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Hold Me Jesus 2

北海道在住のジーザスフォロワー・taikaのブログ。CFNJ聖書学院にて研がれる日々。

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プリンス・オブ・アーク [DVD]プリンス・オブ・アーク [DVD]
(2008/12/26)
レグ・パウエル

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●ついさっきまで、モーセの生涯を描いたフルCGアニメ、『プリンス・オブ・アーク』を観てたよ。ちょうど出エジプト記を読み終えたところだったので、中身がよく分かった。聖書に忠実に描かれているし、書いてあることの行間を、映像にしてもらったような感じだ。

アニメ自体もすごくリアルでよく出来ているので、機会があったらご覧ください。子供と一緒に観るのもいいね。面白かったよ!

余談だけど、荒れ野へ繰り出してからのイスラエルの民の一部は駄々っ子すぎ(笑)。「おなかすいた、喉かわいた」とあれこれ不平不満だらけで、でもそんな彼らに主は水を与え、マナを降らせ、うずらの肉を与えてくれた。よく嫌気がささなかったと思う^^;






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●とにかく寒い。外には凍える風が吹いている。明日の朝は氷点下になるらしい。いろんな意味でぞくぞくするね。僕の部屋にも一応暖房はついているけれど、使うためにはメインのボイラーを入れなくてはならず、それでは不経済なので自粛している。今はベッドで布団を被り、腹ばいになってこれを打っております(笑)。ノートパソコンのMacBooKを買って本当に良かったとしみじみする。


●仕事場でのプチ奇跡。今日は以前、入浴介助の際に思いっきり頭ごなしに拒否された利用者さんの来る日だった。前の日、そのことでたくさん祈った。やはりいきなり拒絶されたのが心にしっかり食い込んでいて、恐れの感情もあったからだ。どんな時でも側にいてくれるイエス様に、怖い気持を伝えた。そのまま言った。

そして今日。日中その方から手招きされておっかなびっくり近づいていくと、笑顔で普通の世間話が始まった。あの時の拒絶は一体なんだったのかというほどに。僕が何か配慮したわけでもない、むしろ距離を置いてしまっていたぐらいなのに、向こうから関わりを持ってくれた。気まぐれなところがある方と知ってはいても、これはちょっとした奇跡だった。気持が軽くなったよ。ありがとう、イエス様。


●少しコアな話になる。一昨日くらいにはたと気づかされた。僕は聖霊様をないがしろにしてきたのかもしれないと。三位一体を簡単には説明できないけれど、神様には父なる神、子なるイエス様、そして助け手となる聖霊様の三つの属性(位格)があるのは、クリスチャンなら誰でも知っているはずだ。僕は父なる神様、イエス様は強く求めてきた。でも聖霊様はどうだっただろう。よく分からなかったというのが本当のところだ。

聖霊様は僕らの内側にいてくれて、祈りを助け、神様を証する力を与え、外へ突き動かしてくれる存在のはずだ。聖書の使徒言行録を読むと、主の弟子たちがいかに聖霊様に導かれて動いていたか分かる。その方に依り頼まないのは惜しいよ。カメラの三脚の足が、一本すごく短くなっているようなもので、バランスを欠いている。

だから一昨日の晩、聖霊様に謝る祈りをしてみた。「今までないがしろにしてきてすみません、何をするにもあなたの助けが必要です、と。たくさんあなたを悲しませてきたかもしれませんが、これからは頼ります」、そう祈った。

…聖霊様については、それを強く重んじる人もいれば、特に語らない人もいる。でも先ほどの三脚の例を借りて言えば、足が短すぎるでもなく、長過ぎるでもなく、他の二本の足と同じ長さになるときに、初めてバランスがしっかりとれるんじゃないかと個人的に感じた。

でも気がついてはいなかったけれど、こうしてブログを書き続けてこれたのも、聖霊様の助けがあってのことだったかもしれない。ありがたいことだと思う。イエス様の十字架と同じく、自分が知らないうちに、もう神様は僕を助けてくれていたんだね。

霊の領域というのは、正直、本当にまだ分からない。波打ち際もいいところだ。ただ、知識と情だけではたどりつけないもっと奥の方へ、霊の領域が導いてくれる予感がする。神様は”霊”なのだから。霊と言ってもオカルト的なものではなく、事実として。知りたい。知るだけではなく、それを通して行いに繋げたいんだ。

神様の大きさは、人間の理性でおおえるほど、小さくない。だから、聖霊様を通して、神様の広がりを見つめていきたい。






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↑ギター&ボーカルのもんぶらん






●さて、それぞれの仕事終わりに集まって、1回2時間のセッションを繰り返してきた賛美ユニット・Railwayだけど、とうとう5曲入りのデモトラックCDが完成しそうだ。デモとはいえ、これを聴いてもらって教会の他の楽器巧者から協力を仰ぐわけだから気は抜けない。何回も行きつ戻りつして録り直した。僕らのつくっているのは、いわゆる「主を褒めたたえます」的な賛美ではない。一面、ラブソングに聴こえたり、R&Bに聴こえたりするものも混ざっている。ただ、その内側に神様を想う心はたっぷり込めたつもりだ。でなければ疲れた身体に鞭打って、わざわざ集まったりはしない。

例えば、「あの時君を見てから」という曲のサビはこうだ。

「あの時君を見てから 僕に勇気が湧いたよ
 いつでも君がいる 僕の心に」

この君、というのが愛するJesusだ。僕らの友となってくれる主に、精一杯語りかけたい気持。

見慣れた場所に転がっている言葉かもしれない。それでも、ここにもんぶらんの歌声が被さると、情感が生まれるんだ。

急ぐつもりはないけれど、早くギターと歌だけではない他の楽器にも参加してもらって、完成形を聴いてみたい。楽器ができない僕の役割は、ともかく最初のリスナーになることだ(笑)。

そしてなるべく年内には、希望のある方にお送りできるように、形を整えたいなあ~。良かったら聴いて下さいね!!一緒に主を歓びましょう!






