Hold Me Jesus 2

北海道在住のジーザスフォロワー・taikaのブログ。CFNJ聖書学院にて研がれる日々。

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taikacross

@mmesachiさん いや大笑いでした。お風呂が終わったと思って準備したら、いきなり歯磨きが始まって脱力したり(笑)。お祝いの言葉感謝です!
02-25 13:48

どっきりは大成功!J1君、九州男児の本気の驚き叫びが響き渡った。それはそうだろう。風呂から上がったら複数の男たちが部屋にいるんだからさ(笑)。ビデオまでまわってて。でも27歳おめでとう!!!
02-25 01:52

2/23 晩に、27歳になったJ1君のどっきりバースデー会を企画した。彼が何も知らずに風呂に入っている間に、兄弟たちがケーキを持って潜入、風呂上がりを見計らって襲いかかり祝い倒そうという、はた迷惑な作戦だ。
02-25 01:52

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2011.02.26 06:55 | 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-) |
taikacross

…それを肌で学ぶためにも、学院2年目があるのかもしれないね。
02-23 12:18

2/22 人間関係。難しいなー。人とうまく付き合うために必要なのは、そもそもの才能や性格なのか、スキルなのか、慣れなのか。神様が与えてくださっている人々との関係を、無駄にしたくはないんだけれど。
02-23 12:18

2011.02.24 11:54 | 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-) |
taikacross

2/21 文章と写真とイラストの、曖昧な目標。文章は、一行一行に意味があるものを。写真はせめて1枚5秒ぐらいは見てもらえるものを。そしてイラストは、チラシの裏に描いてあるのに、何となく捨てられない…そんなものを目指したい。
02-21 13:09

2011.02.22 10:16 | 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-) |
taikacross

リアルタイム。一食断食でこんなにお腹がすくとは思わなんだ^^;今日は朝から水産部で泣く泣く礼拝を休みました。紅鮭を詰めながら一人で神様のことを思いました(笑)。
02-20 16:33

2/20 人の発言や表現が他の人に受けとめられる法則は2つあるように感じる。1つ目、「その人自身が好意を持たれているか」。2つ目、「発言や表現自体が内容深く、めっぽう面白い」か。どちらかが満たされてれば、反響が返ってくるような気がする。極端??
02-20 15:59

2/20 そんな折に知った、マザー・テレサのぶっとんだ言葉。「人は、不合理、非論理、利己的です。気にすることなく、人を愛しなさい」。すごーーーい!気にしないんだー(笑)。
02-20 15:58

2/20 最近、自分は条件付きで人と接しているなー、とつくづく思う。近くで悩んでいる人を見て、励ますどころかちょっと苛立ってしまっている。良いときもそうでないときも、受け入れることができるように、イエス様に求めていこう。
02-20 15:58

…となると、気になるのは配偶者のことである。流れから言ったら、年上??でも、こればかりは祈りつつ神様にお任せだ。「賢い妻は主からいただくもの」(箴言19:14)。あーめんです!
02-20 03:30

初めてイエス様のことを教えてくれたのも、韓国で本当にお世話になった姉さんだったし、今の水産部、粉もの部でもパートの奥様方から徹底的に鍛えてもらっている。遠慮ゼロの言葉の矢に、心臓を貫かれることもある(笑)。
02-20 03:30

2/19 ふと考えてみると、何故かこれまでの人生で、年上の女性からお世話になったり、いろんな意味で可愛がってもらったりすることが多かったと思う。決してもててるというわけじゃない。称賛や罵倒も含めて、関わりが深いといおうか。
02-20 03:29

2/19 朝に洗濯をした。洗剤がだまになっているところを計量スプーンで混ぜる。そこではっと気づいた。手つきが完全にお好み焼きの豚玉のタネを混ぜるときと同じ。早くも職業病です(笑)。
02-20 03:29

…先生が身にまとっている品格、柔和さ、高慢のかけらも見当たらない謙遜、それはイギリス出身というお国柄だけの問題じゃない。あれがクリスチャン男子の目指すべき姿なんだろうなー。会社やら職場で変に威張ってるおぢさんたちに見せてあげたいよ(笑)。
02-20 03:29

