Hold Me Jesus 2

北海道在住のジーザスフォロワー・taikaのブログ。CFNJ聖書学院にて研がれる日々。

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●昨日の礼拝の後、教会の皆で海に夕日を見に行った。
車で15分ほどかかるところ。

あいにく太陽は雲に隠れてしまっていたけれど、
久しぶりに海をじっくり見られた。

写真もたくさん撮りました。
相変わらずの専属モデル、ミンちゃんと共にどうぞ^^





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↑ススキの野原とは思えない…






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↑iPhone4の宣伝、のつもりがリンゴマーク見えず






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↑キム先生の息子さんたち






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↑分かりにくい鳥






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↑分かりやすい海






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↑抽象的なミンちゃん






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↑I LOVE YOU JESUS!







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●さて、お魚屋さんのアルバイトを始めてもう1ヶ月が過ぎた。
さすがに全体の流れは把握できてきたものの、
4時間、フル回転で動きっぱなしだ。
寄る年波で体が追いつかない。

昨日、自転車で通勤している時、公園で少年野球の練習を見ながら、
はたとひらめいた。
バイトを仕事と思うからしんどくなるのだ。
これからは「部活」に行くと思おう(笑)。
そういえば、スーパーの更衣室のロッカーやら、
周りほとんどが高校生な現状やら、
体育会系の部活に何となく雰囲気が似ている。

所属の部門も、「水産部」だし。

ということで、今からはエクササイズ!と思い込んで
試しに過ごしてみたら、なかなか具合がいい。
重たいゴミをバーベル代わりに計量器まで運び、
大体の重さを推理して、載せる。ほぼビンゴ。
値引きの時間が来たら機械を持って売り場へ。
ここではタイムアタックに挑戦する。
手抜き、値引き漏れを一切しないで、尚かつ30分で終わらせる。
返す刀で板場に戻り、床にホースで水を撒く。

社員さんからの細かなミスの指摘も、
コーチから指導されていると思えば、感謝感謝である(たぶん)。

9時がまわって部活終了。休憩はなし。
足はがくがくながら、走り抜いた感じが良かった。

このように、ルーティンな仕事も、
自分内設定を勝手に変えたり、その日の目標を決めてこなしたり、
オートで体が動く所は体に任せて、
心と霊では祈ってみたりすると、単調さから抜けだせる気がする。

文化系のガリガリ眼鏡君が体育会系というアウェーで
戦っているんだから、色々と知恵は必要だ。


ちなみに僕は売り場に出るときは、なるべくお客さんに
挨拶するようにしている。しつこいくらいに。
別に良い人を演じたいわけではなく、
自分がお客の側にまわったとき、店員さんから素通りされるのが
好きじゃないから。

こう言っては何だけれど、
時々、「あなたはサイボーグ?」と言いたくなるような
店員さんっているじゃないですか。
ああいうのが苦手だ。
だから少しでも人間味を入れて接したいと思っている。


聖書の学びと教会奉仕と水産部の部活。
この三つどもえはなかなか大変だけど、
イエス様が全て必要なことを訓練してくれていると信じてる。




「わが子よ。主の鍛錬を軽んじてはならない。
主から懲らしめられても、力を落としてはいけない。
なぜなら、主は愛する者を鍛え、
子として受け入れる者を皆、鞭打たれるからである。」
(ヘブライ人への手紙12:5-6)





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●先週の木曜日、午後の実習時間は、
個人伝道の学びとシミュレーションをした。

これがなかなか高めのハードルで、
公園のベンチか何かに座ってる人に
いきなり話しかけ、福音(グッドニュース)を
伝えていくというものだ。

学びもさることながら、
実際に実習長をノンクリスチャンの方に見立てて、
一人一人が実践できたのが良かった。
自分の中で、福音というもの、
救いというものがはっきりしていないと、
それを知らない人に明確に伝えられないんだと知った。

僕は幸い、「信仰に少し心を開いている人」役の
みゆき姉さんと練習できたので、
何とかイエス様を受け入れる祈りにまで導けた。
でも自分の中に、皆からどう見られているかといった
余計な雑念があって、純粋に神様を伝えたい動機が
まだまだ足りないと思った。


…ところで、バイブルが語る福音、救いとは
簡潔に言うと、一体何だろうか?