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●人ってつくづく不完全だな、と自分も含めてそう思う。聖書のローマ書に、すごく腑に落ちる部分があるんだ。


「わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです」(7:15)


「『内なる人』としては神の律法を喜んでいますが、わたしの五体にはもう一つの法則があって心の法則と戦い、わたしを、五体のうちにある罪の法則のとりこにしているのが分かります」(7:22~23)



あの途方もない大伝道者パウロにして、この言葉だ。人の内側にはきっと、”完全、完璧”はないのだろう。どこかで、霊と肉の葛藤は消え去ることはないのだろう。

僕は柄にもなく、いろいろなことに手を出している。介護の仕事だったり、写真・イラストをつくったり、賛美の歌詞を書かせてもらったりしている。けれど突き詰めて心を探ってみれば、結局何よりも一番したいのは、神様を、イエス様を、聖霊様を深く知り、それを他の人に伝えることなんだ。それは単なるきれいごとではなく、喉が渇いた者が水を求めるような、突き上げてくる欲求に近い。僕の「内なる人」=本心は、きっとそれを求めている。

ただ、自分の望むことを、望んでいるように行えてはいないのが現状だ。体や肉の法則…つまりある種の怠惰さや人への恐れ、今までの心についた、まだ取り扱われてない傷に阻まれている部分がある。罪の法則の名残が、身の内に漂っているのを感じる。とても、もどかしい。何という矛盾だろう。どんどん神様の方へ進みたいのに、サイドブレーキがかかったまんまなわけだから。

聖書を開くのを面倒がる時がある。
ブログを、自分本位に書いている時がある。
漫然と祈っている時がある。
「僕はクリスチャンなんだ」と、堂々と言えない時がある。
仕事を済ませてから、教会で賛美をつくるのがおっくうな時がある。

パウロはそんな、望んでいてもできないという葛藤は、僕らの中にある”罪”が引き起こしていると言っている。
でも、イエス様に結ばれている者は、それに定められることはない、とも語る。

これはどういうことなんだろう?イエス様の十字架により、大元の罪は完全に拭い去られたけれど、その残滓はまだ残っていて、僕は影響されているんだろうか。そして少しずつ、それはこの身から抜け出ていくということなんだろうか。後片付けみたいに。

いずれにしても、僕の願いは「良い人になりたい」とかそういうわけではなく、怠惰に流れがちな体の法則と神様を歓ぶ心の法則の折り合いが、きちんとついた者になりたいということだ。自分が完璧になんかなれないのは充分わかっている。けれど、それに甘んじていたくはない。内なる人=自分の本心をいつだって新たにしていきたいし、素直に神様を歓びつづけたい。立ち位置はいつも、そこに置きたいんだ。

主がそんな葛藤にまみれた僕を、しっかり分かっていてくれたうえで、なおも歩ませてくれているのは、救いだと思う。
完璧な者しか愛さない神様でなく、不出来だろうとなんだろうと、へりくだる態度を持った者に、神様は限りない憐れみを注いでくれる方だ。だから、できないものは今はできてませんと、いつも正直にへりくだろうと思う。


…ちょっとわかりにくい記事になってしまったけれど、すみません。
最近ずっと考えていた課題だったので、文章にまとめてみました。許されたし(笑)






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●ノンクリスチャン向けのブログを始めようと決めて、着々と準備している。劇団ひとり、じゃないけれど、ひとり開拓教会をネットに立ち上げるような気持だ。わくわくする。先達でもある田崎牧師が、ブログを通じて下さったアドバイスはとても有益だった。

「ノンクリスチャンの人に馴染みのない、クリスチャン用語は使わない」
「ブログをクリスチャンだけの溜まり場にしない」


つまり、「開く」というのがキーワードなんだと感じた。閉鎖的でなく開かれた風通しの良い場所であること。しかもクリスチャン同士なら簡単に通じる言葉をあえて禁じ手とし、本質を分かりやすく伝えていくんだね。これはなかなかの難事業じゃないですか(笑)。

でも幸い、教会には求道中の方も何人かいるし、そういう方にリサーチしながら、知恵と心を使って新しいブログをつくっていこうっと。始めは来てくれる人もいないだろうけど、神様の言葉は無駄に地に落ちることはないみたいだし、ともかく発信だけはしていこう!

誰かは、きっと見てくれる。いつかきっと。

そして世界中で誰かひとりだけでも、僕のブログを通じて主を知ってくれたら、それだけで本望です^^





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●僕の「足長おじさん計画」は静かに進行している。発展途上国の子供たちを支援する国際NGO、プランジャパンから今日、登録が完了した知らせを受けた。書類の他には、活動を紹介するパンフレット、僕がこれから関わらせてもらう、インドネシアの女の子の写真が入っていた。これがとてもリアルだった。生身の人が、そこにきちんといることの大きさ。僕のささやかな支援が、直接この子に届く訳ではないけれど、巡り巡って生活環境を変えていくのに役立てるとしたら何だか嬉しい。

手紙や、写真なんかは事務局経由で送れるようなので、きれいな十勝の自然でも撮って、送ってあげたいなあ。

…地味ながら、一歩、踏み出しました。



●ブログランキングでお見かけしている牧師の田崎さん(笑っていいともご出演おめでとうございます!)が、クリスチャンブロガーの皆に「ノンクリスチャン向けのブログを書こう!」と呼びかけておられるのを読んで、触発された。ずっと僕も、外向きの活動が何かできないかと思っていたので。神様のことを何とか伝えたいという想いは、何故かはわからないながらも日増しにぐんぐん高まっている。高まっているのに実際には日々の仕事に追われたり、人見知りに阻まれて直接には動けてない。そんなものすごい葛藤がある。
したいことと出来ることの折り合いがついてない。

そんな中、参加してるランキングのカテゴリを2つに分けたのは、少しでも外へ向かっての気持の現れだった。

…でも、さらにノンクリスチャン向けのブログをもう一つ持つ、というのは、今尽くせる最善として悪くない気がする。幸い、決してうまくはないけど文章を書くのは嫌いではないので、宗教くさくならないように配慮しながら、チャレンジしてみようかな!

ただ、神様に馴染みのない人のココロに、どうしたら届く文章が書けるかは、相当配慮しないといけないだろうね~。
昔の僕のように「神様なんていない。髪の毛ひとすじほどにも興味ない」、そんな人だってたくさんいるだろうから^^;

まあ祈って、地味に水面下で作戦開始といきますか(笑)。

実際にノンクリスチャンに向けた伝道ブログをやっている方、もし良かったらお知恵を拝借させてくださいね^^





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●本日のプチアルバムより。





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↑松崎先生の按手の様子が掲示板に。地元新聞にも載ったみたい!





