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Hold Me Jesus 2

北海道在住のジーザスフォロワー・taikaのブログ。CFNJ聖書学院にて研がれる日々。

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★昨日の晩のチャペルコンサート、なかなかの盛況だったらしい。
僕は仕事が立て込んでしまい、行けなかった~^^;
ついでにブログも書けなかったあ~。

でも代わりに、驚くべき人が足を運んでくれたらしい。

それは…うちの父だ。

教会のAさんと父が知りあいで、僕の知らないところで
密かに誘っていてくれたらしい。Aさん、感謝です!

家では全然そんなそぶりもみせてなかったのにね。

それにしても、「教会にはどうしても抵抗があるなあ」と
語っていたあの父が。信じられないっす。

歌とチェンバロの調べを聴いて、
賛美と賛美の間の証を聴いて、父は何を思ったんだろう。

神様は、想像もつかないことをされる方だなあ。




★今日でブログ更新5ヵ月に至ったわけですが
(昨日は書いてないっすね)。


思うところあり、明日から一週間ほど更新をお休みします。
毎日書くという原則には変わらないけれど、アップをちょっと控えます。

お休み期間が過ぎたら…一気に更新します(笑)
いったん、公開を前提としないで、考えてみたいことがあるからです。


…僕は時々、信仰においてエアポケットのような場所に落ち込んでしまうことがある。
神様にどう向き合ったらいいのかわからなくなることが。

今回は「神様が与えてくれる自由」についてひたすら考えているうちに、
足が止まった。委ねたらいいのにね、ほんと(笑)


軸が、強い風にあおられる。

僕は超いいかげんな人間だ。
けれど、神様のことだけはなるべく適当にしたくない。
それは大げさに言うと、僕の生き死ににさえ関わる問題だからだ。

エアポケットの時期に入ると、僕は混乱する。
外へ出ても、どんな態度で過ごしたらいいかわからなくなって、
各方面に程度の差はあれ、迷惑をかける。

家ではひたすら横になっている。
祈りに似たような、思考に似たような想いが胸をかけめぐる。


今回はそれが数日続いた。
ついさっき…抜けた。
抜けたときは、それとわかるんだ。

そして改めて、文章の大切さに気づいた。
こうやって、荷物で雑然となった倉庫のような考えを、
書くことで整理できるのは、大きいな。



…今はちょっとすっきりして、
思うにまかせないことの全てを、神様に分かち合って欲しいと、
再び願っている。


何かすんません、話が抽象的で(笑)


ということで、また一週間後にお目にかかりましょう~。
今日礼拝で聞いたS先生のメッセージも、
とても良かったのでまとめときます。

って、どちら様への挨拶?



★「エアポケットのバイブル兄さん」

第二コリント6-8章。



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★短くいきます。

僕は神様を自分の見たいように見ていたんだなと、
改めて最近、思った。

だから目を覚まさせるために、
時に神様はまぎれもない「リアル」を、
僕に見せてくれるのだろう。

そのたびに「はっ」として、
神様の大きさに気づく。

大きすぎて、大きすぎて、
わからなくなってしまうぐらいだ。


でも、そこから目をそらしても、
仕方がないんだろう。きっと。




「兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、
思い起こしてみなさい。
人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、
能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。
ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、
世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、
世の無力な者を選ばれました。」


(コリントの信徒への手紙 1:26-27
新共同訳・読みやすくするため、改行しています)


この聖書の箇所は、僕が本当に好きなところだ。
何回読んでも、神様ありがとう!という気持になる。

自分に力が無くても、取り立てて人目をひく能力が無くても、
神様のまなざしに変わりはない。

というより、むしろ僕のように無力な者を、
しっかり見つめてくれている気がする。

この箇所に惹かれるのは、コンプレックスの裏返しだ。

僕は、特別であること、個性的であることに、
昔から価値を見出してきたんだ。

目立つこと=受け入れられ愛されていると、
どこかで信じてきた。

そうして頑張っていないと、
ロウソクの火が消えるみたいに、自分の存在も
薄れてしまう恐れを抱えていた。


だからある時は勉強に打ち込んでみたり、
芸術の波打ち際で走り回ったり、
過剰に「面白さ」を追及してみたりした。

…人と違うと言われたかった。

どれもこれも中途半端に終わり、
特に突出した部分も無いまま、
僕はこの場所に立っている。

無力といえば、無力だ。
何も誇れるものは無い。

それでもいいと、神様は言ってくれる。


むしろ人の力により頼まず、
神様にしか頼れない、へりくだるしかない者に、
まなざしを向けてくれる。

自分の力に酔いしれて、奢る者に対するより、
ずっとはっきりしたまなざしを。


僕には、まだそれを本当に受け入れるのは難しい。

どうしても、目立つ人、
他の人を惹きつける人に、価値を見出してしまう。
悪い癖だと分かっていても。


そんなとき…何回でも上の言葉を思い出そう。
人の評価と、神様の評価とは違うことを。

もちろん、多くの人々に影響を与える人を、
軽視しているわけじゃないよ。全然。

例えば、クリスチャンでも、大勢の人の前で福音を
述べ伝えたり、心を打つ賛美ができる人たちがいる。

掛け値なしに素晴らしいと思う。その才能と役割が。
それも、神様から与えられたプレゼントだから。

ただ、もう一方で、
僕のように名も知れない者でさえも、
神様は忘れることなく、何かの役割で用いてくれるという約束を、
忘れたくないと思う。

忘れそうになることもあるけれどね、時々は(笑)
何しろ妖精なみの存在感なので^^;


★「僕は目立たぬバイブル兄さん」


ヨブ記37-38章。



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★休日。午前中はCFNJ聖書学院のリサーチから始まる^^
サイト内に「20年の歩み」というタイトルで映像が配信されていて、
30数分のそれをじっくり観る。いいなあ。

この学院の良いところは、学びもさることながら、
実際の訓練に重きを置いている点にあると思う。

頭でっかちな僕に一番欠けている実際の行動を、
させてもらえそうな気がする。

…自分にいわゆる招命感があるかは、わからない(笑)
フルタイムで仕えるように語られました、
というはっきりした招きは、まだない。

もっと言うと、集団生活に向いているかさえも、わからないんだ。


ただ、何か惹きつけられるんだよね。
そのことが頭のどこかから離れない。
不思議でしかたない。

いずれにしても、僕のこれからは神様が決めるのだし、
流れを見据えていくしか、今はできないよね。



それから恒例の図書館巡りに向かう。
本に囲まれていると、とにかく落ち着く。
黙っていられるのも何だか嬉しい。

普段、仕事場で否応なしに喋る生活をしているので、
1人で静かにしていると古巣に帰ったような気持になる。


昼過ぎに家に帰って、借りた本を眺めながら
ベッドでごろごろしているうちに、寝入ってしまった。
サナギ、あるいは餃子のように、布団にくるまって(笑)

目が覚めたら晩の7時は軽く過ぎている。
こりゃいかん…。
昔引きこもって、昼夜逆転していた頃のことを思い出した。

それにしても、今晩眠れるかなあ~^^;



★「サナギになったバイブル兄さん」


詩篇53-55章。


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★今日は告知であります。


うちの教会で、今週の5月30日(土)、
チャペルコンサートが開かれます。

「歌とチェンバロの調べ」と題して、
ソプラノの歌い手、真部恵子さんと、
チェンバロ演奏の森洋子さんが演奏してくれます。

プログラムには賛美だけでなく、
日本の懐かしい歌や、バロック音楽も含まれており、
バラエティーに富んだ内容です。


開場18:30、開演19:00。
入場料は無料です。

帯広市内、近郊にお住まいの方、
どなたでも聴きにいらしてくださいね~。



帯広バプテスト・キリスト教会へのアクセス




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★しばらく前から、「その日一日決算主義」を取り入れて生活している。
明日のことは神様だけが知っている。
僕の思い通りにはならないけれど、何かしら意味がある。