2/18 1、2時間目のゲストスピーカーはクリス・ハリスン先生だった。「牧師たちの牧師」と呼ばれる先生は本物の英国紳士だ。講義も、受け身的な生き方をどうやって克服していくかというもので、僕にぴったりの話だった。
02-20 03:29

2011.02.21 10:02 | 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-) |
taikacross

2/17 卒業予定の学院生を撮っているうちに、自分の中でまた写真ブームがやってきた。Facebookで簡単にアップできるのもいい。言葉にできないことは写真で、写真にできないことは絵で、絵にできないことは言葉で、伝えていきたい。
02-18 08:04

2011.02.19 10:20 | 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-) |
taikacross

バースデー会の模様はこちらから。http://www.facebook.com/album.php?aid=35129&id=100001161619813
02-17 08:08

2/16 続く教会の子どもミニストリーでは、心なしか子どもの数が増えてきたような気がする。中から救われた子もでました。ハレルヤ!!主に栄光!
02-17 08:05

2/16 昼から寮の食堂で、1~3月までの学院関係者をまとめてバースデー会をした。僕はホワイトボードに似顔絵を描かせてもらった。やっぱり絵も楽しーい!写真に文章にイラスト、これは一生の趣味になりそうだ(できれば仕事にしたいけれどさ…)。
02-17 08:05

2011.02.18 10:57 | 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-) |
taikacross

@tyayu111さん 「愛を語る」韓国語。全然使いようがないっていう(笑)。他にも、「○○さんは薔薇の花みたいだ」とか、日本語でも言えないような台詞まで。
02-16 14:00

@psalm375nari かっこいいんだよ本当に。「ちょっと生チョコをつくってみました」って^^
02-16 13:59

…教会がその「家族」になれるように、これからの僕の働きを願い求めようと思わされたよ。
02-16 13:57

創設者のジャン・バニエはインタビューの中でこう語っている。「相手が自分を愛してくれる限り、自分には光があると信じられる」。そして、人には、自分を受け入れてくれる「新しい家族」が必要だと。
02-16 13:57

そこではハンディーを持った人と、それを支えるスタッフが共に暮らしている。ハンディーを持った人たちは、そこで初めて自分の居場所と仕事と仲間…つまり生き甲斐を見つけ出し、笑顔を取り戻す。
02-16 13:57

2/15 昨日と今日のゲストスピーカーは工藤信夫先生だった。ポール・トゥルニエのことを教えてもらったのも良かったけれど、今日の授業で観た“ラルシュ”という共同体のビデオが素晴らしかった。
02-16 13:57

2011.02.17 09:52 | 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-) |
taikacross

2/14 「相手を十分に理解するための第一の条件は、理解しようとする意志で、第二の条件は、表現しようとする意志です」ポール・トゥルニエ『結婚の障害』から。
02-15 09:41

2/14 久しぶりに晩、バイトも奉仕も無く過ごしている。学生のままでいられた。負荷がかかってこそわかる、何でもない時間のありがたさ。それは決して、当たり前じゃない。
02-15 09:41

2/14 世間では義理だの本命だのとチョコが飛び交う日。でももちろん学院ではそんなことがあろうはずもない。唯一、スタッフのJくんが手作りで生チョコをつくって、皆に振る舞ってくれた。めちゃくちゃ美味しかった。クールだなあJくんは。
02-15 09:41

2/13 イエス様の中で、人は変われる。時間はかかっても。
02-15 09:41

2011.02.16 10:58 | 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-) |
taikacross

ナルニア3、今月末ぐらいに教会の皆で観に行くぞー!!
02-14 15:47

@Santouさん ありがとうございます?!ことばで伝えるのもさることながら、聴いた人がそれをどう生活に適応するかも課題ですよね。とまあ、牧師じゃないんですけど、そういうことが気になるんです何故か(笑)。
02-14 15:45

2/13 十字架の救いはいくらお金を積んでも買えない。何故なら、それが「贈り物」だからだ。誕生日のプレゼントをもらって、「今、お金払うから待っててー」という人は、まずいない。感謝して受け取る、それが一番だと思う。
02-14 15:18