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↑100名以上の方がみえた、温かい就任式になったようです。








●僕はブログランキングに参加している。たくさんの人に神様を分かち合いたいという想いと、誰かに読んでもらえることで自分のモチベーションを上げたいというのが願いだ。今回、ランキングのカテゴリーを振り分けて「30代、自分らしさ」にも登録してみた。ささやかながら外へ出る練習をしている。

だから今後、キリスト教に馴染みのない方も読みに来られるかもしれない。それをとても期待している。無理な押しつけではなく、自然な形でクリスチャンライフを知ってもらえたら嬉しいな。


僕自身も、数年前まで神様のことなんか全く信じてなかったし、クリスチャン、教会、なんて言ったらもう自分には何の関係もない、「あっち側の世界」という感じだった。それが今、こうして神様を紹介するブログを書いているなんて考えられないけれど、神様は「あり得ない」状況をきれいにひっくり返してくれる方なんだ。だから誰にでも変わる可能性がある。先入観だけ少し脇に置いてくれたら。

僕は教会には属している。でも、”宗教”に入信したとかいう覚えは感覚として全くない。時折信仰の話をすると、「私はそういう宗教みたいなものには入らない」という方もいるが、入る入らないの問題なんか実はどうでもよかったりする。大切なのは、ココロが神様にとらえられているか、なんだと思う。それが宗教でない”信仰”の大きな側面だ。

個人的には、宗教は人間の叡智が生み出したシステムという感じがする。対して信仰は、もっと切実に、一人一人の個人が、生ける大きな神様と対峙していくような感じがする。

クリスチャンはただ品行方正の真面目っ子とは違う。無条件で愛されていることを知る人たちなんだと思う。イエス様は自分には何の罪も無いのに、僕らを父なる神様と和解させるため、十字架を負ってくださった。自分勝手に過ごしてきた僕らが本当の意味で生きるために、神の子と呼ばれる方の命が失われた。それほどまでに、神様は僕らを愛してくれている。口だけじゃない、そこには大きな犠牲が伴ってるんだ。

しかしその犠牲に、負い目を感じる必要は無い。主イエスは死に打ち勝って「復活」されたから。
今も生きて、僕たちに寄り添い、人生を導いてくれてる。どうしてそんなに良くしてくれるのかわからないぐらいに。

そんな愛に満ちた方って、他にいるだろうか。しかもその愛は、無条件に誰にでも開かれてるんだよ。
あなたのココロのドアは、イエス様にいつだってノックされている。静かに。
ドアを開いてイエス様を迎え入れたら、新しい世界が間違いなく始まっていく。

…だからこそ、クリスチャンはずっと救いの喜びの中、進んでいける。時に揺らぎ、苦しい局面があっても、そこにきちんと意味を見いだせるし、自分が生きている土台をしっかり持って歩けるんだ。

神様も、イエス様も、これ以上無いほど優しい方だよ。罰を当てるようなカミサマじゃない。愛そのもの。
僕はもっともっとそれを知りたい。知ったことを伝えたい。
何しろ人見知りなので、こうしてまずは文章で紡いでいるけれど、いずれは直接外で、あらゆる手段を使っていろんな人に伝えたい。受け入れてもらえるかは別の話として。


この素敵な、信仰というライフスタイルのことを。
一人でも、共に喜ぶ人が増えて欲しいよ。まじで。







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「神の国とは、どのようなものと言えばよいでしょう。何にたとえたらよいでしょう。それはからし種のようなものです。地に蒔かれるときには、地に蒔かれる種の中で、一番小さいのですが、それが蒔かれると、生長してどんな野菜よりも大きくなり、大きな枝を張り、その陰に空の鳥が巣を作れるほどになります。」(マルコ4:30-32)





●僕だけの癖なのか、自分が大切なことだと感じたものが、何故か頭から離れない。

今は「からし種の信仰」という言葉が刻まれてる。
前に朝のディボーションでこの言葉に触れて、感ずるところがあったんだと思う。

からし種…それは0.5ミリにも満たず、普通なら黒い点にしか見えない。
それが、大きな木に育ち、鳥が巣をつくれるほどになるなんて、誰が想像できるだろう。

信じる気持のはじめは、そんなに小さくても全然構わない、と主イエスは言われる。
それを育てるのは人でなく、神なのだからと。すごくほっとする。

最初からご立派じゃなくても、信仰の勇士でなくても、
ほんの小さな、信じるココロから全ては始まる。

ぼくらにできるのは、その種を無くさないように、奪われないように、
ココロの畑にしっかり抱えておくことでしかないと思う。

種、それは可能性のことでもある。
僕らの中には可能性が埋め込まれている。

だからこそ、それがどう育つかは神様だけが知っているのだから、
なおさら大事に持っていた方が良さそうだね。

日々、僕らを新たにしてくれるのもまた、神様だから。






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●僕が信じる神様は、物事をひっくり返すのが好きみたいだ。

180度の、正反対に。


極刑の道具だった十字架を、救いのシンボルに変える。

とてつもなく小さなからし種を、大きな樹木に変える。

哀しみを喜びに変える。

愛されなかった者たちを、愛される者に変える。

罪人を、赦された人に変える。


…だとしたら今は失望の淵にいるとしても。

それは、必ず「希望」に裏返るはずだ。


神様は、そういう方だから。





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●デーサービスでの仕事は、ただの介護というより、人間関係を築く場なんだと、3年目にしてようやくわかってきた。その関わりの中で、時に想いもよらない出来事が起きる。

今日もそんなことがあった。

今日の僕の業務担当はお風呂当番だった。それである利用者さんの順になったとき、面と向かって大声で介助を拒否されてしまったんだ。「誰かいないのか!?他のやつに代われ!」。原因は、僕が前にその利用者さんと送迎で関わったときにとった行動が、誤解を招いてしまったらしく、その方は随分機嫌を害していたらしい。ただの、誰でもするような声がけだったんだけど勘違いされてしまったようだ。