そう信じて、委ねる練習をしているんだ。
うまくいかないこともあるけれど。

仕事場にいると、毎日、何かしら予測不能な出来事が起きる。
理不尽としか言いようのない板挟みもある。

神様の想いは大きすぎて、深すぎて、少なくとも僕には計り知れない。
「わからない」ということが、一番誠実な答えになることがある。


それでも、神様のことが頭から離れない。
自分がこうして過ごしていることの意味を、他にどこへ求めたらいいか、
わからない。

いろんなノイズに耳がふさがれて、
神様が語りかける声が聞こえにくくなってしまうこともある。

それでも、神様の声はかき消されることはない。


つくづく思うけれど、僕は別に、信仰篤い人間じゃないんだ。
(まあ、だれもそもそも、僕が信仰篤いとは思ってないか・笑)

ホーリーでもなければ、怒りや寂しさも普通に抱える、
世間知らずの兄ちゃんなんだ。

その兄ちゃんに、神様からの無償の恵みが
降り注いでいるだけだ。

そこが半端なくすごいと思う。
しかも僕だけじゃなくて、誰にでも等価に、
その恵みは開かれている。
気づくか気づかないか、そんだけ。


…結局のところ、生かされている。

そういうことなんだよね。煎じつめたら。

僕はあれこれじたばたする。
自分、自分と騒ぎ立てて、何とかその日の痕跡を、
刻みつけようとする。

そこまであがく必要は、実は無いのかもしれない。

生かされているんだからさ。



…「神様に生かされている」。
その点だけで見たら、僕らは皆、本当に同じ船に乗っている。

そしたら何で、争う必要があるんだろうね?(笑)


今はただ、与えられた今日を生きるだけ。
時にだらけたり、失敗したりすることも含めて。


…何だか眠くなってきました。
僕の「今日」は、もうじきおしまい。




★「生かされているバイブル兄さん」

出エジプト記21-24章。



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★今日の礼拝メッセージは、信徒説教ということで、
N先生(本当に学校の先生なのでこう呼びます)がしてくださった。

テーマは、「献金について」。


僕らの教会は、松崎先生を迎えるまでの1年半、
無牧師の期間を過ごした。
協力牧師のS先生や、それぞれのメンバーの献身があり、
何より神様の護りがあって、教会の活動を維持できた。

ある意味で、階段を一段昇れたと思うし、
結束も深まった。

神様は、僕らの信仰の成長を願っている。
キリストの高さに至るまで。
言いかえると、give&give…
与え尽くす無償の愛に近づいてほしいということになる。


体の成長に食事が不可欠なように、
信仰の成長にも、必要なものがある。
それは礼拝だったり、イエス様を伝えていくことでもあるんだけれど、
その中に「献金」も含まれているんだ。

理由は三つのポイントに分けられる。



1.与えることの重要性を知ることができる。

バイブルの中に出てくる語句を数え上げてみると、
「信じる」は272回、「祈る」は372回、
「愛する」でも714回なのだそうだ。

では「与える」はどうかというと、
何と、2162回も登場するらしい。

それほどまでに、神様は与えることを重要視されている。

神様からあらゆるものを与えられている僕らが
差しだせるものは、思いであり、時間であり、お金だ。

もらおうとばかり思っていては良くない。
神様がしてくださるように、まず、自分から与えるのが大切なんだ。

2.お金をコントロールする術を知ることができる。

言ってしまえばお金は道具だ。
でも、富は人を支配したがる。

だからこそ、バイブルにも、
「人は神と富とに、同時に仕えることはできない」と書いてあるんだ。

僕らが得るお金も、そもそも神様から来たもの。
捧げて、お返しすることで、必要以上の富の呪縛から解き放たれる。

3.献金を通して、伝道の業に参加することができる。

全ての人に福音を述べ伝えてほしい。
それが、神様の願いだ。

そのためにも教会は存在するし、世界に旅立つ宣教師もいる。
僕ら全員が外国に出ていくわけにはいかないけれど、
献金を通して、そのサポートをすることはできる。

それは、特権と言ってもいいほどに大きなものだ。



以上のような理由から、大切な献金。
僕らの教会では、10分の1献金を、励まし合って目標としている。
もちろん、それを捧げなければ
神様から認められないとかいうことではないよ。

どうしても捧げられない時だってある。
それも全然、構わない。

教会によっても、献金についての位置づけは色々と
あるはずだから、あくまでうちの教会では、ということだけれどね。


献金…それは、強いられてではなく、自発的に捧げるためのチャレンジだし、
神様に信頼して、生活を委ねていくための練習とも言える。


特にクリスチャンでない方には、
献金に対して抵抗がある部分もあるかもしれない。
「結局はお金ですか?」みたいなね^^;

でも、そうじゃないんだと、今日のメッセージを聴いて、
わかった気がする。ちゃんと意味があるし、
本人の自発性を、神様はしっかり尊重してくれているとも思った。



礼拝後は愛さん会で、皆で大変旨いカレーを食べる。
デザートのシュークリームも美味しゅうございました。



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それからは期せずして卓球大会が始まる。

ラリーがいまいち続かない、不思議なスポーツと化し、
いつも誰かが玉拾いしていた。


BGMはもんぶらんのギター。
途中、小さな子にカゴをかぶせられてみたり、
座布団を頭に載せられてメキシコの人に近づいてみたりと
やられっぱなしの彼(笑)



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…夕方は、意を決して髪を切りに行く。
何故か苦手な散髪。

床屋さんと何を話したらいいかわからないし、
首の辺りをいじられたら笑い出しそうになるのも辛い。

行ってはみたものの、案の定の展開だった^^;


僕はいつも、カットオンリーで2000円というコースを選んでいる。
床屋のマスターは大変仕事が丁寧な人なので、
これでも安いぐらいだ。

ところが今日は雲行きが違った。

途中から、椅子が横になって、
マスターが顔剃りの準備を始めたんだ。

「まずい!マスター勘違いしている!」と思ったけれど、
顔に剃刀があたっていて、いろんな意味で何も言えず(笑)


顔剃りも含めた一通りのコースは、3700円でござる。
財布の中には確かそんなに入ってなかったはず…。
主よ~!と思いました。

全部終わって、マスターにその旨を伝え、
足りない分は取りに行きます、と言う。

マスターは「自分の勘違いで全部やっちゃったからさ、
今日は割り引。ある分だけでいいよ~」と言ってくれた。
その代り、また来てね~、と。

ポケットの奥の小銭までつまみ出し、
3300円をお支払いする。

マスター本当にありがとう!



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履歴書風のわたくし。


というわけで、何故かお金について考える一日でした~。



★「産毛も剃ったよバイブル兄さん」


第二コリント4-5章。



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★ここ何日か、職場スタッフの胸の内を聞く機会が数回あった。
そこでカウンセリングのように話を聞きながら思ったのは、
「人と人とが分かりあうのは、本当に難しい」ということだ。

それぞれに立場があり、理想があり、性格がある。
こちらが良かれと思ってしたことが、
相手に違ったように受け止められてしまい、
切ない行き違いが生じたりもする。

人間関係って、必要不可欠なもののはずなのに、
なぜこんなに簡単じゃないんだろうね?
何かの修練みたいに。


あと話の中で特徴的なのは、
「他の人から自分がどう思われているか」が
判断基準になっているところ。

いわゆる一つの共依存だ。


僕も昔からそんな傾向が強かったから、よくわかるけれど、
これは…本当につらいんだよね~。

いつも変わる風向きに、翻弄されっぱなしで息つく暇もない。
自分を殺して過ごしているから、生きる意味さえ見失いそうになる。

個人的に、根っこの原因となっていたのは、自信の無さだと思う。
「ほんとにこれで大丈夫?
皆に迷惑かけてない?誰か怒ってない?」って、
どこかでずっと感じている想い。

疲れる!!



神様を知って、かなりそんな想いは薄れてきた。
まだ「良い人」を演じようとしたり、
他の人の機嫌をとるために自分の気持を抑えたりすることも
無くはないけれど、前と比べて激減した。

与えられた個性を受け止めて、あまり人と比べなくなってきた。
移り変わる流行なんか、心からどうでもよくなってきた。
知識としては仕入れるけれど、乗っからない。

皆が見てるから、
皆がしているから、
皆が聴いてるから、自分もそうしなくちゃいけない。

よくよく考えたら…なんで?根拠はあるのかな?

というか「皆」って、誰?


