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Hold Me Jesus 2

北海道在住のジーザスフォロワー・taikaのブログ。CFNJ聖書学院にて研がれる日々。

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品格ある知性をつくる24の方法 (青春文庫)品格ある知性をつくる24の方法 (青春文庫)
(2006/10)
林 望

商品詳細を見る






●林望さんの『品格ある知性をつくる24の方法』、
ぜひ読んでみてほしい本だ。

自分の才能を見い出すために、
それを磨いていくために必要なのは、
たゆまない努力。

すぐには実らないそんなやせ我慢にも努力を、
ひたすら続けていくことで、
人は、自分の思った以上のことができると説いてくれる。

著者が実際に途方もない学問の努力をしてきた方だからこそ、
説得力がある。

…今から10年後、どんな人になっていたいか。
それを思わされる。

僕の場合、ともかく聖書だ。
神様と共に生きる生き方をひたすら模索して、
それを他の人と分かち合いたい。

努力で信仰を勝ち取る必要はないんだけど、
無償の贈り物として与えられた信仰を、
磨き、育み、増やすのは、神様が喜ばれることだと思う。

だからまず、ひたすらに聖書に取り組んでみよう。
とはいえ今はまだ「読む」ことぐらいしかできない。

それでもいい。わからなくても、食らいついていくよ。

どうせなら「やり遂げた」という気持を抱えて、
天国に行きたいな。





●ランキングから離れてみて、
とても気楽に記事が書けるのに驚いている。

意味のあることを書かなきゃ、というプレッシャーから、
解放されたかな。

文章書きもまだまだ修行の身だから、
ひたすら努力を重ねていこう。

それは泥臭いかもしれないけれど、
決して、ださいことじゃないよね。


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●ランキングはしばらくお休みすることに決めた。


なかなかゆっくりブログを書く時間が取れないこともあるし、
今は仕込みの時期なのか、仕事から家に帰ってきてからも
聖書を読んだり、趣味の英語の学びをしてみたりと、
何だか忙しい。まあ好きでやっているんだけど(笑)。

そんなわけで、ちょっと冬眠に入って、
また目が覚めたらランキングにも戻ろうと思う。
書くべきこと、書きたいことも溜まっていくだろう。

今までクリックでご協力してくださった皆様、
本当にありがとうございました。ぺこり。

ブログ自体は細々と続きますので、
またお暇な時に遊びにきて下さいね。





●最近思わされること。

神様の「ために」できることって、
実は無いんじゃないかなあ。
だって、神様に不可能は無いんだから。

じゃあ、僕らにできるのは、なんだろう?

…神様と「一緒に」すること。

これならできるはずだ。

僕を通して、不完全なこの自分と一緒に、
完全な神様が何かをしようとしてくれる。
膝をかがめて、目線を同じくしてくれる。

神様と共に何ができるのか、
それをぜひとも見いだしたいな、と思ってる。






●絶不調の流れからは、何とか抜け出せたみたいだ。
息を吹き返した。

荒れ野学校、一旦卒業です。

この間にわかったこと。
それは、
やはり、僕には神様なしではやっていけないこと。

軸を失って、生きて行けない。


…ということで、今日もまた仕事場に行ってきます!






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●ただいま、絶賛荒れ野巡り中でございます。
完全にパワーダウン、力が枯渇しつつある。
予兆は何となくあったけれど、
本格的にやってきた。