結局介助は他のスタッフさんが代わってくれた。おかげで早々と休憩に入ることになり、カラオケルームで一人ご飯を食べながら、ココロはいろいろな方向へ乱れていった。理不尽だと感じる気持。哀しさ。納得いかない怒り。でも何より辛かったのは、出会い頭の拒絶だった。拒絶の破壊力はものすごい。築いた関係をご破算にするような力を秘めている。

…ちょうど時間もあったので、祈った。乱れたココロをそのままに、イエス様に伝えるしかなかった。祈りながら浮かんできたのはこんな言葉だった。「彼らをお赦しください。自分のしていることがわからないのです」。あとで調べてみたら、ルカ福音書の、イエス様が十字架にかけられる場面に出てくるものだった。自分を殺そうとする者たちさえ、取りなす主の言葉だ。

その利用者さんも、自分のしていることがわからないんだと思った。その激しい口調が、思い違いが、どれだけ人のココロに食い込んでしまうか。

そしてまた、ひどい拒絶は、主イエスもこれ以上無いくらいに受けられた。何の罪も無い方が、人々から侮辱され、弟子たちから見捨てられ、暴力を受け、果ては十字架にかかられた。イエス様は僕の何千倍もの痛みを受けた。だから僕の痛みも必ず知ってくれているはずだ。そして今のこの痛みは、それを少しでも知るために与えられたものなのかもしれない。

いろいろな感情が混ざり合って、ざわついていたココロは、祈りのフィルターを通して濾過(ろか)されていった。もちろん、すぐには落ち着けなかったけれど、その後も哀しい気持はぶり返してきたけれど、でも、かすかな信仰が無かったら、こんな風に事態を受け止められなかったよ。イエス様を知る前の僕なら、こんなことがあれば2日はたっぷり落ち込んでいた(笑)。

何故、理不尽な痛みが時折襲ってくるのかはわからない。でも、イエス様はそこに寄り添っていてくれるし、神様は意味の無いことはなさらない。そう思う。





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●さっきまで教会をスタジオに、もんぶらん&タニムーと賛美をつくっていた。もんぶらんのソウルフルな歌声は、何回聴いても賜物としか言いようがない。主への想いを曲に込めるというのはなかなか難しいと思うんだけど、彼ならやってのける気がする。僕も録音機材の扱いに少しばかり慣れて、ようやく貢献できる部分も出てきた。

そうして帰ってきてブログランキングを見てみたら、何と6位に浮上しているではありませんか!びっくりした。びっくりどっきりした。特に人を建て上げるとか新しい知識を得られるわけでもないこのブログが。読んで下さっている皆さんのおかげとしか言いようがない。あ、もしかしたらヒカルとayaちゃんの結婚式関連で特需になってるだけかもしれないけれど(笑)。順位は前ほど気にならなくなっている。それでも、大きなモチベーションになるのは間違いないので、これからもよろしくお願いします^^



●朝、些細ながらどうしても家族に伝えたいことがあって、迷った末に言ってしまった。具体的には残念ながら書けない。それが一日通してちょっとした波紋を呼んでしまったんだ。間違ったことは言っていないつもりだったけれど、普段家では口数の少ない僕が話したものだから、重く受け止められてしまった。

…仕事が終わって、賛美づくりに出る前、夕食の席で、母からその件が出た。僕は言い訳しないで気持を伝えた。そんなことも、今まで無かったことだった。そして、いきなりその件を切り出してしまったのを謝った。

ぽつりぽつりと話していくうちに、それから何と、教会の話題になった。そして、僕は母に本を貸すことができたんだ。

リック・ウォレンの『人生を導く5つの目的』。そして敬愛するクリスチャン、ジョシー(石原良人さん)の心の癒しに関した本2冊。
バイブルを直接渡せたわけではない。でも初めて、キリスト教にまつわる本をノンクリスチャンの母に渡せたのは、本当に嬉しかった!にわかに信じなくたっていい。これで少しでも主を知ってもらえたら、それでいいんだ。

「ありがとう、読ませてもらうね」と母は言った。何の抵抗もない感じで。

朝の出来事は行き過ぎた失敗になってしまい、とても反省したのに、主はそれを伝道の機会に変えてくれた!
波紋の裏側には、いつも温かい主の配慮があると思ったよ。


そして、まだ主を知らない人に、主を伝えるのが、こんなに喜びをかきたてるものだと初めて気づかされた。
今まではどこかで「どうせ宗教だと思われるのがオチかも…」といった恐れもあったから。ブログでは景気のいいことを言っているくせに、どこか勇気がなかった。信仰が足りなかった。

案外、受け入れてもらえるんだね…。とにかく、嬉しかったよ~^^





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●教会でのブドウジュースづくり。





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↑牧師館の脇に植えられたブドウを収穫して、子供たちも交えてジュースをつくったよ~





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↑房から手仕事にっぽん風に、丁寧に一粒ずつ取り出して…






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↑火を通し…(何だか小豆みたいだね)






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↑絞って出来上がり。一口飲ませてもらったらすごく濃くて美味しかった!








●バイブルを読んでいこうという時に、困ってしまうのは「旧約がわからない!」ということだ(笑)。この悩みは以前から続いていた。でも、最近になってデボーションガイドや礼拝メッセージを聴きながら、適切な解き明かしや説明があれば、充分しっかりと心に入ってくるのがわかってきた。今日の協力牧師S先生のメッセージもその典型で、自分一人で読んでいたら確実にここまで深くは読み取れないと感じさせてくれた。場所は列王記、預言者エリヤが荒れ野に追われる場面だ。


…グランド・ゼロ。爆心地という意味のこの言葉は、アメリカの9.11同時多発テロで広く知られることになった。それはあらゆるものが吹き払われ、多くの哀しみが多いかぶさる場所であり、そこから立ち上がるための場所でもある。

エリヤが活動していた時代、イスラエルの王アハブはイゼベルを妻に迎えた。そして真の神様を離れ、彼女が持つ偶像の神・バアルに仕えるようになってしまう。バアルは豊穣を司る神で、その意味では「人の言うことをきく」存在だ。そいうして、イスラエルの中に偶像崇拝が蔓延してしまった。それから3年、カルメル山という所で信仰の戦いが行われる。バアルの預言者とエリヤが、どちらの神が本物か、奇跡を通して示し合おうとしたんだ。もちろん、奇跡を起こしてくれたのは生ける真の神様だった。エリヤは信仰をもって戦いに勝った。