バイブルを読んでいると、イエス様は見事に他人に媚びていない。
言うべきことは言うし、すべきことはする。
神と人とを愛するためなら。

空気なんて読んでない(笑)


かといって、孤立もしてなければ、
独りよがりでもないんだ。
イエス様を慕って、人々が列をなしてついて行くほどだった。

この態度、姿勢、かっこいいよね~。
まじで僕も、ついて行きたい。


どうやったら、そんな風に人に接することができるかは、
まだわからないけれど^^;


…まずは絆を一本、イエス様とつくるのが大事なのかもしれないね。
そこで得る安心が、他の人からどう思われても構わない自分を形作る。

素の自分が受け入れられている場所が一つでもあったら、
それほど気負わずに他の人と接していくことができるのかもしれない。


と、現時点でまとまらない考えを抱えつつ、
先へと進んでまいります(笑)

それこそ「皆」が、神様につくられた自分になっていけたら、
いいのにね^^



★「バイブル兄さんは人の顔色なるべくうかがいたくない」


マルコ15-16章



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★昨日に引き続き怒涛の一日。
全てのエネルギーを放出し、眠い度は最高潮に差し掛かっている。
しかし眠い度って。
「おらぁグズラだど」みたい(笑)


こんなへなへな状態でブログを書いているのが切ない。
数多くのブログの中から、せっかくここに遊びに来てくれた方に
申し訳ないではないですか。


ということで、一つお土産を持って帰っていただければと思います。

「人との関係がこじれそうな時は、
勇気をもって、なるべく当人と話すようにする。
その場しのぎの嘘を言わないで、正直に向き合う」。

昨日から今日にかけて、僕が学んだ教訓だ。

あらゆることに応用できるわけじゃないだろうけれど、
今回の、職員間の行き違い・誤解には、見事に効いたよ。


それも、神様がバックアップしてくれているからこそ、
できたんだけど。


陰であれこれ言ったり、欠席裁判みたいなことをする
より、よほど良いと思うよ。


では…おやすみなさい~zzzz

.


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★今日は日中の業務、夕方からの会議、
晩は仕事場の食事会と三連コンボが決まった。
帰りついたのは11時過ぎ。さすがに寝まっす。


…職場の人間関係というのは、本当に難しいね~。
特に自分と価値観の違う、感じ方の違う人たちと、
同じ目的を共有しなくてはならない場合は。

本日も、大きな行き違いがあり、
スタッフ同士、首をすくめて仕事していた。

晩に、それを解きほぐすべく、僕も入って話をした。
具体的に書けなくて、ちょっとアレですけど^^;

何とか誤解も解け、
ボヤの段階で火を消し止められました。

神様がいなかったら、僕まで感情的になっていた
局面だった。
それを外側から見つめられた。

ありがとう~!



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久しぶりに、カレンダー用の絵を描く。
相変わらずわけのわからぬ感じに(笑)

…主題とかも何も、ないもんなあ^^;
楽しかったら、いいってことさ~~。


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…利用者さんに首をひねられつつ、
色をつけてもらえるのが、楽しみです。




★「バイブル兄さん、お絵かき兄さん」


詩篇51-53章。



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★ツトムが素晴らしい旅をしている。
Shine Like Stars Tour。
他に代わりのいない大切な仲間と共に、アメリカの各地をまわり、
本気で神様の前に立ちあがった人々に、火をつける。
輝きをまき散らす。

その旅の片鱗…集会やメッセージ、賛美が、
どんどんツトムのブログにアップされている。
勢いに圧倒される。
かなり厳しいスケジュールだと思うけれど、
この、満たされた感じはどうだろう。
神様だけを見上げる姿勢は、どうだろう。

片田舎でそれを見つめる僕は、打たれてしまった。


…最近、ようやく人と自分をそれほど比べなくなった。
神様が熟慮の末に、この個性をくれたんだから、
僕は僕を生きればいいんだと。

だから、以前だったらジェラシーに駆られていたであろう、
情熱的な彼らの姿を見て、今は励まされる。

僕も、できることから始めていきたいし、
与えられた小さなことに、忠実になりたい。そう思わされる。


少し、フォーカスが神様からずれていたとも思う。

神様抜きにして生きる自分など、もはやあり得ないのに、
気持が内へ内へと向いていた。

その心の探求も、もちろん無駄ではないけれど、
やはり…神様に何回でも目を向けていくしかない。


そして伝えたいと願う。シンプルな真実を。
僕も受けたものを。何年も手の中にある宝に気づけずに、
行きつ戻りつしたけれど、ようやく実感しつつあるこの事実を。


…僕らは神様に愛されている。
神様の子が、命を賭けてくれたほどに。
他の誰が、僕らのためにそこまでしてくれるだろう?


その愛を。


他でもない、あなたが受けられるんだ。
条件なんて全くない。ただ、気づくだけ。
神様の指は真っ直ぐにあなたを指している。
代わりなんていない。


今、この文章が書かれたモニターを、暗い気持ちで見つめている人。
先に不安を覚えている人。
生きている意味が見いだせない人。
神様にも他の人にも、差し出すものが何もないような人。

でも、愛されているんだ。
「愛」なんて、口はばったいかもしれないけどさ。


そんな到底信じられないような奇跡が、すぐそばに、いつでもある。

できれば、手にとってほしいんだ。

あなたに笑ってほしいし、
元気になってほしいんだ。

僕がかつて、そう願われたように。
顔を見たことのない、あなたに。


僕には勇気がない。とんだへなちょこ野郎だ。
この想いを、まだ道のど真ん中で叫ぶことができない。

こうして一人で、文章を紡ぐのが、精一杯。
すごく悔しい。自分のシャイ加減に腹が立つ。
本当は、直接言いたいんだよ。


でも誰かに届いてほしい。
神様を知っている人はもちろんだけど、できたら知らない人に。
変わりたいけれど、変われない人に。


あなたがくぐってきた過去も、現状も、神様だったら、
目をそむけたりしないよ。

しっかりと見据えたうえで、それでも、
「わたしはあなたを愛している」と言ってくれる。


本当に。
そういう方が、いるんだよ。




★「神=愛、バイブル兄さん」



第二サムエル 5-9章。



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ひとがた流し (新潮文庫)ひとがた流し (新潮文庫)
(2009/04/25)
北村 薫

商品詳細を見る




★久しぶりの月曜休み、連休。
ひたすらに満喫しようと、午前中は昨日買い求めた
北村薫の「ひとがた流し」を読む。
後半、主人公は過酷な状態に入っていくのだけれど、
ある出会いが全てをひっくり返す。そこが素晴らしかった。
女の人同士の友情も。

北村さんの小説は観察眼に裏打ちされた
とてもリアルな描写に満ちているが、
いつも「こういうことは、本当に起きるかもしれない。
奇跡に似ているけれど、時には起きるかもしれない」
と思わせる、一抹の希望があって大好きだ。

この小説は、僭越ながらアラフォーの女性に強くお勧めしたいです。
僕も最後には泣くしかないところまで追い詰められました(笑)



昼過ぎに車を駆って近くの銭湯まで行く。
冬でもシャワー派の30男が、久しぶりに湯船に入った。
周りを見れば中高年のおじさまパラダイス。
男ばっかり(当たり前だよ)。

床に座り込んでひたすら太ももを洗う者あり、
静かにスキンヘッドを磨く者あり。

しみじみと長湯したら、湯あたりしました(笑)



…晩は古代日本史に妙に通じた23歳・もんぶらんと共に
教会のMさんの家に伺い、ご飯を頂いてきた。



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スパゲティーとローストビーフのサラダ、美味しゅうございました。
胃が握りこぶしぐらいの大きさしかない僕も、しっかり全部食べられた。

もんぶらんは大好きなMさんの家ということもあり、
大はしゃぎで口から言葉を放出させる。
マーライオンばりにね(笑)

それこそ古代日本史から様々な宗教の話、
結婚についての話ではMさんの馴れ初めを聞き、
行ったこともない場末のスナックの常連客を形態模写してみたり、
やりたい放題だ。

3人で爆笑しながら過ごす。



食後に、体にいいからと、皆で青汁を飲んだのもすごかったが、
その後、「コーヒーもどうぞ」ということでありがたく頂戴したときのこと。

僕は軽口をたたいて、
「いやあ、僕らコーヒーがガソリン代わりですから嬉しいですね~」。

そして黒いTシャツを着ていたもんぶらんを差し、

「この子なんて朝は白いシャツだったのに、コーヒー飲み過ぎて、
終いには滝みたいにざぶざぶ浴びて、今は全身真っ黒ですから」

すると…もんぶらんが立ち上がってこう言った。

「でも大事なことはちゃんと残るもんです。
ほら、見てください!」





くりーんと振り向くとそこには…、



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オレ、メタボ。


笑った笑った。あはは。

放ったパスできれいにシュートを決めてもらい、僕も大満足。
って…僕ら芸人?