それを表す資料を、実習の際にもらった。
「ゴスペル・ハンド」。

片手の指5本に、それぞれ色と意味を持たせることで、
福音を伝えることができる。

それぞれ、紹介してみよう。



【親指】(金色の指)
まず何よりも、神様は私を愛している、
ということから話は始まる。
「この私」が今、生きているのは、
神様がそのように望み、母の胎の中で、
私を組み立てられたからだ。

そして、天国…、
この世での命を終えた後に向かう、
神様と永遠に共にいられるところに、
イエス様が素晴らしい場所を
用意して下さっている。


【人差し指】(黒の指)
しかし、残念ながら人は罪を犯してしまった。
そのため、神様との間に溝ができてしまった。

盗み、殺人、嘘、それらも勿論、罪の範疇に入る。
でも、最も大きな罪は、神様と離れて自己中心の
生き方を選んでしまったことだ。
バイブルの言語では、罪は「的はずれ」を指す。

罪が支払う報酬は、死だ。

【中指】(赤の指)
神様は私たちをこよなく愛している。
だから、人をそのままにしておけなかった。

でも、人間自身には、罪は購えない。
どんな修行を積もうが、お金を積もうが、
あらゆる善行をしようが、
神様との愛の関係を回復できない。

そこでこの世に遣わされたのが、
神様の独り子、イエス様だ。

神でありながら人の姿をとって、
私たちの間に入ってれたイエス様は、
他ならない私のために、十字架にかかってくれた。
父なる神様と、その下から離れてしまった人間との
間を取り持ち、身代わりに罪と死を引き受けてくださった。
神様と人とは、和解ができたんだ。

さらに、十字架の死から3日後、
イエス様は復活し、死からも打ち勝った。

【薬指】(白の指)
そのイエス様を信じ、自分自身の救い主として
受け入れるとき、私は神様と本来の関係を回復できる。
そしてそれまでの過去は拭い去られて、
イエス様に清められて、
全く新しい人生を生きていける。

【小指】(緑の指)

この緑は、芽生え始めた芽のようなものだ。
バイブルを読み、祈り、教会に集い、
クリスチャンとしての成長が始まる。


イエス様を受け入れたことで、
私は永遠のいのちを得ることができた。
この救いは、完全に神様からのプレゼントだ。
私はただそれを受け取るだけだ。


必死になって神様に近づこうとしなくても、
神様の側から私たちに近づいてくれている。


…こうしてまとめてみると、
本当にシンプルきわまりないね。


どうか、神様をまだ知らない方が、
このプロセスを通って、気づきが与えられ、
神様との愛の関係を回復できますように!

人間はそこに”宗教”のラベルを貼るけれど、
そんなものはひっぺがしてしまおう。

あなたはたった今、現時点でそのまま愛されていて、
神様のオリジナルの最高傑作で、
イエス様が命を賭けてでも、助けたいと願っている
大切な人です!






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●一昨日の晩のこと。
ふと開いた聖書の箇所に、ものすごく惹きつけられた。
旧約のイザヤ、49章だ。

読んでいるうちに、
「これはひょっとしてひょっとしたら…」という
気持になってきた。

召命。コーリング。

神様に仕える献身者としての招き。

もちろん全てのクリスチャンは働き人だけれど、
フルタイムで仕える者になるよう、
呼びかけられたような気がする。

もっと、祈ってみます。
こんなに小さな者が、力の無いものが召されているかどうかを。


何かが、芽吹き始めた。
勘違いじゃありませんように(笑)。



●ブログランキングについて、
今までは「キリスト教」カテゴリーに100%の力を
投じていたんだけれど、少し外へ出るように促された。

そこで「30代の生き方」にも片足を入れることにした。

クリスチャンのライフスタイルを、
まだ知らない人に届けたいです。

もしよろしければ、引き続きクリックなどで、
応援して頂けると励みになります^^





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●最近、つくづく思わされている。
「イエス様のことをまず最初に見ていなかったなあ」と。

奉仕教会で弟子訓練を受けているんだけど、
ある回で「1日24時間、イエス様に心を向け続ける」
という課題が出た。
何をしている時も、イエス様を意識して行動してみる。

次の日にチャレンジしてみた。

晩にわかったのは、
いかにイエス様を見ていなかったか、だった^^;

僕が優先的に見ているのは、
自分自身と、他の人たちの様子だった。

イエス様より、「人」に想いが行っていた。

それは長年培った防衛本能かもしれないし、
良く言えば気配りかもしれない。

でも、順序が違っていた。

聖書の中に、マルタとマリアという2人の
姉妹が出てくる。

彼女達の家に、イエス様が尋ねたことがあった。
マルタはもてなしのために立ち働き、
マリアはイエス様の足下に座って、
話に聞き入っていた。

マルタは思わずイエス様に不平を言ってしまった。
私だけにもてなしをさせないで、
マリアにも手伝いをするよう、仰って下さい、と。

イエス様はこう答えられた。

「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、
心を乱している。しかし、必要なことは
ただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。
それを取り上げてはならない」

(ルカの福音書10:38-42)