これまでも何回かくぐってきた道だし、
必ず先への希望はあるのははっきりしている。
けれど、たった今、ほとんど力が無い。

神様を信じる者として、自分に一体何ができていると
いうのか。そんな考えがぐるぐる頭を巡る。

ブログにしても、教会のDLC(ユース)の活動にしても、
ただ空回りして一人勝手な想いだけが先走って、
中身が伴っていなかったんじゃないかという気がしている。

一人のクリスチャンとして、
どこにも影響力が無いというか、
外向きじゃないというか、
誰とも本当には繋がってなかったんじゃないかという
気さえしている。

自分が発した言葉を、生きているという手応えのなさ。

元いた楽な道、一人で心がひきこもってしまう道へ、
ずるずると戻りつつあるような。

でも、そういう完全に否定的な事柄に支配されそうな
時だからこそ、自分を認められない時だからこそ、
もう一度神様を見上げよう。

苦しくてたまらないまんま、神様に繋がろう。

「僕って何も出来ていない気がするんです」と祈ろう。

そうするしかないじゃないか。


…僕は不完全な、赦された罪人に過ぎない。
それをもう一度思い起こそう。
だから何でもすいすいとこなしていくことができない。

一回一回立ち止まり、その意味を受け止め直し、
よく噛んで身の内に取り込まないと、
本当にはわからないんだ。

でも苦しい。
自分を受け入れてあげられないのは、
つらいことだよなあ。

そんな今の僕でさえ、
イエス様は理解して、この気持をわかって、
受け止めてくれるんだ。

ありがとう。イエス様、本当にありがとう。






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●なんとなく、ブログをまとまって書く時間が無かった。

むしろ時間を使っていたのは聖書にだった。
僕にしては奇跡的に毎日旧約が5章ずつ読めている。
固有名詞や、わからない部分は徹底的にわからないのに、
なぜ続いているのかが不思議で仕方ない。

あとはKBFのオンラインメッセージを聴いたりしているうちに、
あっという間に寝る時間がきてしまう。

ストイックといえば、ストイックな、
単調といえば単調なここ最近だ。

聖書をたくさん読みたいのは、きっと、
神様の約束にもっともっとしがみついていきたいからだね。

自分が愛されているという事実を、心から実感したいから。
そうして初めて、僕は外へ向かって動いていける。

今はそんな、蓄えの時期。






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●利用者さんたちと、拾ってきた松ぼっくりに、
カラーペンで色づけしてみました。
なかなか見栄えがするね!





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●原因の今ひとつはっきりしない微熱を経て、
今日は病み上がりながら、丸一日働けた。

周りのスタッフさんも気を使ってくれて、
午前の時間をシフトづくりに使わせてくれたので、
ちょうどいいリハビリ加減だった。

…普段疲れが高じてくると、
人のためにエネルギーを費やすことに
なんだかげんなりしてしまう時もある。

人間だから、それも仕方ないよね。

それでも、しばらく横にならざるを得なかった
時間を過ごしてみると、
こうして働けること自体がありがたいんだと
つくづく思った。

横の身体を久しぶりに縦にしたので、
もちろん疲れはしたけれど。

神様が、すべきことを与えてくれるのは、
本当に、感謝なことだね。まじで。






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●今日、休みがもらえたおかげで、
悪寒はまだ少し残っているものの、ほとんど風邪は
良くなってきた気がする。
ひたすら静養ということで、聖書もだいぶ読めたし、
ネット配信のメッセージもたっぷりと聴けた。

なるべくじっとしていなきゃならない状況の中で、
心を向けられる相手がいるのがありがたい。

そして、普段はきついと感じてしまう仕事場だけど、
こうして何日か休みが続くと、
やはりそこでエネルギーを発散していたんだな
と改めて思う。


改めて思うといえば、「召命」についても
ずっと考え続けていた。
聖書学院への歩みも含めて。
ちょうど、前の松崎先生のメッセージが、
アブラハムの召命についてだったので、
余計にそのことへ想いはかき立てられたんだ。

アブラハム。神様に選ばれた人。
ノアの方舟の時代、人を創ったことを悔いさえした
神様だったけれど、アブラハムと新たな関わりを
持つことで、改めて祝福が始まった。

信仰の父とさえ呼ばれるアブラハムは、
決して完璧な人ではなかった。弱さもあった。

何故、彼が選ばれたのか?

それは神様の自由な選びによる、
圧倒的な呼びかけがあったからだ。

他の誰でもない、「あなた」が行くように、
地上の全てを祝福するために、
彼は約束の地に行くよう、呼びかけられた。

アブラハムも人間だ。
だから葛藤もあっただろう。
豊かな生活を捨てて、神様の約束だけを信じ、
出てゆくことに。

それでも彼は、神様に応答した。
ただ従うという決断を、神様は認めてくれた。

イエス様の母、マリアも同じところがある。
「あなたの御言葉通りになるように」と、
彼女はその身に起きたことを受け止めた。

アブラハムは、信仰を通して、
神様に義と認められた。

彼が何をしたわけでもなく、そのままの姿で。
神に従うという、その姿勢だけで。

いつでも僕らは、神様の招きを受けている。
召命は一部の選ばれた人だけでなく、
全ての人に与えられている。

それに、どうやって応答するか?
自分に限界をつくって、自分の都合を優先して、
ただありのままの姿で神様の前に出ることを、
ためらっていないだろうか?

