志の弱さを感じる。
意志で始めた祈りは…続かない。
意志で始めた聖書通読は、続かない。

意志以外の力が及ばない限り、自分は変われない。
神様の力が、必要なんだ。

そんな僕にできるのは、「選ぶ」ことだけだ。

神様の方を向く、そんな選択だけ。

でも、それでいいんだと思う。
何度失敗しようが、また、向けば。

笑い顔だろうが、ふくれっつらだろうが、泣き顔だろうが、どんな顔でも。
神様の前に顔を向けるのが、きっと必要なんだろう。


「へなちょこ兄さんのバイブル行脚記録」

ヨシュア6-10。さあ、きましたよ若干苦手な歴史の箇所が。
神様助けてくださいね。


★あとそうそう、思うところあって、ブログランキングにまた参加してみます。
今度は加入しているFC2ブログのやつに。

クリスチャンのカテゴリは無かったので、
とりあえず「スピリチュアル」配分を多めに設定したものの、
このブログのどこにそういう要素があるのか、とも思う(笑)

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続ける力―仕事・勉強で成功する王道 (幻冬舎新書)続ける力―仕事・勉強で成功する王道 (幻冬舎新書)
(2008/03)
伊藤 真

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★『続ける力』という本を読んだ。

司法試験受験のための塾を長年されている著者が、
物事を続けていくための力を、どうやって引き出したらいいかと教えてくれている。
三日坊主の王様みたいな僕にとって、ヒントがたくさんあった。

僕らは思い立って、いろいろなことを始める。
継続は力なり、って知ってはいるから、はじめは意志を振り絞ってがんばる。

でも、続けられないことの方が多い。それはなぜだろう?
この本によると、どんなことでも自分が目指すレベルに至るまでには、
必ず「退屈で単純なプロセス」があるから、なんだそうだ。

では、そんな単純作業を投げ出さずに続けるには、どうしたらいいのか?
まずは、やるべき項目を絞れるだけ絞って、
退屈さのハードルを下げるのが有効みたいだ。
飽きるぎりぎりの分量にしておくってことかな。

それから、これは僕もすごく納得したんだけど、
「例外」を「原則」に変えると、やるべきことを続けられるらしい。
人は、「例外」が続くのは習性としてあんまり受け入れられない。
どこかでいつもやっている「原則」、慣れた生活のリズムに戻りたがる。

だから、自分の側の意識を組み替えて、
やるべきことを「習慣」の中に取り込めたら、
もうそれは、やるのが当たり前のことに変わる。

歯磨きや入浴と同じくらい、当たり前のことに。
生活の一部にしちゃう。

歯磨きやお風呂だって、考えてみれば相当単純作業だよね。
でも、やらない人、入らない人はめったにいない(笑)

いずれにしても、課題となるものを、何とか克服しようと思うのではなくて、
自然と自分の中に組み込むようにするのが、続けるコツみたいです。

(僕にとっては、このブログもそうなりつつあるかもしれない。
わりと普通に、仕事から帰ってしばらく休んだら、コンピュータに向かっているし。
なんでブログだけ日常の一部になったかはわかんないけど)。


…あと、続けていくためには、動機も大切なんだって。
やはりモチベーションは「他の人の益」を考えるとき、上がってくるようだ。
自分が得た資格や能力を、周りの人のために使って、
喜んでもらえるからこそ、何かを続けて学びたいって意欲も出てくる。

ということで、相変わらず下手なまとめですが、
飽きっぽくて何にも続けられたためしがないという方に、おすすめの一冊です。



「へなちょこ兄さんのバイブル行脚記録」

創世記4-7章。これって本当に、聖書全体を行き来する読み方だねー^^






★諸々の事情があって、三月末から一人暮らしをすることに決まった。
もともと、現在も、仕事や生活の土台をつくるためのリハビリとして
実家に甘えてしまっていたわけだ。

ここへきて、ようやく自分だけでやっていく時期が来た。

とはいえ僕は高校の頃から家を出て、寮で暮らしていたし、
東京にいた頃は風呂なしアパートの生活で、流しに体を押し込め、
湯沸かし器をシャワー代わりにしていたこともある(笑)
独立生活そのものの経験がないわけじゃない。

でも、長いこと神様を知らずに、流れ流れて過ごしていたあの頃は、
ただ、生きていただけだったと思う。

その、生きていることにさえ、懐疑的だった。

そうしてみたら、今回のチャンスは、自分の生活を自覚しながら取り組む、
初めてのことになる。三十路過ぎて、初めての。

楽しみでもあり、未知の不安もちょっぴりあり。

何しろ、家事全般をいいかげんにして、本ばかり読んできたツケがまわって、
未だに洗濯の仕方とか、よくわからないんだ。恥ずかしながら。

どれとどれを一緒に洗っちゃいけない…だとか^^;
色の濃いものと薄いものを一緒にしちゃダメなんだっけ??

食事にしても、以前はできあいの出鱈目なものばかり食べていた。
よく体をこわさなかったと思う。
冗談抜きで、朝昼晩、納豆ごはんとか、
昼ごはんがプリン1個に煙草7、8本とかね(笑)
むちゃくちゃやっていた。今思うと人体実験だ。

でもこれからは、神様からもらった体を、管理する務めがある。
健康のためなら死んでもいいわけじゃないけれど、
できる範囲で気をつけていきたい。

料理もできたら簡単なものを自分でつくりたい。
一汁一菜とかでもいいからさ(修行僧か?)

…生活全般の目標としては、
ひたすら”シンプル”にしていこうと思っているのです。

家財道具も服も、本も、できるだけ少なくする。
ここは旅の途中を過ごす場所で、自分は寄留者だと、改めて自覚していく。

片付けも苦手分野なので、なるべくごちゃごちゃしたくないというものあるし。

…一人になるって、自由度も増すだろうけれど、
タガがはずれてしまわないか心配。
自由には、責任が伴います。

ますます神様にしっかり見ててもらわないといけないよねー。



【へなちょこ兄さんのバイブル行脚記録】

今日はローマ書1-2。大好きだー、って好き嫌いの問題じゃないか^^
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