マルタにも悪気があったわけではなくて、
喜んでイエス様をもてなそうとしていた。

でもイエス様は、それよりも大切なのは、
まず自分に繋がることだと教えてくれた。


…ある人が、
「自分以外の人間が皆、いなくなったら、
悩みも無くなる」と言っていた。
確かに僕らの悩みの多くは、人間関係からくる。
あれこれ思い悩む。

でも、「人」を見るのは、
まずは主に繋がってからだ。

イエス様が最優先、でいきたいです。




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●何だか明け方まで眠れない日々が続いていた。

寝不足に加えて、学院での学び、教会奉仕、
バイトと駆け回っているうちに、とうとう疲れが高じて、
一日ダウンしてしまった^^;

どれにも手を抜けない性格なので、
オーバーヒートしてしまったのだ。

…昨日、新入生のキヨさんと山までドライブしてきた。
「熊が出ませんように」と手稲の山道を散策しながら、
そしてまとわりつく蚊を振り払いながら、
たくさんの証が聴けた。

キヨさんの持っている情熱と奥底に秘めた
パンク精神が知れて良かった。
抜き身の刀みたいな人です(笑)。
僕もどこか同じような反骨精神があるので、
似てるなと思えた。



ロープウェイの入り口でコーヒーを飲みながら、
二人で神様が創った自然を見ていた。

キヨさんの名言。
「ピカソの絵よりもススキの方が奇麗ですよね!」
そうだ。神様は全てのものを無から創られた
真のクリエイターだから。

帰り際、車の中でお互い祈りあった。
キヨさんは僕がしっかり眠れるように祈ってくれた。

それで何かの通路が開いたのかもしれない。



夜になって急に思い立ち、部屋で一人で祈っていた。
すると、つぶった目の内側に、
幻のようなものを見たのだった。

地面に両開きの鉄のドアがついている。
そこが静かに開くと、中に埋まっているのは
水色のジャージを着た自分自身だった。
目を閉じている。

これは中学生の時の僕だ。

埋まっている地面から、誰かの力強い手が、
僕を引き上げるのを感じた。
そして地面に引き上げられ、
その手が顔についた土を静かに拭ってくれている。
そんな幻だ。

また、別の幻も見た。
四方が壁になっていて、天井だけが開いている部屋がある。
三つの面だけに窓がついている。
突然、天から滝のような流れが降って来て、
その部屋の中を押し流す。
三つの窓から、激しく流れが吹き出してくる。

次に心の中に来た想いは、
「新しくなる」だった。

…気がついたら、涙を流していた。
幻の意味は全然わからないけれど、
自分が心底、異邦人…この世のどこにも属していない人間のように
感じてしまった。

それでも、イエス様には受け入れられている。
そのことが、ただただ嬉しかった。


これは実際にあったことだ。
何の誇張もない。
ちょっと幻想的すぎて僕にも解釈がしにくい。

目には見えない場所で、何かが変わろうとしている。



●話変わって、これからしばらくブログ更新は少し
スローペースになりそうだ。
というのも、9月13日より1ヶ月かけて、
聖書通読にチャレンジすることになったから。

奉仕教会で弟子訓練を受けており、その課題だ。
聖書学院生にこれほどふさわしい課題もない。

1日でいったら70ページずつ(笑)。
半端ないです。
目の前に大きな山がそびえ立ち、
僕はそのふもとにいる。
一緒に挑戦するのは、ミンちゃんとキム先生。

ただ、頂上に立った時の景色は、
間違いなく素晴らしいものだと思う、

というわけで学校の課題、バイトに加えて、
聖書という高峰の山登りも開始するため、
多分ゆっくりブログを書いている時間はなさそうだ。
(全く書かないわけではないですが^^)

でも、ツイッターは合間合間に更新する。
通読の経過報告もしたい。

こんな小動物の生態に興味のある方は、
お暇な時にでもチェックしてください!






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●最近、驚くばかりに眠れないのだった。
眠るための薬は飲んでいる。
それでも頭は冴え渡り、色々なことに想いを馳せてしまう。
それで2時間、3時間は当たり前に過ぎていく。

当然、昼間にしわ寄せはやってくる。

新学期が始まって、
学びと教会奉仕とバイトが一気にやってきた。
ちょっと容量が溢れているんだろう。

特にバイトだ。まさにこの世という感じ。
些細なことで怖がらせて言うことを聞かせようとする、あの感じ。
仕事にも少しずつ慣れてきたし、
普段頭を使い過ぎなので、肉体労働はちょうどいい。
ただ、ちょっといらだちの混じったあの空気感は、
なかなか厳しいものがある。