しかしそれを快く思わなかったイゼベルの手により、エリヤは命を狙われるようになってしまった。彼は恐れ、荒れ野へと向かう羽目になる。彼は敗北感に打ちひしがれながら、逃げた。そして死を覚悟した。荒れ野はまさに彼にとってのグランド・ゼロとなった。

逃亡中のエリヤは、主に導かれてホレブ山にたどり着く。ここはかつてモーセが神様と出会った場所だ。そして「わたしはある。わたしはあるという者だ」という神の声を聴いた。あって、ある存在。確かにおられ、必ず僕らと共にいてくださる方、それを気づかされた所だ。

同じ山で、エリヤは風を感じる。地震を感じる。その後起きた火を感じる。しかし、その中に主はおられなかった。それがすぎた後、初めて、静かにささやく声を聴く。それが本物の主の語りかけだった。

僕らが生きていく時、嵐のようなトラブルに見舞われたり、揺らぎを感じたりすることがある。しかし、その苦しみそのものに主はおられない。主はいつでも僕らの側におられ、静かに語りかけている。自分がいる、と。

声を聴き、エリヤは立ち返る。預言者としての大きな使命を思い返す。そして山を下り、後継者となる預言者エリシャに、その使命を引き継ぐことになる。

彼は何もかも失いそうなグランド・ゼロから、再び力を得て立ち上がったんだ。


…エリヤという名前の意味。これは「我が神こそ神である」というものだそうだ。信仰の告白そのものが、名前となっているエリヤ。そんな風に僕らも、生涯を賭けて神様を証していく者となっていきたい。





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↑デイに、利用者さんが時折花を持ってきてくれる。それを撮るのが楽しみ^^






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↑これはhokusakuが新しいカメラで撮ったもの。センス良し!







最近、またしても揺れていた。この揺れを一言で表すのは難しいけれど、理想と現実のギャップに直面した時に起きやすい。結婚のこと、仕事場の人間関係で入るささやかな横槍、DLCをもっと深い集まりにしたいという想い、ブログが豊かに用いられてほしいという願い…。いろんな気持がないまぜになって、心穏やかでいられなかった。

揺れることそのものには、慣れた。主の御手の中で、折り合いというのは必ずついてくると、今までの経験でわかっているから。それでも、祈りは必要だ。揺れている間、心にある想いを、イエス様に打ち明けた。


「初めの愛にかえりなさい」。それが示されたことだった。今もずっと、頭から離れない。


初め。原点に立ち返る。

「初めに」主がきちんと目的と意味を持って、僕という存在を造ってくれたこと。
僕が主を知る前、罪に陥り荒れた生活をしていた頃も、「初めに」前もってイエス様が十字架にかかって、その罪をぬぐい去ってくれていたこと。

もう既に、僕にもあなたにも、そんな無尽蔵の愛が注がれていたんだ。

それで十分なはずなのに、この世のいろいろな困難や誘惑、迷いに揺らされて、僕は時々ふらついてしまう。
どうしてだろうと、いぶかってしまうんだけど。

…僕は揺れる。これからも主に近づきたいと願えば願うほどに、揺れるだろう。理想と現実の狭間で押しつぶされそうになるだろう。
でも、そんな時は初めの愛を思い出そう。もう一度、何度でも原点に立ち返ろう。

主の愛はいつだって変わらない。初めから今までも、これからも、ずっと変わらない。

だから、揺れたっていいんだ。





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↑泊まらせてもらったゲストルームの窓辺





●さて後編。いよいよ本番の結婚式レポートです。

例によって早起きしてしまったので、祈ったり本を読んだりして過ごす。学園を主催されているK先生の奥さんが、心づくしの朝食を作ってくださり、ありがたく頂く。まさかホットコーヒーが飲めるとは思ってなかった。バイブルそのままに、旅人をもてなして下さって感謝だ。

Nくんの車で七飯から函館に向かう。ホテルに着いてカメラの準備など怠りなくしているうちに、とうとう結婚式が始まった。来場者なんと260名だそうだ!会場にみっしりと人が詰まっている。ヒカルとayaちゃんが繋がってきた、そして関わり種を蒔いてきたものが、こうして大きな実を結んでいる。





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↑新婦の入場。ayaちゃんの鮮やかな笑顔がいいね!




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↑ayaちゃんのお父様が手作りした十字架に向かって歩いていく…




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↑祈りをもってはじめます




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↑賛美前の2人





式は祈りと賛美、バイブルからの結婚の教えと進み、いよいよ2人が神様と会衆の前で結婚の制約をする時が来た。長い交際期間の7年あまり、どれほどこの日を夢見てきただろう。でも浮ついたところはひとつもなく、真剣な面持ちだった。





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↑指輪の交換中




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↑この笑顔が全てを物語っている気がするよ☆




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↑司式をしてくださった栄光教会のM先生





また賛美をし、祝祷の後、晴れて夫婦となったヒカルとayaちゃんは退場する。友人たちからかけられる「おめでとう!!」の声。主を信じる者にふさわしい、幸せな式だったよ。

そして祝賀会。これまた広い会場の丸テーブルに人がぎっしりで、芸能人の結婚式のようだった(笑)




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↑ケーキカットの瞬間には、尋常でないほど人が集まって写真を撮りまくってた





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↑2人の想い出のムービーも満載





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↑記念写真希望の皆さんも列をなしていた~




…出てくる美味しい中華料理を食べている合間合間に、写真を撮りに席を立つ。途中、かわいらしいお嬢さんたちが近くに来て挨拶してくれた。ブログを通じて知り合いになったあゆぽさんと、1月にマッシュの会で帯広に来てくれたYさん。こうしてリアルに、実写で会うのも不思議な経験だ。僕は人見知りモードが炸裂、ヒトミシュラン5つ星を自認するだけに、あまり会話もできなかったけれど、ありがたかったなあ~。





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祝福の大きなうねりが漂う中、つくづく感じた。これは主の御業なんだなあと。会場にはたくさんのノンクリスチャンの方がいらしていたけれど、神を信じる者の結婚への姿勢とか、ムービーで流れた教会生活の自然な姿、賛美や祈りを通して、いわゆる普通の結婚式とは違う何かを感じてくれたにちがいない。若いカップルを通して、多くの人に主が紹介されている。そんな時間で僕は感動した。


ヒカル、ayaちゃん、これからも結婚生活を通して、たくさん主を証していってね!
素敵なものを見せてくれて、ありがとう!お幸せに!