そんな具合に楽しい時間は過ぎ、真っ暗な道をしばしドライブして帰ってきた。

またぜひ、一緒にご飯食べましょう!
Mさん、ありがとうございました^^
神様、ありがとうございました^^



★「メタボじゃないよバイブル兄さん」

出エジプト記17-20章。



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★今週の礼拝メッセージは、
「想い煩わず、神様に気持を打ち明けていくことの大切さ」についてだった。


「どんなことでも、想い煩うのはやめなさい。
何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、
求めているものを神に打ち明けなさい。
そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、
あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって
守るでしょう」


(フィリピの信徒への手紙4:6~7 新共同訳)


今日の聖書箇所は、多くの人から愛されているという。
松崎先生も、若い頃からこの言葉に励まされてきた。

フィリピの信徒への手紙には、感謝と喜びが満ちている。
しかしそれを、筆者のパウロがどこで書いたかというと、
なんと「牢獄」の中でだった。

牢屋にいる人に、「想い煩わなくていいよ」と言われても困る。
まずご自分の心配をされてはいかが、と思ってしまう。

パウロほど伝道への情熱に満ちた人が、
投獄でその働きを制限されるなんて、とても辛いことだと思う。

でも、どんな境遇に置かれても、パウロには余裕があった。
イエス様への信頼があった。



その姿と言葉は、たくさんの人を勇気づけてくれる。
学生時代の松崎先生も、そのうちの一人だった。

…先生がクリスチャンになりたての頃、
学校に行くのも嫌なくらい、ナーバスになってしまったことがある。

通っていたのはアメリカの高校だ。
当時、アジア人はほとんどいなかったという。

友人も多くない、英語もそれほど得意ではなかった先生にとって、
一番辛かったのは、ランチの時間だった。

他のクラスメイトたちがそれぞれ気の合う仲間と連れだって
昼食をとる間、先生は孤独感に苛まれることが多かった。

「なんであいつだけ一人なんだ?」
周りからのそんな視線も、気になる。

たかがランチと思われるかもしれないけれど、
そのいたたまれない感じは、本当に大きかった。


耐えられなくなった先生は、ルームメイトのフィルさんという人に、
自分の想いを打ち明けた。

するとフィルさんは聖書を取り出し、
上に挙げた聖句を読んでくれたのだそうだ。

人知を超える神の平安が、自分にも与えられる。
先生の心のしこりが、その時和らいだ。

そして二人は、祈った。
想い煩いを、そのまま神様に。


次の日のことだ。
神様への期待と少しの不安が入り混じりながら、先生は食堂へ向かった。

なんと、そこに待っていたのは、三人の友人たちだった。
駆け寄ってきた彼らは、先生にこう言ったそうだ。

「ジュン、一緒にランチしよう!」


先生はこの瞬間、
「これは偶然じゃない。聖書の言葉通りのことが起きた!」と
確信できたという。


…もちろん、祈れば何でも僕らの思い通りになるわけじゃない。
すぐに解決しないことはいくらでもある。
それは祈りの量が足りないからでも、祈る人に問題があるからでもなく、
神様がさらに良いことを用意してくれているからだ。

僕らにとっては一見、好ましくないように見えることでも、
神様はベストな結果をもたらしてくれる。

いつでも、僕らの願いに耳を傾けてくれるし、
日常のどんな些細な出来事にも、関わってくれるんだ。


大きなことは何も起こらなくても、
いつもの出来事の中に、神様の奇跡はちりばめられている。

その一つ一つを幸福な偶然ととるか、
深い意図に基づくものとしてとるかによって、
僕らの信仰のあり様は、変わってくる。


…なぜ、パウロは「想い煩わなくていい」と語ったのだろう。
それは、あらゆることを神様が支配しているからだ。
その神様に、僕らの全てを熟知している方に、
ありのままの想いを、打ち明けられるからだ。

しかも神様は、僕らをこれ以上ないくらいに愛してくれている。

だからこそ、あれこれ心配事を抱えずに、
それを神様に手渡していけるんだ。



そういえば今日、チャーチに若い方が来てくれて嬉しかった。
先週のDLCで、「まずはいろんな人と知り合いになりたいよね」
と願った矢先のことだ。

これも決して、偶然じゃないと思う。
神様は生きて、今日も働かれている。



★「バイブル兄さんはなるべく想い煩わない」


第二コリント1-3章。


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★時間に追われているくせに、あれもこれもやりたいことが多い。

そんな僕が、少しずつでもいいから取り組みたいのが、英語だ。
時々、英語学習の炎が燃え上がって、
NHK基礎英語のテキストなど買い求めるんだけど、続かない^^;


せめて耳から、と思い、
ずっとKBFのロブ先生のバイリンガルメッセージを聴いたりしている。
なぜだかこの種のメッセージだけは、
通訳を聴く前に、中身がなんとなくわかる(笑)
不思議だ。


で、今思いついたけれど、英語で聖書を読んだら一石二鳥
かもしれないね~。


…昨日の祈り会の帰り、nanoに車で送ってもらう最中、そんな話をした。
すると彼女はこう言った。
「自分でお金を払ったら、真剣に身につけようと思えるよ~」。

nanoも個人教授でピアノを習っている。
身銭を切ることの大事さを、知っている。
せっかく投資した分を、みすみす失うのはもったいないもんね。

とても納得したよ。


まだそれを参考にして、どう動けるかわからないながら、
緩やかに、英語への道を歩き始めようと思う。



★「なぜ英語なの?バイブル兄さん」


マルコ13-14章。



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★仕事場の利用者さんが、空いた時間にこつこつと作ってくれた
オリジナル貼り絵、とうとう完成しました~。
個人的にイエ~イ!

帰りに他のスタッフさんが「できました」と皆の前で広げてくれた。
期せずして拍手が起きた。
「あたし、あの腕の辺り貼ったのよ」なんて言う利用者さんもいてくれた。

別になんて事のないイラストなんだけど、
描いた身としては嬉しかったよ。

皆が一つのものを完成させる、
そのささやかな場をつくれたのが。



hmj14-harie.jpg





★晩は金曜日恒例のDLC祈り会だ。
もんぶらん、nano、僕…途中からhokusakuも加わってくれて、
気楽に語りまくる。

松崎先生がおとしてくれたコーヒーを飲みつつ、
DLCの今後の活動方針をまとめたり、
それぞれがグループに求める想いを聞いたりした。

贅沢だね~。


…話の合間になんと、hokusakuが誕生日のプレゼントをくれた。
ギターのピック、2枚。この不意打ちには感激しました^^

「手紙もつけたらよかったですよね~」とhokusakuは
言っていたけれど、何の何の。
このピックが紛れもない手紙だったよ。ありがとう!