でも、完璧でなくてもいい。
欠けたところ、弱さは神様と他の人が埋めてくれる。

呼びかけに応答して、新たな出発を、
僕たちはしていくことができる。いつでも。


…僕も、今受けている呼びかけに、
そのままの自分で応えよう。

それが神様の招きであるなら、
神様ご自身が、弱い僕を護り、
新しい道へ進ませてくれるだろう。

気休めでなく、
僕には到底できないことも、神様になら、できるから。






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●教会でこの間から、こども礼拝が始まりました。
前の日曜で、二回目。大きな祝福だと思います!





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●昨日の晩から何だか身体が重だるいと思いつつ、
朝、仕事場で検温してみた。
微熱がある。まっさきに思い浮かんだのはインフルのことだ。
これはまずい。利用者さんにうつすわけにはいかない。
幸い、人手が足りている日だったので、午前中病院に直行する。
いきなり奥のベッドに寝かされて、病人気分は高まる。

熱は上がりかけている段階なのでインフルの検査はできず、
風邪薬だけもらって戻った。

そのまま今日の仕事は勘弁してもらい、家で今まで休んでいた。
熱は薬のせいか下がっている。ただの風邪だったみたいだ。

意識はクリアなのにひたすら寝ているしかないというのも、
かなり時間を持て余す。

けれどこういう時だからこそできることもある。

横になりながらずっと
「小説『聖書』旧約編」を読みまくっていた。
夕方にかけて通読完了!
もちろんこれで聖書を読んだことにはならないけれど、
物語は原典に忠実だし、全体のあらましが分かって
とても良かった。これから本編の旧約を読むのにも
役立ちそうだ。

全編を通して、神様に助けてもらったにもかかわらず、
その度に何度も神様に反抗していく民の姿と、
それでもなお、王や預言者を遣わして民を自分の手に
取り戻そうとする神様の愛が描かれていた。

僕なら自分から寝返った者なんてほっておこうと
思うだろうけれど、神様の愛はとことん深い。

裏切りを嘆き、それでも助けてくれる。
僕らが信じているのは、そういう生きた主だ。

さすがに三十路の風邪っぴきに数百ページの本は
きつくて(笑)、目が痛くなった。

読み終えた後は、KBFのロブ先生のメッセージを聴く。
ちょうど大好きなダビデを例にとったお話で、
これも勇気づけられた。

王に選ばれるまではとるに足らない羊飼いだったダビデ。
でも、神様は外見を見ない。その人のハートを見る。
信仰を見る。

だから今、一人で寂しさを感じていたり、
誰も自分になど気にしてくれないと感じている人は、
逆に主との関わりの土台をつくる
良いチャンスを与えられてるんだ。

イエス様の弟子だって、言ってみれば「その辺の人」だった。

神様は、能力で人を量ったりしない。
僕らはそこに希望がおける。気休めではなく。


聖書学院に行こうと考えている僕も、
メッセージに励まされた。

こんな人付き合いが下手で不器用な者に、
一体何ができるだろうと思ってもいるから。

でも、ただの人を神様が用いてくれるなら、
僕にも可能性がある。それを信じられる。

…風邪の床で、身動きはできなかったけれど、
またたくさんの気づきを神様は与えてくれた。
ありがとう^^






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●聖霊様に手助けを求めて聖書を開くようになってから、
不思議と旧約聖書が少しずつ読めるようになってきた。

もちろん、内容がすんなり分かるわけじゃない。
ただ読んでいるだけの面も多々あるのだけれど。
(何とかが何アンマとか、分かりませんよほんと・笑)

それでも、ちんぷんかんぷんだった以前と比べたら、
大きな一歩だと思う。読めるだけでも嬉しい。


毎朝使っているデボーションガイドの、
今月の特集は「聖書通読について」だった。
主の言葉は、どれも大切で、
どれが必要でどれが必要でないかなんて、
とても判断できるものではない。
だから、全てに触れる必要があるのだそうだ。

そして、通読するはフルマラソンを走るのに似ている、
とあって妙に納得できた。

走るためには準備がいるし、
ペース配分も大事だし、
心臓破りの坂はあるし(笑)。

長距離走と分かって読めば、
きつい箇所も「あともう一章だけ頑張ろう」と思えるね。

考えてみれば、信仰の生活そのものも、
フルマラソンに似ているのかもしれない。





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●今日はちょっとした記事なんだけれど、
些細なことを書こうとするとき、少しだけ迷う。
わざわざ皆に来てもらってまで読んでもらうことかなあ、
なんて妙なことを考えて(笑)。