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ついさっき、函館から帯広に着きました!いや今回の旅は驚くほど主に護られて何の支障も無かったよ~。快適に行って来れました。

結婚式のレポートは明日以降ということで、まずは少しだけ写真を載せときます。
美男美女のカップルだから、撮り甲斐があったよ~^^

まずはヒカル、ayaちゃん、心から結婚おめでとうございます!!




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●本日はお休み。ヒカルの結婚式のため函館に向かう前日ともあって、準備やら諸々、済ませておくことがある。ほぼ日手帳にリストアップして、ひとつひとつ取り組んでいく。僕には珍しい計画的行動だ。

まずは開店直後の某デパートへ向かい、クイックカット的な床屋さんで髪を切る。とてもクイックなカットで相変わらずそれほど髪の量は減らず(笑)。何だかいたたまれないあの雰囲気も変わらず。その足で図書館へ。借りたものを返し、また借りる。いつもはほとんど見ないCDコーナーに行ってみたら、聖書朗読のCDがあるではありませんか。旅のお供に最適とばかりに手に取る。それからマザー・テレサの本と茂木健一郎さんのやつも借りておく。何しろ函館までの5時間、どう過ごすかも計画に入れておかなくてはならない。それから自転車をエコ丸だしで走らせ、デイへ。映画鑑賞で使ったDVDをツタヤに返す。で、またしても借りてしまう。転んでもただでは起きない男、それは僕だ。なぜかアニメづいていて、『崖の上のポニョ』と押井守の『スカイ・クロラ』を選択。僕ってこんなに映画好きだったっけなどと思いつつ一旦家に戻る。

1時半からは教会だ。松崎先生の就任式、準備も大詰めで記念品カレンダーの袋詰めや会堂の椅子を並べ直すお手伝いをする。前日までの5連続勤務がたたり、時折、椅子に腰掛けながらの作業。他の皆はすっと立っているのに情けなし。祝賀ムードはどんどん高まってきている。皆がとてもその日を楽しみにしているのがわかる。カレンダーに載った写真をお褒めいただきとても光栄。裏返して栄光は主にお返しする。

また自転車をすっとばし、家で仕事の事務作業を済ませ、ようやく一息ついた。身体がどんよりと重い。ぼんやりしているのが嫌なので、つい『ポニョ』に手が伸びてしまう。子供向けかと思いきや、一応おぢさんの僕が見てもとても面白かった。起きるのは不思議なことの連続なんだけど、「そういうことがこの世にあっても良いよね」というような温かい幻想だった。藤子F不二雄にも通ずる何かがある。少女になったポニョと主人公の草介の愛らしさ、あとは舞台の一部にデイサービスらしきものが出ていて、親近感も倍増する。最後には涙が出ました。

…それから明日の準備をする。何しろ恥ずかしながら大人と呼ばれる歳になってから初めての結婚式参加である。函館も十数年ぶりに訪ねる。結構緊張している(笑)
カメラ係、ちゃんとやり遂げてこれるでしょうか~。まあ、まずは祈って、あとは例によってお委ねモードに切り替えるつもりです。





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●昨日の晩は久々にDLC(ユース)の祈り会ができた。集まったのはnano、もんぶらん&タニムー、僕だ。
教会では会堂の脇のテーブルに、松崎先生の牧師就任式でつかわれる資料が所狭しと並んでいた。来てくれた方に配られる記念品は来年用の卓上カレンダーだ。それぞれの季節に合わせた写真がつけられているんだけど、僕の撮ったのも半分ほど使ってもらえて感激です。




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↑こんな感じで使ってもらえた~^^




祈り会。まずは恒例の、もんぶらん&タニムーの食いしん坊万歳から(笑)





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それから、お互いの生活についてたくさん分かち合う。ちょっと突っ込んで訪ねすぎたところもあったけれど、こういう職場とかではなかなかできない深いところの話をできるのはありがたい。教会でなければ会えなかった仲間だ。ただの仲良しではなくて、イエス様が真ん中にいてくれるからこそ成り立つ関係。それぞれの持つ様々に大変な課題や、僕の来年の聖書学院進学、結婚のことも共に祈れた。心を合わせられて良かった。イエス様は必ず聴いていてくれていると信じる。

ただ、個人的にはもっともっと主を知る機会にしたいとも思ってる。勿論分かち合いも素晴らしい機会だけど。リーダー(仮)として、あと半年あまり、自然な形で皆で神様に近づいていけたらと思う。正直言って、職場でも教会でも、皆をまとめるというのは本当に大きな課題ではある。なんで僕が?と思うこともしばしばながら、主の中に理由があるなら、それに従おうと思う。まだ意味はわからなくても。

…いよいよ明日から函館へ。とりあえず台風は去ったみたいだ。良かった!
向こうも、こっちみたいにもう寒いかなあ。





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↑ピアソン館にあった、ミシン






●ここ最近、職場の雰囲気が良くなっているような気がする。スタッフの中に、笑い声が増えている。一応僕はフロアリーダーということで、皆のまとめ役を仰せつかっているわけだが、この変化、僕の手柄では全くない。何か神様の力が及んでいるとしか思えない。以前は、スタッフのうち1人は、体調やその日の業務のストレスで不機嫌そうな表情をしていた。今はそれがほとんどない。皆それぞれの場所で、てきぱきとするべきことをして、あるいは次の業務の先を読んで前倒しで準備ができていることさえあり、かなり円滑にまわっている。そのせいで利用者さんが置き去りにもなっていない。

もちろん、取り組むべき課題や、対処しなくてはならない問題は日々、出てくる。僕は個人的に、できるだけ早く、その場で対応するように心がけている。目の前で問題に対処するのが一番手っ取り早いし、依頼した側の信頼感も増すと思うからだ。

もう一つ、心がけているのは、できるだけ正直にすること。上の立場だからといって、知ったかぶりをしない。失敗は失敗と認めて謝る。
リーダーが率先して誤りを認めて、それを正そうとする姿勢を見せるなら、皆安心できるんじゃないかと思う。人間誰でも失敗はするし、わざとしたことでないなら、怒る必要さえない。

僕の側ではそんなことに気をつけて過ごしているけれど、それがどれぐらい皆の士気に関わっているか…全然わからないなあ。

仕事そのものは本気で大変だから、せめてスタッフ同士は家族のような間柄でいたい。それが僕の願いだし、神様にはそのことを祈り続けているよ。


皆さんの学校、職場はいかがですか??