大事に使います^^


それを横目で見ていたバーチャル市長こと、もんぶらんは、
「じゃあボクもお祝いの歌をつくります」と言い、
ギターをつまびきだした。

びっくりするほど適当な歌が始まる。


♪る~るるる~ るるる~
タイカが~ 32歳になったよ~
嬉しいね~


これを歌詞とは裏腹に、
たいして嬉しくなさそうな調子で歌うという、
離れ業を見せてくれた(笑)

「ちょっとは、嬉しくなくもない」
「でも、とても嬉しいわけでもない」
その気持がありありと感じられるあたり、
やはり才能だと思います。


で、家に帰ってきて遅めの夕食を食べたら、
何だかギザ眠ゆす(誤用)になってきたので、
今日はもう、寝まーす。



★「あのピック、嬉しかったな、のバイブル兄さん」


エレミア22-26章。



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★こうして日々、ブログを書かせてもらっていて思うのが、
「僕って自分のこと、書き過ぎ?単なるナルシスト?」ということだ。

文章の中で二言目には「自分」って言っている気がする。
神様を伝えたいと願っているはずの場所でね。

うざくないすか?皆様?
別に顔色みているわけじゃないけれど…^^;


だからといって、この文章はただの自己宣伝なのかと問われると、
それもまた、違う。
さすがに全世界に向けて高らかに告知したいほどの「自分」はないっす(笑)
ただの田舎の兄ちゃんです。

そのことを晩によく考えてみて、
今のところの結論が出た(暇なんですね)。


「僕」「自分」が頻出するのは、できるだけ正直でありたいからだ。たぶん。
誰かの言葉や、本から得たもの…受け売りだけのものじゃなくて、
一次情報を伝えたいと願っているから。

今の不完全な僕が信じている神様を、
できるだけリアルな形で残しておきたい。

それが誰か一人の心でも打てて、
神様を知りたいと思ってくれるとしたら、本望。


ただ人を神様の方へ引き付けるために嘘をついていいんだったら、
いくらでもそれらしいまやかしを紡ぎだせる。
よく雑誌の裏表紙についてるような広告みたいに。

「神秘の十字架…持っているだけでキミもモテモテ君に!
2週間で彼女ができました!
金と銀、ダブルで購入すればさらに運気もアップ、
20代前半で年収1000万も夢じゃない!!」とかさ(笑)

こんな、どこからどうみてもインチキ丸出しのキャッチコピーでも、
現世利益のアロマに引き寄せられる人がいると思う。

でもそんなことをして何になるというのだろう。


「僕」が一次情報として神様を伝えたいと願っていることも、
ひょっとしたらあんまり意味はないのかもしれない。

もう毎日、どっかこっかに頭をぶつけているし、
みっともない姿をさらしているからね(笑)

神様ファミリーの足を引っ張っているというか(笑)


それでも、今の僕にできるのは、こんな不器用な種まきでしかない。


どうなんだろう?
神様が本当に望んでいる方法は、これなんだろうか?


ただの自己主張だけで、終わらせたくはないんだけどなあ。



★「おっす、オラ、バイブル兄さん!」


ヨブ記33-34章。


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★本日付けで、32歳になってしまった。
実感全くなし。

誰も気づくまいに思いつつ仕事場に行くと、
いきなりスタッフCさんに声をかけられる。

「福井くん今日、誕生日でしょ?」
「お~、ありがとう!でもどうしてわかったの?」
「前になんかの拍子で聞いたときに
”うちの犬の誕生日と同じだ”って思ったから」

…他にも、別のスタッフさんが「はい、プレゼント」と言って
手渡してくれたのが机に転がっていたスティックのりだったりと、
ざっくり心に染みる祝福、感謝です(笑)


それから日中、教会の方や、
昔まじでお世話になった東京の兄さんから、
(普通の)おめでとうメッセージを頂いた。
ありがとうございました!



歳をとることは、特に悪いことじゃない。
若かろうと、高齢であろうと、その人はただ、その人でしかないから。


ひとつだけ後悔に似たものがあるとしたら、
「もっと早く神様に出会っていたら」という想いだ。

そうしたら、20代前半から30に差し掛かるまでの、
指の間からこぼれていった時間を、
もっと有意義に使えたかもしれない、と。

でも、過去はどう頑張っても、誰にも取り戻せない。
どれほど祈ろうと、お金を積もうと、帰ってこない。
例えそれが「1分前」であろうとも。


失われた時間が、神様のプランの中で熟成されて、
僕のこれからに少しでも良い意味を持つのを、願う。


32になって、急に説教おぢさんになるつもりはないけど、
ヤングピーポー(特に学生さん)に、強く伝えたいっすよ。

「神様から与えられた今日を味わいつくしてくれ」って。
これは昔の自分に言っているんだ。きっと。

その時は、アホくさくて虚しくて、自分と誰かを比べて、
今いる場所から逃げたくなる時だってあるかもしれないけど、
それになるべく負けないで欲しい。

大勢の人が、いろんなことを言うけれど、
自分の頭でもよく考えてみて、自分の目でしっかり、見てほしい。

大変な中でも、めいっぱい楽しんでほしい。


あなたは、他の誰でもないあなたで、
神様が綿密に考えてつくった、作品だから。

あんまり人と比べないでね。


…32歳の僕も、「明日のことは心配するな」って言ってくれる
イエス様を信じて、今日を大事にする。

反省をしないとか、先を何一つ考えないとかではなくて、
「今日」に重きを置くよ。

過去は帰ってこないし、明日のことは神様しか知らないから。


自信なんていつでも、全然ない。
これからのことも、本当にはわからない。
時々、人に囲まれているのに寂しくなったり、
些細な出来事で怒ったりと、まるきり僕は、不完全だ。

それでも、神様は良いと言ってくれるらしいから、
感謝して、今日を終えられる。





★「バイブル兄さん、生まれた今日をありがとう」


詩篇48-50章。



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★何だろう、本の読みすぎかな~。
目の奥が、ずーーんと痛いよ。
開けてられないくらい。

どこかで聞いたような宣伝みたくなっているので、
今日のブログはこの辺で。

わざわざ来てくださって、ありがとうございます(笑)

★今週の礼拝メッセージは、
僕らの友となってくれるイエス様についてだった。


十字架刑を前にして、イエス様が弟子たちに語った、大切な掟がある。

「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。
これがわたしの掟である」
(ヨハネ福音書15:12)

そして、もうイエス様は弟子たちをしもべとは呼ばずに、
「友」と呼ぶと、はっきり言ってくれた。

友達…それは、横の繋がりだ。
上も下もない、お互いへの信頼で結ばれた間柄。
何でも言い合える関係。

主と呼ばれる方が、そこまでへりくだってくれた。

弟子たちが、イエス様の教えを実践したから、友になれたわけではない。
その逆だ。むしろ、友とされ、愛をたっぷりと受けたからこそ、
その後の彼らは主の働きに協力できるようになったんだ。


…人は期待されると、思った以上の力を出すことができる。
やる気が生まれてくる。
自主的に行うことであれば、きついことも、きつくなくなる。

それが友の力。
本当に信頼されている者が出せる、力だ。


しかも、イエス様は友である僕らのために、命まで捨ててくれた。
「わたしがあなたがたを愛したように」…これ以上の愛し方はないはずだ。

自分は、イエス様がしてくれたように、友のために死ねるだろうか。



僕には到底無理だと思えるそんな行為を、実際にしたクリスチャンがいる。

知っている人も多いだろうけれど、コルベ神父だ。

ポーランドで熱心に神様を伝えていた彼は、1941年にナチスに捕えられ、
その後、アウシュビッツの強制収容所へ送られる。

そして2か月後。
脱走者が出たことで、無作為に選ばれた10人の人々が、
餓死刑を受けることになってしまった。
受刑者のうちの1人はこう訴えた。
「わたしには妻も子もいるんです」と。

それを知ったコルベ神父は、彼の刑を肩代わりした。
自分はカトリック司祭で、妻も子もないから、と言って。

餓死刑は本当に過酷なもので、
大半の人々は飢えと渇きで錯乱状態になるという。
しかし、コルベ神父と他の受刑者は、互いに励まし合い、
最後の時まで支えあっていた。

互いの苦しみを分かち合い、友となった。

彼らの様子を見に来た看守が、
部屋から聞こえてくる祈りと賛美に、
餓死室が聖堂のように感じられたと証言したそうだ。


コルベ神父は、本来、命を差し出す必要はなかった。
彼が選ばれたわけではないのだから。

しかし、1人の妻子ある隣人のために、
彼は刑をその身に受けたんだ。


これが、まさにイエス様のように、友となった。


そうはいっても、僕らは簡単に命を投げ出せない。
捨てられない。
友のために指1本さえ動かさないことさえある、弱い者だ。

でも、そんな僕らが、イエス様の友として選ばれている。
招かれている。

そこに条件は一切ない。

そんな友の愛を受けるのに、全くふさわしくない僕らが、
にもかかわらず、神の友とされている。
本当に、驚くしかないことだ。


…だからこそ、僕らは互いに愛し合えるのかもしれない。

自分がゆるされているからこそ、
期待され、信頼されているからこそ、
誰かに、同じようにしてあげたいと、願うようになるはずだから。



★「こんなバイブル兄さんの友になってくれて、
イエス様ありがとう」


出エジプト記13-16章。



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★今日も礼拝を捧げてきたよ。
メッセージのまとめは、ちょっと遅くなったのでまた明日、
じっくりやろうと思います。