したくなくても、僕のアンテナが受信してしまう(笑)。

眠れないのはそのせいもあるのかもしれない。



イエス様が、重荷を共に背負って下さる方であること、
疲れた者を休ませてくださることを、僕は知っている。
耐えられない苦難は与えられないのも、知っている。

今はその約束にしがみついていく。

眠れない夜に、つらつら考えたこと。





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●今日からいよいよ新学期の始まりだ。
2学期からの新入生のため、まずは入学式が開かれた。
新しい仲間はお二人。キヨさんとレナさんご夫婦だ。
東北から美男美女がやってきました。



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↑こちらがキヨさん。男前。





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↑こちらはレナさん。美女。





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↑お二人とも純粋に神様を愛し、慕い求めて、
知りたいと願っている方。
過去にあった様々な出来事を乗り越えて、
信仰歴数年で聖書学院にまで導かれたんだ。





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↑キヨさんの証、自己紹介。





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↑新入生のための祈りです。





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↑このお二人を加えた学院生13人。
この学期もCFNJ聖書学院は張り切っていきますよ!!

今しかない時間を、絆を深めて過ごせますように!






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●昨日の晩、学院ホールにてCFNJ感謝デーなるイベントが
執り行われた。
これはアメリカから創立者の先生や
理事長の皆さんが来ていることもあり、久々に企画されたものだ。
神様が、この26年間、学院を護り導き引っ張ってくださったことに
感謝する日。ゆかりの人たちが50人ほど集まった。





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↑寮の舎監Y夫妻の心づくしの軽食





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↑ホールで。左端は新入生のSさん





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↑学院創立者のグリコ先生





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↑僕も、学院生活の証をさせてもらった。
50人以上の前で、
心臓が「ど根性ガエル」みたいに飛び出そうだった。
早鐘を打っていたね。






ハレルヤ!私は学院1年生の福井大化といいます。
まずはこの学院が、主によってこれまでの歩みを護られ、
多くの器のご奉仕と祈りと尊い捧げものによって、
ここに建っていることを感謝します。


そしてまた、私が今、この場に立てていることも主に感謝します。
と言いますのも、夏休みの間、
どうしようもないほどの経済的な困難があり、
二学期の学費のめどが全くたたず、
一時は学びが続けられるかわからないほどの
状況になっていたからです。
これほど追いつめられたのは初めてでした。
しかし、主は祈りに応えてくださり、
ある方を通じ全額を貸していただけることになりました。
もはや自分の力ではない、大きな流れを感じました。


学院に来るまで、私の信仰は知識と心にだけに
依って立つものでした。それにずっと、
何か欠けたような想いを抱いてきました。
私の望みは「神様について」知ることではなく、
「神様ご自身を」知ることだったからです。
生きた主の御業を体験することだったからです。

学院で過ごした半年の中で、その欠けた部分、
”霊”の領域が少しずつ開いてきました。
また寮での共同生活、教会奉仕、アウトリーチなどを通し、
自分がいかに妥協した信仰を持っていたか、
あらわになってきました。その逃げ腰だった部分を、
主が取り扱われ、訓練してくださっているのだと思います。
陶器師の手によって、土がもう一度こねられ、
新しく形を変えようとしています。
ヘブル書にもあるように、訓練を受けている最中は
辛くも感じるわけですが、主が愛する者を鍛え、
我が子として取り扱っているからこそ
そうされているのだと信じます。

また、聖書の御言葉に対しても、意識が変わってきました。
これまでただ読んでいただけの部分もたくさん
あったのですが、だんだん「ここで生きていること」
そのものと少しずつ噛み合ってくるようになってきました。
無理矢理頭に詰め込むのではなく、
ようやく、我がこととして受け止められるように
変わってきたと思います。
そして私たちに、どれほどの恵みが与えられていたのか、
主が語りかけたいことがどれほど多くあったのかも、
知りつつあります。恐れや不安がないわけではないですが、
もっともっと、深くそれを知り、
知るだけでなく聖書が語る現実を生きたいと願います。


これから、どのような道を主が備えていてくださるのかは、
私にはわかりません。
三学期、学院にいられるのかさえもわかりません。
全ては主の御心と計画の中にあります。
それをひたすらに信じるだけです。
しかし、今、学院で皆と共に過ごせる時間が、
どれほど貴重かは夏休みに味わった試練でわかりました。
それは砂時計のように、静かに流れていくものです。
できるなら少しでも長くその時が続けばと思います。


今日、来て下さっている理事、講師の皆様、また卒業生、
スタッフ、学院に関わりをお持ちの全ての皆様、
どうか、学院生がもっと主を知り、
イエス様の十字架に日々感動し、
命に満ちた証をしていくことができるよう、お祈りください。

学院が主にあって力強く前進していくのを、私たちも祈ります。
ありがとうございました。









…最後に、会場を飾ってくれた、けいさん制作のお花を紹介します。




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