それでも書こうっと。


最近、仕事の前には必要に迫られて祈っている気がする。
しかも、細切れに。その都度。

今日の仕事で言うなら、
朝の送迎で初めての利用者さんの家に伺うときに、
ちゃんと辿り着けるように。

午前の入浴介助では、安全に気持よくお風呂に
入ってもらえるように。

昼休み、小上がりで皆さんが寝ているような
落ち着いた時間にも、この平安が続くように、
心の中で短く祈っている。

そして今日は苦手な会議もあった。
たくさんの人の前で発言するのが、苦手なんだ。
月行事の反省を報告するときに、
わかりやすくあがらずに伝えられるように、祈る。


はっきりしているのは、少なくとも僕は、
主に頼らなくては介護の仕事なんてできないことだ。

濃密に人と関わって、常にアンテナを張りっぱなしの仕事。

だから、一日終わると本当にほっとする。

護られたありがたさがある。

…祈りを通して、頼る相手がいるのは、本当に嬉しいよ。






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●クリスチャンプログラマーの結城浩さんが開設されているサイトは、僕がブログを始めるきっかけの一つになっている。完全な文系頭の僕にとって、結城さんの携わっているプログラムや数学の領域は完全に門外漢なんだけれど、それ以外の文章、例えば日記であったり、文章書きや祈り、色々な事柄についての心がけシリーズ、クリスチャンのためのホームページ講座からたくさん影響を受けた。わかりやすく、あたりの柔らかい語り口が好きだし、とにかく中身がいちいち腑におちる。ぜひ皆さんにもお勧めしたいです。


結城浩 - The Essence of Programming



今日はそんな結城さんに倣って、僕が普段このブログを書く時に心がけていることをまとめてみようと思う。何かちょっとでも参考になれば嬉しい。


1、まずは正直に書く

他の人のプライバシーに関わることなんかはもちろん避けなくてはならないけれど、自分については内面も含めてかなりそのままを書いている。嘘を書くエネルギーがあったら、少しでも純度を高めた方がいい。時に悩んだり、葛藤もあり、ネガティブな方向に行きそうになることもあるにせよ、神様のフィルターをくぐらせたら、それはいつだって最後には希望の方を向く。神様に話しかける時のように、ありのままの自分を書いているつもり。


2、他人事のように、読んでみる

ひとつの記事を書き終えたら、突き放して、他人事のように読んでみる。このブログに書かれているのは大抵、僕と信仰にまつわる話だから、そんなものに興味のない人には全くないことだと自覚する。外側から読んでみて、読者の方がちょっとでも我が身に引きつけて感じてもらえるか、気を配る。


3、何か「お土産」を用意する

B型男子の特徴かもしれないけれど、僕にもサービス精神はある。せっかく数多くのブログからわざわざここに足を運んでくれたんだから、何かお土産を持っていってもらいたいんだ。写真を奇麗と思ってくれることでもいいし、信じる気持に対して、新しい気づきを折り詰めにしてちょっとでも持って帰ってもらえたら、本望です。


4、ほのかな笑いを忘れない

僕の頭の中には、「くだらないこと専門部署」があって、そこでは常にしょうもないアイデアを練っている。昔書いていた文章は、くだらない率が75%ぐらいあって本当に無内容だった(笑)。でもある時に人から、「あなたの文章はくどいよね」と言われて、改めることにした。ほのかに香らせる程度でいいみたいだ。笑いは。

そして、なるべく自分を笑い飛ばすようにしている。それが一番あっけらかんとしていて罪がない。それから身内の面白宇宙人・もんぶらんなどは、ただ佇まいを書くだけでも面白いからありがたいよね。


5、一行一行に、意味を込める

これは理想だ。まだそんな境地には全然達していないんだけど、一行に意味が充分込められていて、なおかつ面白い文章を目指したい。どんどん先を読みたくなる文。

…ということで個人的なブログを書く心がけをまとめてみた。それこそ、何か一つ、お土産に持って帰ってもらえるところはあったでしょうかね?(笑)






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●休みの一日。寒空の下、自転車に乗って図書館へ向かう。

河合隼雄さんの本を含んだ何冊かを借りて家に帰り、
途中でお昼寝を入れながらゆっくり読んだ。
気がついたら、早い夕暮れがすぐ側までやってきていた。


つい最近まで、「とにかく何かやらなくちゃ」症候群にかかってたと思う(笑)。
特に神様に繋がっている者として、仕事が休みの日にも、
何か意味のある活動をしなくちゃ、と焦ったり、
時に罪悪感さえ覚えてしまっていた。
「神様のために何もしてないじゃないか」とか。

でも…忙しくただ追われている気持から、本当に良いものは生まれにくいね。
良いものができるのにはきっと、熟成がいる。時間がかかる。

ゆっくりでも、いいんだよ。


主がこの世界を創られた時、7日目には安息をとられた。
全知全能の神様でさえ、休みを大切にされた。
イエス様も旅の途中、人を避けて一人になり、
父なる神様との時間を持った。

だとしたら、休息もまた、神様の一つの祝福だと思うんだ。
必須のものとさえ言えるかもしれない。


だから今日は、たっぷりと休ませてもらった。
好きな読書をして、それについて横になりながらじっくりと考えられた。
無上の時間。目は痛むけれど(三十路ですねえ・笑)。

誰にもはばからず、祈ることもできた。
神様、ありがとう!