…礼拝後のRailwayの活動で、
デモ曲「彼の愛に応えたい」を録音した。
これはラニー・ラッカーさんという、
日本ゴスペル界の重鎮の曲に、
もんぶらんが捧げたオマージュだ。


録音風景など、少し。
hokusakuも、写真を撮ってくれたよ~。


hmj14-rail01.jpg

歌う時は真剣な面持ちのもんぶらん



hmj14-rail02.jpg

hokusaku、ベース練習中



hmj14-rail03.jpg

弾けないベースを抱えるtaika(笑)



hmj14-rail04.jpg




hmj14-rail05.jpg

曲中の台詞以外は、一発撮りにチャレンジ!


hmj14-rail06.jpg

で、その台詞を考える僕。寝てないっすよ(笑)


3人とも、心を込めてつくりました。
お時間の余裕がございます方、
よかったら以下のリンクより聴いていただけますと幸いにございます^^



Railway-神様に続く線路



★「賛美に関われてうれしい、バイブル兄さん」


第一コリント15-16章。




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★ふう。一週間を終えた安堵感よりも、
松崎先生から借りたある本を読み終えて受けた衝撃が勝って、
何だか気持が大変なことになっている。

今までの自分の信仰は何だったんだというぐらい。
どうしたらいいか、わからないっすよ(笑)

良い意味で揺らされてます。


神様に対して、聖書に対して、こんな角度からも
見ることができるんだと知った。裾野が広がった。

そして、本の中で語られていた題材のいくつかは、
まさに普段、僕があれこれ考えていたことだったので、
めちゃくちゃ参考になった。


…ますます聖書を学びたくなり、
松崎先生の母校のサイトをじっくり閲覧してみたりしている(笑)


そんなに刺激的な本ならタイトル言えよって感じだけど、
自分の中でもう少し、そこで語られていた考えを寝かせてから、
いつか改めて記事にしようと思う。

でないとあらぬ誤解を招きそうなくらいの衝撃なので。


いずれにしても、こういった本も、神様が僕のような小さい者に、
ご自分の計り知れない大きさを示そうとして、
与えてくれてるはずだから、感謝なことだ。

もっともっと知りたいなあ、神様を。
それにつけられる名前が、「勉強」だろうと「経験」だろうと、
どちらでも構わないから。ともかくね。


★「バイブル兄さんの心地よい揺れ」


マルコ11-12章。



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★さて今日は、いつも月1回やっているフロア会議があったので
祈り会には参加できず。悔しい。

せっかく桜が散る前に、外でしようと言っていたのに。


今日の会議は、前の月とはうってかわって、
感情のぶつかり合いもなく、
大声も飛ばず、2時間ほどで終わった。
ほっとした。神様に感謝した。


…僕は会議が本当に苦手だった。
それぞれ想いや理想の違う人たちの前で、自分の意見を述べるのも
嫌だったし、散々話まくって、結局決定的な方向も見出せないことが
あり、それも苦手だった。

だから今日も、けっこう始まるまでは憂鬱だった(笑)
レジュメだけはしっかり準備して、自分の伝えたい気持を
文にしておいた。


でも、違ったな。不思議だけれど、落ち着いて参加できた。

業務の改善点や、他に言うべきことも、しっかり皆に伝えられた。
仕事そのものが大変なのはわかっているから、
できるだけ直せるところは直して、動きやすい環境をつくりたいという気持も。


これは自慢とかではなくて、
やはり、神様に繋がっていることで、何かが変わるんだと思う。
気づかないうちに、ティッシュ1枚分ぐらいの厚みかもしれないけれど、
何かが積み重なっていってるんだ。


人は神様を知ると、変われる。

体験的にそう思うよ。

他人の顔色ばっかり窺ってきた僕が、
自分の意見を人前で言えるようになるなんてさ。


まあ来月の会議楽しみでしかたない、って境地には至ってないにしても、
乗り切れたのが嬉しかった。



…さてこれからバイブル兄さんになって、
松崎先生から借りためっちゃ面白い本を読もう。
寝つくまでの間。



★「会議克服中、のバイブル兄さん」


エレミア書17-21章。



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★珍しく特別な予定のない休日だ。
とはいえ、午前中はセンターに顔を出して、会議の資料をつくる。


それから自転車にまたがって、駅前の長崎屋へ向かった。
4階フロアの半分以上を占める大きな本屋で、
ひたすら本を眺める活字中毒者。

何も買わずに下のフロアへ降り、カレーのテイクアウトをして、
教会近くの公園に行く。
風の吹く中、噴水の前で静かに野菜カレーを食べる。
遠くのブランコに、小学生たちが乗っている。


…教会には松崎先生がいた。
さっそくコーヒーをおとしてくれて、流れのままにゴッズトークをしまくる。
話していると、本当にいつも価値観を揺さぶられるというか、
「そういう神様の捉え方もあるんだ」と思わされて新鮮な気持になるよ。

神学校の話もいろいろ聞かせてもらった。
やっぱ知りたいよなあ。神様のこと。とことんまで。

話の中で何度も、「神様って大きいよね~、本当に大きい」と言い合った。

信仰書、研究書も何冊か借してくれた。
自称いつかは神学生、大喜びだ。


そのうち夕方になって、晩御飯まで御馳走になることに。
待つ間、hokusakuと牧師館で宿題をしたり、
音楽を聴きながら縦ノリになったりした。


…皆で食べた餃子、美味しゅうございました^^
韓国留学時代を思い出した。
僕にキリストを伝えてくれたある若いご夫妻の家で、
よくこんな風にして、一緒に御飯を食べてたんだよね。

それは本当に温かい時間だった。
「何で僕にそんなに良くしてくれるの?」と思いつつ、
その方たちの家にいりびたっていた。

そしてイエス様に出会えた。



食後はhokusaku、松崎先生、僕の3人で「桃鉄」をやりました(笑)

いきなり僕は1550万もの借金をこさえてしまい、
頭を抱えていたんだけど、エンジェルカードなるものに助けられた。
毎月、天使が少しずつ借金を返してくれるんだ。

何だかクリスチャンらしい展開、かな~(?)


…いやしかし、今日は遊び疲れたっす。でも、リフレッシュできた~~。
松崎家の皆様、ありがとう~。

「今度はDLCで食事会しようね~」と別れてきました。



★「休日のバイブル兄さんは自転車に乗る」


ヨブ記31-33章。



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★さて、以前「旧約聖書がなかなか読めない」と嘆いていたわたくし。

旧約。それは生きた神様が、何度も何度も自分に背を向ける民に
諦めず関わり、導き、力づけてきた物語だ。
何とか読みたいと願ってきた。
ただ、系図やら王の名前やら、現代に生きている僕には
馴染みのない部分も山ほどあり、途中で討ち死にし続けてきた。


今は、ブログ仲間のまささんに教えてもらった通読表を使って、
再びチャレンジしている。
月曜は「律法」、火曜は「歴史書」、水曜は「詩篇」という具合に、
曜日ごとにジャンルが分かれているのがいい。
特に苦手な歴史書を読む時に効果あり。
「もうよく分からなくてこれ以上続きましぇ~ん」と思う寸前で
一日分が終わり、続きはまた来週となるので、気持が仕切り直せる。

正直言って、けっこう一日分の割り当てが長いので、
読みながら途中で寝入ってしまうこともあるけどね^^;

それでも今までより格段に、聖書に向き合えるようにはなったと思う。

水曜の詩篇はとても楽しみにしている。
何しろダビデの詩が読めるので。
ああもう、これは僕だ。僕そのものの姿だと感じながら、読んでいる。


…旧約には苦手意識があると思っていたけれど、
最近、考えが変わってきた。
「ちゃんと日本語で書いてあるじゃないか」と。
僕の持っている聖書は、別にヘブライ語やポルトガル語、
韓国語で書いてあるわけじゃない。
読めば文章自体は理解できる。日本語で書いてある。
当たり前のようだけれど、実はこれって、当たり前じゃない。