2/13 子どもタコ焼きパーティーは大成功だった。新しい友達も来てくれたし、足が遠のいていた子も戻ってきてくれた。救われた子もいた。ハレルヤ!教会のメンバーも、それぞれが担当する役割で最高に頑張っていたよ。
02-14 15:18

2/12 粉もの部への行き帰り、一時間程かかるので、iPodで韓国語会話を聴くことにした。適当に選んだ箇所が、たまたま「愛を語る」とかいうところで、「もう、君しかいない」だの「俺の目をまっすぐ見てよ」などという台詞が満載。覚えても用途がない(笑)。
02-14 13:17

まあ、別に僕は牧師じゃあないんだけど(笑)。ひとつの学んだことの結果として、まとめてみましたー。
02-14 13:17

個人的な考えだけれど、メッセージは御言葉から、あるいは生活を通して受けた啓示、語りかけを、言葉に翻訳することのように感じる。それがいかに、聴いている人を変えるかが大事だと思う。
02-14 13:16

そして発した言葉は、確実に自分に返ってくるよね。自分がメッセージしたことを、実際に生きているか(生きようとしているか)が問われる。嘘は通用しない。神様にも、人にも。
02-14 13:16

2/12 今学期の説教学でさせてもらった自分のメッセージを改めて振り返った。まだ、聖書の御言葉の解き明かしというより、自分の考えに御言葉をはめ込んでいるような気がする。
02-14 13:16

2011.02.15 09:13 | 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-) |
taikacross

リアルタイム。これから地域の子どもたちを招いてのタコ焼き&焼きそばパーティーです!いっぱい来ますように!
02-13 12:34

Twilog始めました http://twilog.org/taikacross
02-13 03:02

2/12 内海桂子師匠のツイート、切れ味がすばらしい。プロフィールの顔写真が、何故か途中から切れているのもすばらしい(笑)。こう、昔の人の慎みを感じる。
02-13 02:34

2/12 懸念していた「Facebookに写真をアップしたら登録者以外は見られないかもしれない問題」だけど、全然、普通に見られるみたいだ。良かったー。これからはどんどんアップしようっと。
02-13 02:33

でも箴言のレポートとか半端ないっすよ。31章まであるわけだけど、各章から心に響いた節を抜き出して感想をまとめるとか、そんな感じ。昨日から書き始めたが全然終わらなーーい!
02-13 02:33

2/12 数日前から、テスト週間に向けての仕込みを開始した。2学期は余裕かまして、結局レポートを提出日前日に書いたりしたので(笑)、今回はそれを教訓に、早めに動いてる。一応学習はしてるんだねえ。
02-13 02:33

ちょうどデボーションで、ヤコブ書の「怒るのに遅くなりなさい」というあたりを読んだばかりだったので、あまりのタイミングの良さに笑う。神様からは絶えず、愛を学ぶ訓練課題がやってくるなー。
02-13 02:32

2/11 昨日の晩、あることが発端となって、ものすごい怒りが湧いてきた。祈り部屋に待避して1人で煩悶する。そして今朝、それが全くの誤解だったとわかって腰抜ける(笑)。
02-13 02:32

2/11 昼間に粉もの部、三時間。なんと商品に社割がきくというので、練習で焼いたタコ焼きを持ち帰る。ちゃんとタコ入り。寮で関西三姉妹に差し上げようと思っていたがいなかったので、ミンちゃんと食べました。
02-13 02:32

2/10 図書館で借りてきた絵本作家、荒井良二さんのムック『日常じゃあにぃ』をうっとり眺めている。この人の絵は本当に自由だ。こういうものを見ると、絵でも、写真でも、歌でも、文章でも、いろんな方法で神様を賛美したくなる。表現というフィールドで。
02-13 02:32

2011.02.14 08:20 | 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-) |

☆ 本日金曜日、説教学の時間でお披露目した
メッセージを載せますー。







最初に白旗から挙げてしまいます^^;
今回話させてもらうのは、
まだ、まとめきれてない考えです。
実践、というより実感するのも、
もう少し先になりそうです。ただ、
最近頭からどうしても離れないので、
分かち合えたらと思います。