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●ついさっきまで、教会でもんぶらん、タニムーと賛美をつくっていた。久々のRailway活動だ。今日取り組んだのは「Never say good bye」という曲で、例によって得意のダブルミーニング賛美である。人によっては紛れもない主を感じる歌だし、別の人には世を去った愛する人を想うラブソングになる。何故そんな風にひねりを加えたくなるのかわからないけれど、これもまた主に捧げる新しい歌であって欲しいと思う。

メロディー自体は天才もんぶらんから流れ出していたので、2時間あまり考えていたのは歌詞だ。これがなかなかの難産で、一行一行、この曲が求めてくる言葉を探すのに終始した。タニムーがいてくれたおかげで、僕ともんぶらんが刃を切り結びすぎずに、深く考えられたのが良かった。何しろ1つの言葉に2つの意味合いを込めるわけだから、吟味が必要だ。

ものを創るのは、本当に楽しい。新しい価値や意味がそこに生まれる瞬間に立ち会えるわけだから。別にプロでも何でもないけれど、想いを封じ込めるこの時間が楽しい。

今制作しているのはデモトラックだ。これを1枚の音源にまとめて、アレンジの協力を仰ぐ予定だ。最終形、早くお届けしたいなあ。


…上に載せたのは、タニムーが差し入れに持ってきてくれたプルーン。何しろプルーンと言えば鉄分のイメージがあるけれど、本日、それが案外含まれてないことが判明して腰が砕けた。どうする、ミキ。どうするっていわれても(笑)

少しもらって食べてみた。当たり前ながら、干した物に比べてジューシーで美味しかった。

もうあと2日もすれば、熟すと聞いた。






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●今ちらりとブログランキングを見てみたら、なんと10位入りしていて驚いた。こんな限りなく透明に近い存在感のブログが…感謝です!自然体で楽しんで文書を書いたり写真を載せたりしているので、これからも暇つぶしに読んでいただけたら嬉しいです^^よろしく!
できるだけ、神様を知らない方にもわかりやすく伝えられるようにしたいと思ってます~。



●相手もいないのに詮無いことなんだけど、またつらつらと結婚について考えてみる。ヒカルの結婚が近づいて、そんな気分になっている。

僕は結婚したいだろうか…できれば、したい。それは三十路をこえての焦りとかではなく、単純に、最高のチームメイトが欲しいという気持だ。友人よりも密接で、しっかり1つとなったチームの。そして2人で、イエス様の方へ進んで行きたい。同じ方を愛して、同じ方に栄光を返していきたい。だからパートナーは、真剣にイエス様を信じている人がいい。ノンクリスチャンは問題外ということでは全然なくて、僕の求めるビジョンと照らし合わせての話だ。

ここで自分にハードルを課してみる。結婚相手に求めるものを、3つだけに絞るとしたら、何を選ぶか?さあ難問ですね^^;

まず1つ目は上に書いたとおりだ。これから出会うかもしれない「そのひと」は、僕よりもイエス様に心を奪われているくらいでいてほしい。僕が愛しているものを、「そのひと」も愛してくれるなんて最高じゃないですか。お互いの信仰が時に弱ってしまうときも、支え合える間柄になりたい。そして何か2人で、イエス様のために具体的な行動を起こしていけたらなお嬉しい。

そして2つ目。このへんから迷いだすねえ(笑)。でもあえて挙げるなら、人の自由を尊重できる人であってほしい。やりたい放題を容認するというのでなく、相手を自分のエゴで囲い込まない人だといいなと思う。共依存で縛り合う関係はもうたくさんだ。そして僕も、「そのひと」がその人自身であることを、いつも尊重したい。お互いを信頼でき、自然体で、気の置けない間柄になりたいよね。どうせなら。

最後、3つ目。笑いを解する人であってほしい。結婚して起きるであろう、いろいろな大変なことを、ユーモア混じりで乗り切っていけたら嬉しい。僕が頻発するしょうもない冗談に笑ってくれるぐらい、思いやりのある人がいい(笑)。


…しかし驚くほど、容姿やら育ちやら年収やらの選択肢は出てこなかったね。僕はその辺はけっこうどうでもいいと思っているみたいだ。それよりはるかに、心根が大切。

以上、3つの条件を満たした素敵な方は、下のメールフォームよりご連絡を…って、これは冗談です(笑)。なんちゅう厚かましい話。


ずいぶんと勝手なことを申し述べてきたけれど、まだパートナーの姿は地平線の彼方にも見えず、ははは、ちょっぴり虚しかったりする^^;
婚活なんてこっぱずかしくてとてもできないしなあ。それに、来年以降の僕自身の進退も、本当にゴッドオンリーノウズ状態で神様任せなので、しばらくは結婚どころではないだろう。
まずはなるべく深く神様を知ること。そちらが先だ。相手を与えてくださるとしても、そうでないとしても、それは主がお決めになることで、それに従うよ。

独り身なら独り身で、気軽に主のご用のために動けるかもしれないし、決して悪くなんかない。歳がいくつであろうと、ふさわしいパートナーを与えてくれる時は、与えてくださるんだろうし、神様に信頼していこう!やっぱり神様は最高だ~。






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●例によって、つれづれ写真アルバムからよろしゅう~。




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↑デイで、折り紙を切って木の実の形にした飾り物をつくりました。




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↑今朝は早起きしてしまったので、朝の光を撮ってみる。




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↑教会で。子供たちから来週開催されるという、謎の”お祭り”招待券を受け取ったナイスカップル^^