神様はちゃんと配慮してくれているし、
自分のことを知ってほしいと願われているんだ。

神様は大きい。そこに書いてあることが理解はできなくても、
行間から立ち上る何かを、感じることはできるはずだ。
まずはそこからやっていこう。


以前顔を出していたE教会のM先生が、
聖書を片手にこんなことを言ってくれたことがある。

「聖書は神様からのラブレターなんです。
それがもし薄い文庫本ぐらいの分量だったら、
もっと読みやすかったはずだけれど、
神様は私たちにこんなにもたくさん、
語りたいことがあったんです。だから聖書は分厚くなったんだよ」



ラブレターを義務感から読む人はそんなにいない。
だから時に難しい箇所があろうが、
僕らを「大好きだ」と言ってくれる神様のメッセージを
感じとっていきたいよね。聖霊様の助けを借りて。



★「本日もラブレター開封、バイブル兄さん」


詩篇45-47章。



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★自分だけの言葉を探そう、などと言いつつ、
今日は写真をアップします(笑)

ブログランキングの紹介文で、写真好きと称していながら、
最近全然載せてなかったと思って。

これもまたひとつ、僕の”言葉”になったらいいと思う。

そんな子供の日…関係なし。



↓仕事場フロアのテーブルに置いてあった花。
神様のデザインセンスは、本当にすごいよね!



hmj14-day01.jpg




hmj14-day02.jpg




hmj14-day03.jpg




↓手書きイラストを、利用者さんが塗り絵してくれました。



hmj14-day04.jpg




hmj14-day05.jpg





↓最近は、貼り絵も皆でやってます~(^ ^)




hmj14-day06.jpg






★「カメラ小僧兼バイブル兄さん」


第一サムエル26-31章。



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★以前からリスペクトしている作家、
よしもとばななさんのサイトからリンクをたどって、
彼女のインタビューが載っている外国のページを見つけた。

中身は全編英語で、僕にはほぼさっぱりだったけれど、
翻訳機能の助けも借りて、何とか読む。
最後にインタビュアーから、
作家志望の若者へ向けてのメッセージを請われて、
よしもとさんが語ったコメントが素晴らしかった。

私訳ならぬ直感訳でお届けします(笑)
間違ってたらごめんなさい。


I would say to them, “just write and write.”
Without any fancy theories or logic.
Express yourself with your words, not others.
This is all I can say.


「私は彼らにこう言うでしょう。『ただ書き続けるだけだ』と。
分かりやすい決まり事や、理論はありません。
借り物でない、あなたの言葉で、あなた自身を表現すること。
これが私に言える全てです」



特に「借り物でない、あなたの言葉で、あなた自身を表現すること」
という部分が響いた。

こうしてブログを書いたり、時に賛美の歌詞を書かせてもらったりしていると、
自分がいかに借り物の、手垢のついた言葉を使っているかがわかる。

もちろん、自分が惚れ込んだ表現者の真似をすることは、
ものづくりの入り口として決して悪くないやり方だと思うんだけどね。
あの藤子不二雄先生だって、手塚治虫の作品から多大な影響を受けて、
模倣することから漫画道を突き進んでいったわけだし。

ただ、それで基礎の土台ができていったら、徐々に自分自身の表現へと、
進路をずらしていかなくてはならないよね。
そのずらしから新しいものが立ち上るんだし、
それこそが表現の醍醐味だと思う。


僕は趣味的にただ文章を書いているだけの若造だけど、
それでも目が溶けるくらい読んできた多量の本から、
何かしらの影響を受けている。好きな作家、表現者もたくさんいる。
文章の中にその影響が”半生”で出てしまっているところも
あちこちにみられ、恥ずかしい。まだまだ修行が足りないと思う。


遠い先のいつか、僕だけの言葉で、神様のことを語りたい。


…揺れる気持や、触れあう人々や、瞬間で色合いを変える状況の中から、
生きた神様を感じて、それを言葉に移し替えたい。
どこから来るのかわからないけれど、そんな情熱がある。

まずはこうして、地道に日々を刻みつけていくしかない。
足りない頭を振りしぼって、考えを少しでも深めていくしかないんだ。

なぜなら、クリスチャンにとっては生きている日の全てが、
神様に含まれたものなのだから。

神様にくるまれ、包まれて生きている。


これからについて、気になることは僕にも色々ある。
神学校へ行くかどうか、だとか結婚のパートナーについてだとか
(何の片鱗もありませんけどね・笑)。
でも何よりも、「神様と生きるのって、本当はどういうことなのか?」が知りたい。

ある意味でそれを問いかけるために毎日文章をつむいでいるとさえ言える。

世の中ではたくさんの人たちが、それぞれの意見を言う。
そんな多数決は「真実」なのだろうか。

神様のもとに「本当のこと」があるのなら、知りたい。どうしても。いつでも。


どれほどうまく適応しようとしても、僕は世間に馴染むことができない。
かすかな違和感がつきまとう。

でも、その違和感こそが、世の意見に染まり切ってしまわずに、
神様を知りたいと思わせてくれる原動力になっているんだろうか?

だとするなら、そんな目で見えるものを、見るしかない。

僕のような人間が、何とかこの場所にいられるのも、
神様が許してくれているからだ。ただそれだけなんだ。
だからこそ、知りたい。
大袈裟に言うなら生きるために、知りたい。

アクセサリー的な何かじゃなく、ご利益一辺倒の何かじゃない神様。切実に。

そして僕と同じように、世の中に違和感を抱えてきつい想いをして
過ごしている人たちがいるとしたら、気づいたことは全部教えてあげたい。
出口がちゃんとあることも。
イエス様が、自分の生きてる理由と土台を与えてくれることも。


それを少しでもたくさんの人に、しっかりと届けるために、
自分だけの言葉をいつか掴みたいと願うよ。


…今日の文章は、自分自身の言葉に、なっていただろうか。



★「自分だけの言葉とバイブル兄さん」


出エジプト記9-12章。



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★しょうもないことを書き散らした昨日に比べて、
本日は礼拝メッセージの要約はあるし、盛りだくさんな日となったよ^^


…松崎先生のメッセージは、新約聖書から「姦通の女」についてだった。
あらすじだけを追っても分かり易い話だけれど、
そこから深い読み解きがあった。


イスラエルで人々に教えを与えたイエス様は、オリーブ山に行かれた。
そして再び、神殿に戻り、人々を教え始める。

そこへ、律法学者やファリサイ派といった、
ユダヤ教の指導者たちが乗り込んでくる。
姦通した現場で取り押さえられた女を連れて。

彼らはイエス様に言った。

「こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。
あなたはどうお考えになりますか?」

彼らにとって、律法は神の言葉そのものであり、
最高の倫理だった。

姦通は、男女共に、死をもって償うべき罪とされていた。


彼らは本当に、イエス様の考えを知りたかったわけではなかった。
これは、陥れるための罠だった。

もし、イエス様が女を石で打ち殺さないという選択をしたなら、
それは神様の定めた掟に反することになる。

罪人の友となるという、イエス様の憐れみからも矛盾している。

また、石打ちを容認したなら、
処刑の権限があるローマ帝国に対して、反逆することに繋がる。

どちらにしても、イエス様を追い込むことができる質問だった。
彼らの立場を覆しかねない、危険人物の芽を摘み取るための。


…イエス様はかがみ込み、指で地面に何かを書き始められた。
すぐに答えを出さなかった。

この沈黙が重要な意味を持つ。

律法学者たちに、自分がしていることを省みさせるための時間だ。

姦淫の罪は「男女等しく」裁かれるはずではなかったか。
ではなぜ、この場に女しかいないのか。
既に片手落ちになってはいないか。

しかし彼らは、鬼の首でも獲ったかのように、
しつこく質問を続ける。

とうとう、イエス様は言った。

「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、
まず、この女に石を投げなさい」

そしてまた、地面に向かい始める。

再び、沈黙が辺りに漂い、律法学者たちは、年長の者から始まり、
次々とその場を去って行った。

偽善者の心に、イエス様の言葉が切り込んでいった。

後には、女とイエス様だけが残された。

イエス様は言った。

「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。
これからは、もう罪を犯してはならない」


イエス様は、姦淫を容認したわけじゃなかった。
罪は罪としてそれを認めつつ、
それでも女に憐れみを注いだんだ。

何か、そうせずにはいられない、理由が彼女にはあったのかもしれない。
うわべの行いで人を罪に定めるのは簡単だけど、
その内側の心に目を向ける者は少ない。


自分など赦されるはずがないと、女は思っていたはずだ。
彼女の心に、イエス様の言葉はどう響いただろう?