去年の10月、皆で秋の小旅行に出かけた時のことです。
赤ちゃんを抱く機会がありました。
一緒に来ていたY先生を尋ねて、
ある方がお子さん連れで来てくれたんです。
僕が、赤ちゃんをしっかり抱くのは、
たぶんそれが初めてのことだったと思います。
本当に温かくて、思った以上に重たかった。
ぎこちなくあやしているうちに、
赤ちゃんは指をくわえたまま、寝入ってしまいました。
驚くほど、無防備な姿でした。
全てを委ねて、その時、赤ちゃんはただそこにいました。
人の子供なのに、何故か「この子をほっておけない」
という強い思いが湧いてきました。

御言葉をお読みします。
イザヤ49:15-16「女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか。
母親が自分の生んだ子を憐れまないであろうか。
たとえ女たちが忘れようとも、
わたしがあなたを忘れることは決してない。
見よ、わたしはあなたを、わたしの手のひらに刻みつける。」

ちなみにリビングバイブルでは
「おまえの名をてのひらに入れ墨した」とあります…
前回に続いてまた極道関連に持っていってすみません(笑)。

人間の赤ちゃんは、何故あんなに無防備なのでしょうか。
無力なのでしょうか。動物の赤ん坊なら、
生まれてそれほど経たないうちから起き上がり、
自分の力で動き出します。

僕はこう思います。
人は、無条件で愛されることを知るために、
何もできないままでも受け入れられることを
感じるために、無力なままで生まれてくるのだと。
本来、家庭や親は、神様の代理として、
子供にそれを伝えるために設けられたもの
じゃないかと思います。
でもこの世には罪があります。
親も完璧ではありません。
ですから、僕たちは、ただそこに「いる」ことに、
十分安心して生きられない面が
あるんじゃないでしょうか。

加えてこの世の価値観では、
人は「何ができるか」で測られます。
「使える」「使えない」で判断されます。
ますます、能力がなければ生きる意味が
ないかのように思わされます。

しかし、神様の中で、僕たちはまず、
ただそこにいることが赦されています。
神様は、自分たちの罪をどうしようもできない、
無力な僕たちのために、
その独り子を十字架につけられました。
僕たちが滅びずに、神様と共に「いる」
ために、イエス様は犠牲になってくれました。
僕たちは神様にとって乳飲み子であり、
決して忘れられていない存在です。
手のひらに刻みつけられています。

確かに、神様は目的をもって1人1人を
創られました。ただそれは、無条件に
「いる」ことを味わってから、
見いだすものではないでしょうか。
「いる」ことから「する」ことが生まれます。
何かを「する」ことから、自分の存在を
心底肯定することは、できません。

何かできなくては神様に愛されない。
せき立てられるように、
僕もそう思っていた者でした。
自分がその場所にいるために、
誰かから認められるために、
懸命に動こうとしていました。
動かない人も裁いていました。
でも、それより先に、
神様の御手の中に飛び込みたいなと、
改めて思いました。
忙しく立ち働くマルタではなくて、
主と共に過ごすことを選んだマリアのように。

人は、ひとつの卵子と無数の精子の中の
ひとつとが結びついて、生まれます。
別の組み合わせからは、
決して「わたし」が生まれることはありません。
そういう意味では、途方もない選択肢から
選び抜かれた存在です。

エペソの信徒への手紙1:4-5の
御言葉を皆で読みましょう。
「すなわち、神は私たちを世界の基の
置かれる前から彼にあって選び、
御前で聖く、傷のない者にしようと
されました。神は、みむねとみこころのままに、
私たちをイエス・キリストによって
ご自分の子にしようと、愛をもって
あらかじめ定めておられました」。


僕たちの存在は、神様から全肯定されています。
それをお互い、はっきりと悟りたいと願います。
そしてそこから、それぞれどのような行動が
生まれてくるか、楽しみにしたいと思います。






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2011.02.04 13:37 | CFNJ聖書学院 | トラックバック(-) | コメント(-) |
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