また明日から、仕事場であれこれタフに過ごしていくことになる。
与えられた場所で、主と共に今のミッションをやり抜いていくためにも、
できる限りベストを尽くすためにも、
僕らには、時に安息が必要なんだね。

それに負い目を持たないようにしよう。

これを読んでくれている方の中には、
「なかなか休みなんてとれない」という現状もあるかもしれない。
例えば、仕事や育児や家族の介護をされてるとかで…。

それでも、ほんのひと時、
「ゆっくりでもいいんだよ」と自分をいたわる時間が持てるのを、
神様のもとで安らぐことができるのを、僕は願ってます。


特別に何もしない時。
それは、何かをこれからしていくための、準備の時。






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↑利用者さんが持ってきてくれた、ほおずき。





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●今日、「ヨハネによる福音書」を改めて読み直して、感動した言葉。


「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる」(13:34ー35)


僕は教会というものは、本当は一つしかないんじゃないかと思う。キリストの身体としての、大きな”教会”。クリスチャン全てが属する、世界規模の教会だ。現実的には、教団や教派、信仰の重んじる部分の違いで、互いに理解しあえないところがあるのは承知で、あえてそう思う。

違いはあっていい。それは主の大きさ、裾野の広さを表しているんだから。でも、「互いに愛し合いなさい」というこの新しい掟は、あらゆる違いを包み込み、神様を知らない人に、クリスチャンのあり方を通して神様を伝えていくために確実に必要なものなんじゃないだろうか。

日本には1%のクリスチャンしかいないとされている。そんなに少ないのに、手を取り合わないでいられるだろうか?

互いに愛し合いたい。まずは、主に繋がって、主を信じる者同士からね。





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●ひええ。ブログランキング、なんと4位ですか!もう信じられないというか、読んでくださっている方に感謝するしかない。書いている当事者としては、日々気づかされたことを漫然と綴っているこのブログの読みどころって分からないんだけど、もし何か少しでも感じてもらえているとしたら嬉しいです。ありがとうございます。でも本当にどこが面白いのかなあ^^;



●自然と神様を追い求めるようになってから、内側で変わったものはけっこうある。その中の一つに「自己嫌悪の回数がものすごく減った」ことが挙げられる。神様を知る前はひどかった。自分が言ったこと、人から言われたこと、ちょっとした失敗を牛のように反すうしては、一日、重だるく凹んだりしていた。そんなことしても、どこにも行けないのに。


土曜日、仕事場でちょうど自己嫌悪に陥りそうになってしまった。週末で疲れていたのもあるし、日中やっかいな問題も起きたりで気を張っていたせいか、あるスタッフさんと話している時に強い調子で切り返してしまったんだ。アクセルを思い切り踏み込んでしまった。言った瞬間、後悔した。すぐにフォローはしたものの、何だか愛と余裕の無い己に少し嫌気がさした。

…昔と違うのは、祈れることだ。想いを分かってくれて、伝えられる相手がいること。自分を嫌う前に、僕がどれほど不完全でも愛をもって接してくれる主のところに行ける。その日も、祈りを通して謝った。抱えた荷物を、降ろせた。

いい格好なんかしなくても構わない。どれほどみっともない姿でも、主は受け止めてくれる。それは自己正当化でなく、自己満足でもなく、事実として。だからこれからも、全部ご存知の主に、さらけ出していこうと思う。


自己嫌悪は、理想と現実のギャップから、きっと来るんだよね。主はいつでも、ありのままの現実を見てくれて、膝が折れそうな時、「そこからもう一度立ち上がりなさい」と言ってくれる気がする。だから、理想に苛まれる回数も減っているんだね。

だからといって、”そのまま”でいいわけでもない。僕らは日々新たにされる者でもある。本当に少しずつ、ティッシュ一枚分ぐらいの積み重ねでも(笑)、心が変えられるように、感情だけで突っ走らないように、願おう。


さよなら、自己嫌悪。





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