憐れみを受けたからこそ、
彼女は新しい生き方に向かえるようになった。


…律法学者のように、僕らは他人の欠点には敏感で、
自分のことは正当化しがちだけれど、それが問題なんだ。

社会的地位がどうであろうと、イエス様の前では、
僕らは姦淫の女と同じだ。

程度の差はあれ、罪を犯さない者はいない。

でも、イエス様がそれを赦し、拭い去ってくれる。
自分ではどうすることもできない罪を。

だからこそ。
赦されていることに感謝して、僕らは歩むことができるんだ。



…今日は礼拝中、何だか妙な感じで、
気持が閉じる方閉じる方へ向いてしまっていた。
(なんでだろう?とずっと考えてた)


礼拝後も、新しく顔を見せてくれた方とあんまり話せなかったり、
疲れている感じのする仲間に、どう話しかけていいか
戸惑ってみたりした。

猿のように落ち着きなく、あちこち動き回る。


B型特有の、気持のアップダウンだろうか。

それでも、皆が帰ってから、もんぶらんが弾くギターと
歌声で、ざわついた心がかなり落ち着いた。
ダビデの奏でる竪琴を聴く、サウル王のようですね(笑)


そして家に帰り、夜も更けてきた今になって、
ようやく「神様にこの想いも委ねよう」という気になってきた。

心の奥に1人抱えていた想いを、吐き出した。


…神学校行きたい、ゴスペル伝えたいとか言ってるのに、
人づきあいに全く自信の無い自分。

仕事場での責任に、必要以上のプレッシャーを感じている気持。

あとは話し合いの結果、今期DLCのリーダーににさせてもらった
んだけど、僕なんて牽引力も行動力も無いのに、
そんな立場でいいのかと思う気持もあったっすよ^^;

すごく嬉しいんだけど、とにかく自信ないという(笑)


でも、考えてどうなるというものでもないんだ。

僕が、神様のプランの中に含まれているのであって、
その逆じゃない。主権はいつだって、神様の側にある。

だから現状にも、間違いなく意味があるはずだし、
できもしないことを無理やり任せられたりはしないはずだ。

委ねよう。大きな神様に任せよう。


もうそれしかないじゃん……ね?



★「気持忙しバイブル兄さん」

第一コリント13-14章。



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★目もくらむほど、しょうもない話です。
まことにすいまめーん。


6連続勤務の最終日…入浴の着脱担当で過ごした。
脱衣室で、利用者さんが服を脱ぎ着するのを手伝い、
皮膚状態を見て、ナースさんを呼んだりする。

男性のお風呂が終わり、女性に切り替わる合間の時間、
何だか鼻の中にかすかな違和感があったんだ。

原因を探り当て、撤去してみれば、
今まで見たこともないほどの長さの毛でありました(涙)


そのことだけとっても、
「なんじゃこりゃあああ!」と殉職直前の松田優作状態に
突入しそうだったが、
2重にショックだったのは、今日の出勤前、
一応お鼻周りの毛づくろいを済ませていたことだった。

「サービス業だし、鼻から毛が出てるなんて、
バカボンのパパじゃないんだからさ~。切っときましょう!」
と意気揚揚として小さなハサミを駆使し、
仕事場に出てきた結果がこれだ(笑)

意味ないし!まじでショック!


しかし、こんな立派な毛が潜伏していたとは思わなかった。
毛の長さで内部でのランクが決まる部族があるとしたら、
”族長”級だよこれは。

何とも言えない恥ずかしさが込み上げてくる。
実際に人前で出ていたか、いなかったかは問題ではない。
「出ていたかもしれない」、そのことが僕を苛んだ(笑)


昨日のDLC祈り会でも、ひょっとしたらと思う。

他のメンバーは皆、僕がバカボンパパ状態になっているのを
知りつつ、思いやりの心で、黙っていてくれたのかもしれない…。

あー、叫びたいほど恥ずかしい!


すいません、鼻毛1本でここまで引っ張って^^;

でもこの「鼻毛」という言葉にみなぎる脱力パワーはすごいね~。
書きながらつくづく思ったことだよ。

「フェラーリと鼻毛」
「皇潤と鼻毛」
「メンズ鼻毛(ビゲ)」
「銀座鼻毛通り」
「痛快ウキウキ鼻毛通り」

など、どんな高級感も瞬殺である。
あ、最後のはちょっと良いな。陽気で(笑)


いずれにしても、これからはさらに身だしなみに気をつけようと
固く心に決めた15の夜。嘘。もうすぐ32。


この失敗に強いて教訓を見出すなら、
「どんなみっともない姿であっても、神様は変わらずに
僕たちに接してくれる」ってことかなあ。

なんぼ見栄を張ってても、
神様の前では無駄っちゅうことですね^^


つうかこんなこと書いてて大丈夫なのか僕は…。



★「1本とられたバイブル兄さん」


マルコ9-10章。



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★本来はお休みだったはずの今日、
どうしてもスタッフの都合がつかず、飛び入りで仕事場に馳せ参じた。
今週は、放電しっぱなしだ。

エネルギーを、他の人に手渡しする。
出来る限り、自分ではない人に寄り添おうとする。

本来、一匹オオカミで好き勝手にしていたい僕にとって、
これは”不自然”なことなんだ。

だからこそ、1週間続けて仕事に通っているうちに、
求められる役割と、元々の身勝手さとがぶつかりあって、
精神的にへとへとになってしまうみたいだ。

疲れる仕組みに、やっと気づきました。

だからこそ、晩の教会での祈り会は嬉しかったな。

ユース改めDLCとなってから初めての集まりには、
もんぶらん、nano、僕、Hさんが揃った。

いつも10分に1回は面白いことを言ってくれるHさん、
何かの拍子に放ったこの言葉が、僕らを打った。

……「メルシーちゃん」(笑)

そのインパクトたるや、
思わず僕も、これから予定している賛美集会について
まとめていたメモ用紙に、
震える字で書きうつしてしまったほどだ。

即座にHさんのあだ名が決定した。

それはもちろん、メルシーちゃん。


笑いながら分かち合いをしていると、
松崎先生と奥さんのTさんが、お客さんを連れて
顔を出してくれた。

Tさんの、以前勤めていたところの同僚の方だ。
北海道旅行で、こちらに来たという。

nanoが持って来てくれた美味しいケーキを食べながら、
しばらく一緒に談笑する。

教会へのイメージ、少し変わっただろうか(笑)


それにしても、皆と話しているうちに、
ここ最近のもやもやが吹き飛ぶ感じがした。

やはり神様ファミリーこそが、僕の属する場所なんだろう。
何も気負わなくていい。


クリスチャンとしてとても尊敬している心の師匠、
ジョシーが前にこんなことを言っていた。

「たった一人でいい。誰かと本物の心の絆が結べたら、
人は立ち直っていける」
と。

本当にその通りだ。

人に対して98%警戒心を持って過ごしてきた僕が、
びくびくしながら生きてきた僕が、
今は、こんなに伸び伸びさせてもらっている。

DLCの皆を、信頼し切っている。
勘ぐりが必要ない間柄だ。


神様はいろんなものを僕にくれているけれど、
こういう結びつきは、ただもう感謝するしかないよね。


今日は祈り会で充電できた~。

明日1日、何とか神様と乗り切っていこうっと。



★「メルシーDLC、のバイブル兄さん」


エレミア書12-16章。



★僕と、愛すべき兄弟のもんぶらん、hokusakuとで結成した賛美ユニット「Railway」。
こちらから曲が聴けます。このブログ共々、よろしくです^^

※新曲、「Railwayのテーマ」アップしました!

Railway-神様に続く線路



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