●今日の松崎先生のメッセージは、新約聖書「フィレモンへの手紙」からだった。これは聖書中でもたった1章しかない、短い部分だけれど、キリストの愛が全てを包み込み、平和と平等を与えてくれると伝えてくれている大事な箇所だ。獄中にいるパウロが、自分の教え子であるフィレモンという個人に向けて書いた手紙だそうだ。

…その頃、パウロのもとにはオネシモという人が熱心に仕えていた。彼はフィレモンの下から逃げ出した奴隷だった。当時の奴隷制度は根深く、彼らは生きた道具としてしか考えられていなかったし、逃げた奴隷は厳しい罰を受けなくてはならなかった。打ちたたかれたり、額に焼き印を押されたりしたというから酷い。何故オネシモが逃亡者となったのか、はっきりとしていないが、ともかく自由を求めてのことだったのかもしれない。

パウロはオネシモをフィレモンの所へ送り返すという決断をした。弟子であるフィレモンの立場を尊重してのことだ。それはとても大きな決断だった。オネシモはギリシア語で「有益」という意味がある。文字通り彼はパウロにとって有益な存在となっていた。それでも。

パウロの願いはただ1つ、オネシモを今度は奴隷としてではなく、兄弟として迎え入れてほしいということだけだった。使徒として、フィレモンの師として、パウロは上からそれを命令できる立場にあった。ここは私の顔に免じて赦してやれ、と。でもそうはしなかった。あくまで自分も1人の兄弟として、下から上へ向かい、へりくだって懇願したんだ。囚人である自分の立場まで伝えて。


ここに、新しい関係が生まれる。奴隷も主人もない、キリストにあってフラットな1つの交わりだ。
主に出会って、パウロは神様と和解ができた。そのパウロと関わって、フィレモンとオネシモもまた、変わった。神様と和解できた。
…そうして神にさえ赦された者が、隣人とは和解できないということがあるだろうか?

僕らはもはや、自分勝手に好きに生きているわけじゃない。ある意味で見えない大きな、宇宙規模の”教会”に組み入れられた家族だ。その中で人は、全くの平等で、そこには何の差別もありはしない。

手紙を受け取ったフィレモンはどうしただろうか。おそらく、オネシモを兄弟として受け入れたと思う。これだけのパウロの想いを、決して無下にはできなかったはずだ。


人には様々な考えや想いがある。隣人を愛すること、受け入れることは時に非常に難しい。それでも、イエス様の十字架で僕らは神様と和解した。再び結びつけられた。だから僕らも結び合わされなくてはならない。
主の憐れみで生かされている僕らは、主の愛でかたくなな心を溶かされることができるんだ。

先生の話で、今までもうひとつわからなかった3人の関わりが、はっきりわかって良かった。そして、聞いたことを言葉だけにしないために、何ができるだろうと考え続けていた。先入観を排して、本当の平らな関係を追い求めるために、できることは何だろうと。


まずは心を点検して、驕りを捨てることから始めようと思う。




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●昨日体験したプチ奇跡について。お休みだったこともあり、午前中は駅に函館行きの切符を取りに行った。再来週に迫った友人ヒカルの結婚式に出席するためだ。写真の依頼まで承っているので気合いも入っている。勢いこんでみどりの窓口まで向かい、料金を支払ったつかの間、職員さんが壁に貼られたポスターを見ながらなにやら考え込んでいる。そしてこう言った。「ちょうど10月10日から12日まで、道内観光キャンペーンやってまして、割引きくんですよ~」。僕が函館に行く期間は、そのキャンペーンにどんぴしゃりである。差額の3500円が、あっさり返ってきてしまった。これをプチ奇跡と言わずして何と言おう。神様が背中を押してくれた感じがする。この配慮、嬉しい!



●話は変わって、このブログの右下あたりに「プランジャパン」という国際NGOのバナーが貼ってある。以前からサイトを見て、途上国の子供たちのスポンサーとなり寄付や手紙での交流でサポートするという趣旨には共鳴していたんだけれど、なかなか実際の行動にまでは移れなかったんだ。自分の中に、それって偽善じゃないかといった歯止めがかかっていた。例えば例の24時間テレビに感じるような、「良い行為なのはわかる。けど、ちょっとね…珍獣ハンターまでは」という気持だ。

どんな気持だそれは。

でも、結局僕は訳のわからない”世間”を意識してしまっていたんだと思い直した。それは、ジーザスフォロワーとして恥ずかしいことだ。単純な話、主の喜ぶことなら、なんであれしたらいいんだ、そう思った。僕らがささやかながら援助することで、途上国の子供たちの可能性に少しでも貢献できるなら、きっと主は喜んでくれるだろう。

ただ、ここにその気持を書くのは、正しくないかもしれない。バイブルにも「右の手のすることを左の手に知らせてはならない」とあるように、行いを見せびらかす振る舞いは戒められている。僕があえて書いたのは、ひけらかしたいからではなくて、有言実行の訓練をしたかったからだ。公の場で言ったからには、続けたい。
はっきり言って寄付も、ぢっと手を見る貧乏書生にはハードルが高いが、それでもやりたい。

…意を決して、申し込み書をダウンロードし、インドネシアのお子さんのスポンサーになるのを決めた。直接子供たちにお金を渡す、というわけではなく、その子たちが住んでいる地域の環境を改善していくために、寄付は使われるのだそうだ。

確かに、日本にも困っている人はたくさんいる。なぜ外国かとも思う。でも、主は全ての人を造られた。肌の色や国なんて、関係ない。
そして主がこの世界そのものを創造されたんだから、僕らは皆、どこかで繋がっているはずだ。


とりあえず第一歩。明日、申し込み書を投函してきます!
もしプランジャパンに興味を持った方がいたら、バナーからサイトをご覧になってみてくださいね~。





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●さて今日掲載する写真は、全て仲間のhokusakuが撮影したものだ。彼は僕らの賛美ユニットでドラマーを務めてくれている小学生で、先日アメリカ旅行に行ってきたばかり。写真にも興味があって、今回の旅行でもたくさん撮って来てくれた。見てみるとなかなかセンスのある写真が多かったので、お願いしてアップさせてもらうことにしたんだ。

僕が編集者気どりでセレクトし、若干のお色直しはさせてもらったけれど、基本的には丸ごとhokusakuの視点が息づいていると思う。どうぞご覧ください!
…人の写真を観るのも、すごく面白いよね~。





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